第4話 □ 活動計画書を作成せよ!

【近況ノートに挿絵を掲載中!】


【前回までのあらすじ】

学校の片隅にある倉庫小屋をカフェに改装しようと計画するフブキは、頭脳明晰なミフネに手伝ってくれるよう頼んだのだが・・・。

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 昼休み、フブキはイシハラから預かっている鍵を持って今日も倉庫小屋に向かった。ひょっとしたら、鍵のかかった入り口の前でミフネが待っているかもしれない。

淡い期待を胸に小走りで校舎の角を曲がると倉庫小屋が見えた・・・誰もない。


 あの日フブキはミフネに、これからもカフェづくりを手伝ってほしいと伝えた。

彼女は、工具の扱いには慣れていないようだが、フブキが十年徹夜したって追いつけないような頭脳がある。

 あれから数日経ったが、彼女は今日も来ていない。

都合も聞かずに強引に誘ってしまったことを少し反省した。


 フブキは肩を落とし、ため息をついた。鍵を開け小屋の中に入ると、締め切った小屋には蒸し暑くカビくさい初夏の空気が充満していた。

フブキは顔をしかめながらすべての窓を開け放っていく。

背の高いフブキにとって手の届かない窓はない。小屋の中にさわやかな光とともに、涼しい空気が流れ込む。


 フブキは中学時代、女子ソフトボール部のキャプテンにしてピッチャーだった。

背も高く、ソフトボールに限らずスポーツ万能で、多くの女子からファンレターをもらったほどだった。

しかし、思春期を迎えたころから貧血がひどくなり、ついに引退試合ではマウンドに立つことができなかった。


 高校に入ってからは、体調面の不安からソフトボールに限らずどの運動部にも入る気になれなかった。

吹奏楽部や美術部、文芸部などの文化部もあるが、それらに関して何のセンスも持ち合わせていないことは自覚している。

 クラスにいる時、自分の周りにはいつも人が集まってくる。

ソフトボール時代の仲間もいれば、高校で新しく友達になった子もいる。

一日キャーキャーと騒いで楽しく過ごしているのだが、放課後、部活に行くみんなと別れると、もうどこにも自分の居場所はなくなっている。

授業が終われば、胸の中にもくもくと湧いてきた虚無感とともに家に帰らなければならない日々を送っている。

もともと勉強があまり得意でないフブキは、家に帰ったところで課題が進むわけもなく、中学時代のように相談できる相手もいない。

今考えれば、中学時代のソフトボールのメンバーには、勉強の得意な子もいて、その子たちに相談したり、助言してもらうことで、授業についていけていた。

高校最初の中間テストでは、赤点スレスレを取るほど、勉強についていけなくなっていた。

このままではいけない、でも何をどうすればいいのかも分からなかった。


 学校の片隅に古めかしい倉庫小屋を見つけたときは、それが自分を呼び止めているような気がした。

にぎやかに部活動に熱中する生徒たちのすぐ傍で誰の気にとめられることもなくひっそりと建つ倉庫小屋はまるで自分のように思えてきた。

「ここをきれいに作り変えれば、自分の居場所にできるかも。」

工務店の娘として血が騒ぎだした。

 フブキのカフェづくりのきっかけは、最初はそんなわがままなひらめきから始まった。


 その時、半開きだった小屋の戸がガラガラと音を立てて開いた。

「ミフネ?」

フブキは振り返るより先に声を出した。

「あら、ご期待に沿えずごめんなさい。」

入り口には、三つ編みのおさげに丸眼鏡、いかにも優等生という佇まいの女子生徒が立っていた。

同じクラスのヨーコだ。入学式では「新入生代表の言葉」を述べ、入学早々生徒会役員を務めている。

合格発表以来初めて校門をくぐったフブキにしてみれば、いつのまにヨーコだけそんな華々しい活躍の場が用意されていたのか不思議だった。

後から知ったことだが、2年生以上の生徒会役員は前年度末に選挙によって決まるが、1年生は中学校からの推薦を受けて入学前に決められるらしい。

ヨーコは中学時代も生徒会長を務めていたので、妥当な人選だろう。

同じ中学出身のフブキは納得した。

「ミフネって、この間うちのクラスにあなたを訪ねてきた子ね。この倉庫小屋にいるって伝えたんだけど、会えたのかしら。」

ヨーコの口調からは一切この地方の方言が感じられない。

彼女は中学時代に関東の方から転入してきた。

ミフネも言葉数が少ないのでわかりづらかったが、なまっていなかった。彼女もよその出身だろうか。

「ああ、ミフネはお礼をいいにきてくれたんよ。彼女も学習委員やけん、ノートを運ぶキャリーを貸したんよ。」

「フブキ、自分の持ち物をいろいろDIYするのはいいけど、この小屋は学校の施設だよ。よく電動工具の音がしているし、もし何かの活動をするなら生徒会を通してほしいのよね。」

ヨーコの口調は落ち着いていて穏やかだが、言っている内容が正論過ぎて痛いことがよくある。

「あ、ごめん。一応、校長先生やイシハラ先生には許可取ったんよ。」

「でも、休み時間や放課後の施設配当は生徒会の仕事だから、ちゃんと手続きを取ってちょうだい。」

ヨーコはそう言うと予め用意していた活動計画書なるものをフブキに差し出してきた。

そこには、活動期間や活動場所、活動参加者氏名などを書くようになっていた。

「まだ、詳しいことは決まってないんやけど・・・。」

「だから計画を立てるのよ。無目的に施設を改造したり、たまり場にされたりしたら学校の風紀が乱れるからね。ちなみに、活動参加者は3名以上必要よ。男女2人でいかがわしい活動をされても困るもの。」

「そんなことせんわ!」

正論もここまで恥じらうことなく言えるのは才能だと感心した。

伝えるべきことを伝えたヨーコは、手短に挨拶をすると足早に校舎の方へ去って行った。

「活動計画書か・・・こんなん一番苦手や・・・。」

ヨーコから受け取った書類を見つめ、大きなため息をついた。

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