第21話 カフェ・ヤシマベースをオープンせよ!
【これまでのあらすじ】
校内の倉庫小屋をカフェに回収する作業に取り組んできたミフネ、フブキ、サユリの三人の女子高生。
今日はいよいよ、オープンの日を迎えた。
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「カフェ・ヤシマベース、オープンで~す!」
入り口の戸を開けると、サユリが大きな第一声を上げた。
カウンターに控えたミフネとフブキの背筋が伸びる。
月曜日の昼休み、カフェ・ヤシマベースはついに開業の日を迎えた。
営業時間は、平日の昼休みと放課後六時まで。この六時というのは、夏季、部活が終了する時間だ。
本当は、部活帰りの生徒たちに立ち寄ってもらうことももくろんでいたが、学校が下校時刻を指定しているので、それは叶わなかった。
それ以降の活動を行う場合は、顧問を通して特別な許可を得なくてはならないのだ。
そして、メニューは、しばらくは、コーヒー、紅茶、アイスコーヒーに加え、ジュースやコーラなどソフトドリンクをテイクアウトで提供するのみである。
野球部のような弁当のオーダーは、主に部活動からの団体予約のみを取り扱うようにした。
扉が開け放たれると、カフェの周囲を取り囲んでいた十数人の生徒がぞろぞろと集まってきた。
テイクアウト用に店内は、入り口入ってすぐのところにカウンターを置いたため、店内に入れたのは数人で、後の人たちは店の外に行列をつくる形となった。
しかし、これもミフネの戦略だ。店の前に行列ができることで、その様子を見た通りすがりの生徒にも宣伝効果があると考えたのだ。
「へえ、どのドリンクも全部100円なんや」「じゃあ、オレ、コーラ」「アイスコーヒーふたつちょうだい」などと、次々とオーダーの声が飛んでくる。
フブキは、この時すかさず相手の胸の名札から名前とクラス名を確認し、伝票に記載していく。
その伝票をミフネが受け取りドリンクを準備し提供するという流れだ。
商品の用意ができるとミフネが、カウンター越しに精いっぱいの愛想笑いで商品をわたす。
ミフネが提案したこのシステムは、確実にオーダーを伝えるだけでなく、伝票に名前とクラスが記載されるため、誰が利用したか後からでも確認できる利点がある。
「はい、オオニシ様、イシイ様、ムグルマ様、コーラお待たせしました」
ミフネは、三人の男子グループに、それぞれのコーラをカウンター越しに差し出した。
顔見知りのクラスメイトと話すことすらためらわれるほど内気な自分が、見ず知らずの人に笑顔(のつもり)で声をかけていることが信じられなかった。
三人は、三つのグラスの載ったトレイを受け取った。
氷の浮かんだコーラはのグラスは、つぶつぶの水滴をまとって、見るからにうまそうだった。
現在は、テイクアウト専門のカフェなので、紙コップでのサービスを基本としているが、希望者にはグラスでのサービスも行っている。
自販機や購買部でも冷たい飲み物は買うことができた。
しかし、結露した細かい粒の水滴をまとったグラスのドリンクは、それだけで初夏の蒸し暑さを吹き飛ばしてくれるようで、なかなか人気があった。
三人の男子は、そのまま表に出ていき、木陰のベンチでグラスのコーラをうまそうににのみほした。
「ありがとうございま~す!空になったグラスこちらでもらいま~す!」
店の外では、客の呼び込みや整列を担当しているサユリが大きな声を上げている。
「いらっしゃいませ~。こちらに並んでくださ~い」
実際並んでいるのは数人だが、夏空の下、明るい彼女の声が響くだけで、カフェが活気づいている印象を受けるから不思議だ。
並ぶ客の中には、フブキやサユリの友達もいて、「フブキ、来たよー」「サユリ、がんばってー」などと声をかけてくれる人も多い。
残念ながら、ミフネに声をかけてくれるような友達はいなかった。
しかし、そんなことを気にする余裕がないほどカフェは多忙だった。
自分の体が誰かに乗っ取られ突き動かされているような感覚さえした。
オープン前日、三人は提供するコーヒーやソフトドリンクを近所の商店やスーパーをめぐって1円でも安い店を探し買い集めた。
特にペットボトルのドリンクはやたら重く、運搬が大変だった。
フブキが、ホームセンターで買ったキャリーカートにレジカゴを取り付けた通称「フブキャリー」を三台作り、三人は大量のペットボトルを高校まで運んだ。
高校は坂の中腹にあるため、キャリーを使っているとはいえ、三十度近い夏の日差しの中での運搬作業は骨が折れた。
キャリーは重い物を運ぶのに向いているが、坂道ではその重さが軽減されるような感じがしない。
それどころか、下手に休もうとすると、坂の傾斜でキャリーが勝手に動き出したり、倒れそうになったりする。
「ふえ~ん、ウチもう無理やわ~」
サユリがよたつきながら泣き言を言った。
「がんばろ。これもカフェオープンに向けた大事なお仕事だよ」
「お客さんの喜ぶ顔を思い浮かべて、あともうひと頑張りや!」
こんなやり取りを何度も繰り返し、よろめく足取りで、どうにか高校に運び込むことができた。
店内の準備も進めた。
サユリが、以前から用意していた店内用のメニューも、蔦のフレームを書き入れたおしゃれな仕上がりになっていた。
彼女は、入り口のサインボードにもチョークでメニューの一覧を書き入れた。
ミフネの提案で、コーヒーや紅茶は150円、その他のソフトドリンクは100円という価格設定だ。
高校生相手に300円のコーヒーを販売しても売れるわけがないのは分かっていた。
客を獲得するためには、高校生が利用しやすい価格にしなければならない。
本当は、エプロンも三人でお揃いのものを用意したかったが、そこまでの金銭的余裕はなかった。
なんせ、今日買ったドリンク代も、三人がそれぞれ貯金してきたお年玉を出し合い立て替えている状態なのだ。
食品衛生管理責任者講習の受講費や、商品の仕入れに要した資金は、三人が分担して立て替えている現状だ。
なんとしても、そのマイナスを取り返し、さらには今後の活動費を収益としてあげなくてはならなかった。
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