第16話 ムーラオ家の騒動‐お見合い?‐




「んんっ、ごほん。我はグランホール家次期当主であるウェラミン・グランホールだ。貴女がマーゼル・ムーラオ様か?」


ウェラミンは、グラスを片手にマーゼルの元へ現れると背の低い彼女を見下ろした。

しかし、その不遜な態度と礼儀のない言葉遣いからは想像できないほどに顔は強張っていた。


そんなウェラミンに軽く頭を下げ、マーゼルは挨拶を返す。


「はい。わたくしがマーゼル・ムーラオにございます」


マーゼルはウェラミンのような田舎者にわきまえる礼節はないと適当に済ます。

ムーラオ家の中では気弱であるが、大貴族の娘である彼女もまた性格に難があっても不思議ではない。

都合がいいことにマナーを言及する者などここにはいないのだ。


「失礼、私はマーゼルの兄、ムーランと申します」


マーゼルの近くにいたムーランがすかさず割り込んだ。

とにかくマーゼルと二人きりにさせないことで、相手を不快にさせる作戦だ。


だが、もはや恒例になりつつあるが、ウェラミンの視線はレインに釘付けであった。


「マーゼル様の兄と申したか。一つ尋ねたい。そこの穢れた女はなんだ?」


ムーランの眉がピクリと上がり、眉間に皺が寄る。

だが、ウェラミンには最前線で戦争をしている身として、敵国の血が流れている者などすぐに切り伏せる義務があった。


「聖都の隅で孤児院を営んでおりましてね。この子は私の自慢の子供なんです」


「連合国の差し金やも知れぬぞ」


「それはグランホール家が聖都まで侵入を許したと、そう言うことでしょうか?」


ウェラミンは痛いところを突かれひるんだ。

実際にレインが前線から聖都まで運よく逃げてきたのは事実であった。


「チッ、だがこの場にはいささか似合わないのでは?」


ムーランは彼の問いに答えることなくレインの頭を軽く撫でた。


「いひっ、ひひひッ」


その気味の悪い笑い方に周囲の貴族達もゾッとしてこちらに注目する。

ムーランの近くにいる者は慣れつつあるが、これが普通の反応だ。


だが、ウェラミンはこの状況を好機と捉え、フッと口角を上げた。


みなも知っての通り、我がグランホール家は武を尊ぶ。そして、ここに二人の武人を連れてきた。よければ披露したいのだが......」


そう言ってウェラミンはワザとらしく周囲を見回した。


「要するに、誰か相手をしろってことですか?」


我関せずだったレインの声が、ざわつき始めたホールに響く。

ムーランの護衛であることに誇りを持つ彼女は、まだその力を王に披露できていない。

彼女にとってウェラミンの話は魅力的だったのだ。


しかし、レインの声を聞きつけた一人の老人がウェラミンの前へ出た。


「ほっほっほ、では私の警衛を担当するシルバードがお相手しようではないか」


彼はムーラオ家傘下の宝石商だ。

隣にいる男は全身鎧で見るからに騎士だった。


「シルバードは元王国騎士でね、先日も町の不届き者を捻り上げたばかりでのぉ」


老人の自慢話に会場の空気が盛り上がる。

元王国騎士という肩書は聖都では一級品だ。

その肩書のためだけに、王国騎士を目指す者も少なくない。


「ふむ。いいだろう、シバ! お相手せよ」


急遽、簡易リングが用意され試合会場が作られる。

そして、軍服のシバと元騎士のシルバードが相まみえた。



「ルールは簡単だ。降参又は気絶すれば負けとする!」


ノリノリで事を進めるウェラミンを、マーゼルは冷ややかな目で見ていた。


「兄上、やはり田舎者はダメですね。お見合いの場で荒事などと......今回のお見合いはなんとしても破綻させる必要があります」


ムーランは彼女の耳打ちに頷き返した。


「シバ。ただのシバだ。よろしく頼むぜ! 元王国騎士さんよっ」


名乗り上げたシバはそのまま騎士に斬りかかる。

シバの装備は刀の魔導具、王国ではメジャーな武器であった。


「......」


対してシルバードは名乗ることなく、シバの刀を大きめの盾で受け止めた。

王国騎士は攻めよりも守りを重要視する。


衝撃を吸収する魔導回路が組まれているのか、淡い光を放った盾はビクリとも動かない。


「へへ、実は俺も盾を使ったことがあるけどよ。まるでダメだった! 全くテンション上がんなくてさぁッ!」


シバのヒット&アウェイは素早く、騎士はカウンターを決められない状況が続いた。


貴族達はその攻防の激しさに徐々に興奮し始める。

闘技は娯楽の少ない貴族達にとってメジャーなエンタメだ。


この御前試合はウェラミンの当初の目的通り、たしかにグランホール家の評価を上げることに成功していた。


「チッ、あんたしゃべれないのか? そういえばアンタらは余計なこと漏らさないように無口なんだったな。まぁいいや盛り上がってきたし、そろそろ本気でいかせてもらうぜ?」


シバの持つ魔導刀が雷を纏う。

魔力の見えないムーランとマーゼルは、突如帯電し始めた刀にびっくり仰天であった。


「その構え見たこ――ふんあっ」


バチィッと一瞬にしてシバが、騎士の後ろから斬りかかっていた。


しかし、さすがは元王国騎士。

見えざる一撃すら彼の盾を突破することはできなかった。


「へへ、話してるとこすまねぇな」


「我々騎士に隙などない!」


だが、シバの斬撃から流れる電撃は確実に騎士に届いていた。


 その後も粘り続ける騎士にムーランはすこし頼もしさを感じていが、レインはそうでもないようでポツリと言葉をこぼした。


「じれったい、ひひひ」


彼女は歪な笑みを見せると、腕章の裏に仕込んだ細く小さい針を狙いを定め飛ばした。

リングに視線が集中していたため、その動作を目撃した者はいない。


「クソッ、さすがにしぶといな。こうなったら......ッ!」


淡い光を放った針は、誰の目にも止まることない速さでシバの首元を捉える。


「なんだ? チッ、まぁいい。騎士さんよ、そろそろ限界なんじゃねぇのか!」


「ハァハァ、貴様こそ、手が震えているぞ!」


そんなはずないとシバは自分の手を見ると、確かに震えていた。

レインの毒針のせいである。

即効性は抜群だが大した威力のない麻痺毒、レインがとある裏ルートで仕入れた一品だ。


「けっ! これはさっき飲んだ酒のせいだよ」


力は入る。なら前線を生きるシバにとって震え程度気にする程でもない。


「隙ありぃ!」


ほんとに隙だったのかどうかはさておき、シバの正確だった斬撃が痺れのせいで若干ずれ、それが奇跡的にも盾を滑り、騎士の腹を突いた。



「勝者、シバ!」


ウェラミンのもう一人の護衛が勝者を称える。


鎧を貫通することは無かったため命に別状はないが、気絶した騎士はムーラオ家の侍女によって運ばれていった。


そして、リングの観客はシバの勝利に興奮する。シバを称賛する声はグランホール家の名誉と直結する。


ムーラン達にとっては、あまり歓迎できない展開であった。



 毒針を仕込んだレインは、まさかこんな結果になるとは思わず冷や汗を流す。

どうにか挽回しなくてはならない。そう思うと自然とムーランの手を握っていた。


「ムーラン様、次は私に戦わせてください!」


冷静には予定通りだと自らに言い聞かせ、自らリングに上がることを望んだ。


ムーランとて現状を打開する必要があることは分かっている。しかし、大切なレインに危険に晒すなど親として許せるはずがなかった。


彼女が子供達と訓練のようなことをしているところを見たことがある。しかしその実力は知らない。


「兄上......私からもお願いします!」


レインの眼差しとマーゼルの涙が、彼の決意を固めさせる。


「レイン、大丈夫なのかい? 相手は王国騎士を破る猛者だ」


「はい。必ずやムーラン様に勝利を捧げます、ひひひ」


レインはムーランの手をギュッっと握り、怪しい笑みを浮かべた。


そんな彼女に不安を抱きつつも、ムーランは貴族達に囲まれたウェラミンを挑発した。


「ウェラミン・グランホール殿、実にお見事でした。しかし、まだ魅せ足りないのではないでしょうか? どうです? 私の娘もかなりの腕前を有しておりますゆえ」


「ほー、も兵士なのですか? 見た目通りの蛮族で安心しましたよ。では我が右腕、ケンがお相手しましょう」


ケンはウェラミンに耳打ちされた後、リングへと上がった。


 先ほどまで愉快に笑っていた貴族達は、ムーランのお気に入りの登場にシーンとしていた。

忌まわしくも手が出せない存在、それがレインだ。

観客は完全にケンの味方であった。しかし、それがどうしたと言わんばかりにレインは不敵に笑う。


「ひひひ、よろしくお願いします」


「はんっ、テメェらのことは殺しなれたもんだぜ」


ケンにとって、この試合は軍事都市モニアと連合国で繰り広げられる戦争の延長線上だった。

どちらも負けられない戦いが始まるのだった。



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