1-5誰が、誰なのか



 サリーナ・ザルダハールは、完全にこの世界の人間。そのはずだった。

なのに、俺の呪印は痛む。

 確かに今、目の前の女は転生者の書き割りに支えられている。


「……あらあら、どうなさいましたレアク様」


 下郎の俺を様付けで呼び、軽く微笑む。あの、サリがだ。


「お前、誰だ?」


 つい口をついて出た言葉。呪印がじくじくと痛んでいる。

 サリの微笑みが凍り付く。かと思えたのは、錯覚だったのか。


「……サリーナ・ザルダハールですわ。あなたのような、勇気のある殿方に名乗りませんで申し訳ございませんこと」


 雰囲気は柔らかい。思わず甘えたくなるほどに。

サリに備わった美貌と、その高飛車で思い込みの激しい性格に触れたとき。こんな奴でさえなかったらと、どんな男も思う。それが実現した感じだ。


 だが、呪印は痛んでいるのだ。一体何が起こったんだ。

 そこまで考えて、ひどい火傷を負ったナイラの姿を見つめる。

今この場で追及すべきことじゃ、ないのか。


「俺に、何かできることはあるか。この辺りに村とか町は?」


「……ここから北に進んで、森を抜けたらマギファインテック社の支社がございます」


 そうだったのか。砂漠を抜けてカサギの森に続く街道は、このへんを通ってなかったから、ただの荒れ地だと思っていた。安い地図にも載ってなかったし。


 サリは指輪を外すと、俺に投げ渡した。


「これを! ザルダハール家の指輪です。私の代わりに救助を呼んできてください!」


 まあ惜しげもなく渡したもんだ。俺はコソドロだったはずなのに。使用人や整備士を助けたことで俺を信用したのか。


「印を付けておきますわ! たどればここを抜けられますから!」


 サリの頭上に魔力の塊が立ち上る。書き割りに支えられた膨大な魔力だ。魔力は炎に変わって、俺の背中側、木々の間に降り注いだ。炎の柱が次々と立ち上がる。


 草一本、延焼させていない。詠唱もなしにこれほどの魔法を操るのは、転生者でしかありえない。いったいどこまで続いているのか。膨大な魔力を、気が遠くなるほど正確に扱えなければこんな芸当は無理だ。


 とにかく、一刻の猶予もない。


 タマムシの残骸から吹く魔力を収めつつ、ナイラや他の負傷者の手当てを始めたサリを置いて、俺は樹上に飛び移り、森を駆けた。


 軽業が得意ってわけでもないが、闘気によって身体能力も上がっている。いけ好かないが、一度は俺の命を救った連中のためだ。


※※    ※※


 十三年前、この世界クラエアのメタルスの国に現れた転生者の二人。彼らが起こしたカイシャという組織。それがマギファインテック社だ。


 このメタルスの国で『魔導機』と呼ばれる魔力を動力とする機械を製造。国内や国外に販売して爆発的に成長してきた。

 マギファインテック社が生み出す金と権益、雇用は凄まじく、メタルスの国は王制や教会、諸侯こそ一応存在しているが、実権はマギファインテック社とそのCEOを務める転生者の掌の上と噂されているくらいなのだ。


 一時間ほど飛び回って森を抜けた俺は、そんなマギファインテック社の社有領に踏み入った。

 社有領とサリは言ったが、ここは本来、メタルスの王族に仕える貴族の領地なのだ。あのカサギの居た森と同じ。


 しかし、多分ここは、そういう貴族の領地とは違う。正確に言うと、転生者のニホン人が思い描くチュウセイヨーロッパでもなければ、俺の知る貴族領とも違う。


「なんなんだ、ここ……」


 有刺鉄線を握ってつぶやく。目の前にそびえる山には、木組みの坑道がうがたれている。その中からつるつるした金属の人形みたいなものが、トロッコを押して出てくるのだ。


 そいつらは、全く同じ位置でトロッコを止めると、これもまた向こうからやって来た、同じく鉄の馬の引く馬車に中身を乗せる。


 そして、トロッコを押して山に入っていく。


「魔力か。これ、全部魔導機なのか」


 人型のやつも、馬の形のやつも。夥しい数の魔導機が、この鉱山で採掘作業をしているのだろう。


 メタルスは岩山や砂漠が多く、鉱物資源に恵まれた国だ。魔導機の動力で、魔力を出すパワーストーン、それを整えるルーンメタルなどが豊富に産出する。

 マギファインテック社が、あっという間に魔導機を普及させた背景には、高級品だけでなく、安い価格帯の魔導機を大量にそろえたことがあったというが。


 なるほど、魔導機に発掘をやらせれば、さらに費用を下げられる。


「あ、ちょっとなんなんですか。困りますよ、部外者さんは!」


 坑道の脇の小屋から、薄汚れたつなぎ姿の男が現れた。貧相な体格だが、その襟元には、マギファインテック社の社員証がある。ここらへんの魔導機の操作や点検をしている技師だな。


 しかし、人も居たのか。俺はサリから渡された指輪を示した。


「助けてくれないか。こいつの持ち主が、事故にあってな。けが人やらなにやらで困ってるんだ」


「うひゃあ! ザルダハール家の紋章じゃないですか! そういえば、本社から、このあたりに人道の天使が来るから気を付けろって言ってましたね」


 話が早い。というか、マギファインテックでも、扱いに困ってるんだな、あのサリのことは。


「その通りだ。サリーナ・ザルダハールのお嬢さんが困ってる。何だか知らんが、タマムシの魔導機が爆発しちまってな」


「えっ、大変なことですよそれ! しばらくお待ちください。すぐに人を集めます!」


 男は小屋に駆け込んだ。すると、けたたましいベルの音が響いた。

 何をどんな原理で鳴らしてるんだか。分からんが、この鉱山一帯、坑道の奥まで響くほどの甲高い音だ。


 人と馬の魔導機が、一斉に集まってくる。二百近くいたのが、一糸乱れぬ方陣を作って止まった。


 続いて。坑道の奥が騒がしくなった。


「おい、落盤事故か」


「えらいさんでも来たのかよ」


「お昼に出るとまぶしいわねえ」


 俺と同じ人間から、屈強そうな男女のオーク、目つきの悪いエルフ、疲れた様子のゴブリンなどなど。魔導機ではないヒト族たちがわらわらと坑道から出てきた。技師以外にも、これだけ人が居たのか。


 技師が小屋から出て来た。今度は鉄の棒みたいなものを持っている。口元に近づけると、その声が大きくなった。


『どうぞお静かに! 申し訳ありませんが、午後の採掘は臨時休業とします。社内規定により皆さんは欠勤となりませんのでご安心を! ところで、この近くで魔導機の大きな事故が起こったようなのです。この方にご案内を頼みますから、救助作業のご協力を願います』


 労働者たちは不満そうだったが、技師は声を張り上げた。


『かのザルダハール家のご令嬢、サリーナ・ザルダハールさんがお困りなのです! お近づきになりたい方はチャンスですよ!』


 そう言った途端、ざわつきが前向きになった。

 あの金持ちが、とか、ものすごい美人らしい、とか。上も上なら下も下って感じだが、やる気になってくれたのはありがたい。


 技師は整列した馬の魔導機のひとつに飛び乗った。魔導機はいななきをあげないが、滑らかに有刺鉄線を飛び越え、俺の隣に降り立つ。


『闘気の使えない方は、ホースを五台までお貸しします。こちらは保険がききませんのでお気をつけて。こちらに残る方は、食料と水と、浴場と、応急手当の準備を願います。さあ……』


 俺の方を見つめて言葉に詰まる技師。そういや名乗ってなかった。


「レアクだ」


 技師が鉄の棒を口元から外す。


「タズローと申します。三番鉱山の監督技師です」


 普通の声に戻ってる。あの棒みたいなものは、声を増幅する魔導機なのか。俺は見たことがない製品だが、マギファインテック社が開発したもののすべてを普通に売り出しているとは限らない。


 いや、言ってる場合じゃねえか。


「んじゃあ、付いてきてくれ!」


 俺は再び闘気をまとった。向こうに着くころには、精魂尽き果てているだろうが、これでいい。


 振り返るつもりはなかった。だが枝に飛び移った瞬間、再び呪印が痛んだ。


「うっ!?」


 思わず声を上げる。拳から血がにじんでいる。印の形に、かみそりでも入れたみたいに皮膚が裂けている。


 また、書き割りだ。それも相当に強い。カサギや、サリのものとは全く違う。

 振り返る。タズローを入れて、十一人。この中の誰かが、転生者。それも相当強力な。


「どうしました! 早く案内してください!」


 タズローがうながす。一体転生者の狙いはなんだ。本当に、サリの下にこのまま連れて行ってもいいのか。

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