第16話 食品衛生責任者講習会を受講せよ!

【近況報告で挿絵を公開中!】


【前回までのあらすじ】

校内カフェを開業するためには、食品衛生管理責任者の資格が必要だと知ったミフネ、フブキ、サユリの三人。

ミフネは代表で、資格取得のための講習会に参加する。

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 ことでん(琴平電鉄)に乗って瓦町駅が近づくにつれ、少しずつ車窓の景色が変わっていくことに気付く。

建物の高さがどんどん高くなり、かつ密集してくるので、ミフネの通学経路で見られるような遠景は望めなくなる。

瓦町駅は、ミフネの高校や自宅がある志度線、観光地として有名な金毘羅宮がある琴平線など複数の路線が集まっていることでん最大の主要な駅である。

駅周辺はビルが立ち並んでおり、行き交う人も多い。

市役所や県庁などの都市機能が集中した市街地である。


ミフネが高松の市街地に来たのは、中学生の頃、親と映画や買い物に来た以来で、一人で来たのは初めてだ。

海と田園に囲まれた郊外で育ったミフネには、密集するビル群が上から自分を押しつぶしてきそうな威圧感を放っている。


東京に引っ越した旧友のナツメは、中学生にして一人での網の目のような電車を乗り継いで渋谷で買い物を楽しむと言っていた。

高校生の自分が地方都市の市街地に物怖じするわけにはいかない。

よく分からない対抗心で自分を奮い立たせ、地図を見ながら通りを歩く。

講習会の会場となる建物はすぐ見つけることができた。

エレベーターを使って3階に上がるとすぐに「食品衛生責任者講習会会場」の札が目に入った。

ドアを開け、その部屋に入ると、中は長机が並べられた研修室のような場所で、すでに来ていた人が数人座っていた。

入ってきたのが、セーラー服の少女ということで一瞬こちらに視線が集中したように感じたが、名簿のようなものを手にした係員の男性が近づいてきて、氏名と受講票を確認するなど一般的な対応をしてくれた。

指定の座席に座り辺りを見回すと、会場内にはミフネと同じ受講者であろう多種多様な人々がいた。

開業を夢見ているであろう二、三十代青年もいれば、仕事をリタイヤして第二の人生に歩み出すのであろう初老の方もいた。

顔ぶれは多種多様だが、みな、これから食品にまつわる店の開業に挑戦しようとする夢は共通している。


指定された席に座り、しばらく待っていると、係員がやってきて、受講の流れを説明し始めた。

講義は、食品衛生法やそれにまつわる香川県の条例に始まり、食品衛生学に基づいた食中毒や感染症の予防など、食品衛生責任者の責務について昼休みを挟んで計6時間の講義が続いた。

ミフネは、カフェづくりについて独学で勉強していたつもりだったが、まだまだ自分の知らない奥深い世界があったのだと知的興奮を覚えた。

一言も逃すまいと、息つく暇もなくノートの上でシャーペンを走らせた。

今自分が学んでいることは、学校のテストには出ないし、受験にも役立たない。

でも、「学び」に満ちた新しい世界に第一歩を踏み出している実感に満たされた。

これまで、学校の勉強が「学び」のすべてだと思っていたが、世の中にはこんな世界もあるのだ。

緊張と感動と興奮、ミフネは、沈黙のまま激しく高揚していた。


「はい、じゃあ小テストをお返しします。」

講義の最後に受けた小テストが講師によって返却された。

ミフネは、満点だった。

息を吸い込み、静かに喜びがこみ上げてくる。


「おじょうちゃん、満点か、すごいのう。うちはなんとか合格や。」

隣の席に座っていた初老の男性が話しかけてきた。

「あ、ありがとうございます。」

普段は人見知りのミフネも、嬉しさから思わず愛想よく返事をした。

「高校生かい?卒業したらお店を開くんか?」

「いえ、まだ、高一なので・・・高校の中にカフェを開こうと思って・・・・」

「高校の中に?おもろいこと考えるのう。」

男性は、目に小じわを集めるようにして笑った。

「そちらは?」

「うちはな、小豆島で地元のオリーブオイルを使ったスパゲティ屋をしようと思うんじゃ。どれぐらい人が来てくれるかわからんけどのう。」

そう言って、手書きの字をコピーした小さな店のチラシを渡してきた。

「夏休みオープンに向けて準備中やけん、よかったら来てな。」

全員の小テストの返却が終わり、再び講師の話が始まったので、二人は前に居直り、それからは何も話さなかった。

ミフネは、チラシをきれいに折りたたんで使っていたノートに挟んだ。


すべての講義を終えると、受講修了証や飲食店に表示義務がある食品衛生責任者のネームプレートなどを受け取り、会場をあとにした。

来るときは、自分を押しつぶすほど威圧的に見えたビル街も、今のミフネには恐れるに足りなかった。

無論、変わったのはビルの方ではない。自分が成長することで世界の見え方が変わるのだ。

ミフネは、通りを一人で歩きながら、口元の笑みを抑えることができなかった。


ミフネはどこにも立ち寄らず、ことでん屋島駅で降りると、まっすぐ高校に向かった。

夕方、日の入り間近のぬるい陽光の中、倉庫小屋には明々と明かりが灯っていた。


ミフネは、フブキとサユリの顔を見るなり、先ほど手に入れたばかりの修了証とネームプレートを高々と掲げ見せつけた。

「じゃーん!これが目に入らぬかー!?」

いつになく陽気に芝居じみたミフネにつられた二人も、「ははー」と頭を下げるものの、おかしな間が空いて笑いがこみ上げてきた。

「やったね!ミフネ!」

「すごいや~ん!」

三人は肩寄せ合い、飛び跳ねて喜んだ。

ふと、部屋の真ん中を見ると、ミフネが頭の中で思い描いたカウンターテーブルが、具体的な姿をもってそこにあった。

「わあ!完成したんだ、カウンターテーブル!」

「へへ~。すごいやろ~。頭が高い!」

「ひかえおろ~!」

今度はミフネがカウンターテーブルを拝みながら頭を下げた。

辺りに宵闇が迫る中、明かりのもれる倉庫小屋から三人の笑い声が続いた。

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