第14話 魔竜ニーズホッグ-1

 人語を解する巨竜、ニーズホッグ。その巨大なることはかつて竜の魔女・ニヌルタが使役したティアマトやムシュマッヘーに匹敵し、発される威・圧・格、そうしたものは彼らを大きくしのぐ。北の地における竜種の長であり、鷲王フレスヴェルヴと並ぶ幻獣王の一角は、魔神ローゲと比べたとしてもおさおさ、劣るものではない。緊張走る一同に、辰馬は普段通りぼやーっとした声で、それでいて威勢良く言い放つ。


「ま、しょせんでっけートカゲだし」


 言いつつ天楼を抜き、ひぅ、と2、3度振ってみせる。光と氷のプリズムが見せる極光のオーロラ、死に誘う光、そう分かっていてもなお惹きつける光芒は、味方にとってはこの上なく鼓舞する加護の光。それに勇を鼓されて、彼らは動き出す。


「そっスよねぇ~。でかけりゃいいってもんじゃねェし? ただの的だし!」

 シンタがそう吼えて、抜く手もみせずにダガーを投擲。うすく雷をまとった7本のダガー、6本を円状に放ち、最後に7本目で爆ぜさせる円環収束法はシンタの初期からの技であるが、ここまでにレベルを上げてきたことで基本技の精度・威力も上がっている。近い将来『神速の雷刃』と呼ばれ『雷帝・帝釈』を使いこなすことになる男の技量は、すでにその域に限りなく近づきつつあった。


 だが。


「爆!」

「効かんな」

 その、爆ぜる雷刃をもってして、なおニーズホッグの竜鱗を射抜けない。ニーズホッグは身じろぎ一つせず、ただその肉体と鱗の頑健のみで攻撃をはじく。


「次あたしィ! 岩薙ぐ太刀! からの、鋼剪る太刀!!」

 雫は大太刀・白露を下から振り上げるようにして横凪に打ち抜き、天頂まで跳ね上げた切っ先を今度は真っ向唐竹割りで打ち下ろす! 新羅江南流の技は奥義になればなるほど名前のないもの、術者それぞれのオリジナルになるため、雫の技も名前を持つもつのは少ない。が、この横凪で振り上げ、頂点から打ち付ける二連の斬撃は雫の数少ない名前を持った技のひとつ、名を「双極断刃」。瞬時に無数の連撃を繰り出す「瞬転七斬」と比べ、発動は遅いが一撃の威力では大きく勝る。


 がぃん! と激突。

「どーよ!?」

「ふん……多少はやるか……」

「ちょ!? そんだけ?」

 ニーズホッグの、一枚が1メートルかそれ以上の大きさを持つ鱗。その前肢の一枚に、わずかヒビが刻まれる。しかし、それ以上ではない。


ついで動いたのは辰馬。精神を集中、「意(マナス)」を「熱(タパス)」に代えて、チャクラを回して会陰、クンダリニーの蛇を解放、一気に魔王の力を覚醒させる。無窮の盈力(ゲアラッハ)を操る魔王、新羅辰馬の背にのびるは金銀黒白の一二枚の翼。天が謳い地が嘶き、大気が震える。が、ひとまず今回は力を覚醒させたのみで順番流れ。


「わがきみに勝利を!」

 次は晦日美咲。万能の才媛は鋼糸に自分の「祝福」能力を付与、威力を格段に上げてニーズホッグに挑む。鋼糸を十重二十重、特に首や手足に絡めつかせ、容赦なく切り落としにかかる美咲だが、それすらなお硬度が足りない。逆に鋼糸のほうが負けて、引きちぎられてしまう。


「うらぁ、虎食み!」

 ついで朝比奈大輔。大きく上体を反らして拳を振り上げ、全身の筋肉を弓のように撓らせてから矢のごとく放つ! 一打必倒、空手の理念をみごと体現した剛拳の衝撃波は不二打の一撃。轟音唸らす一撃は鉄板だろうとブチ抜くであろう威力だが、それでもなお、威力を透すに至らない。


「次は拙者でゴザル! 転変、乾為澤!」

 つぎに前に出るのは出水。呪文と同時、ニーズホッグの下の石畳がまとめて泥沼と変わる。出水のいつものやつ、泥濘魔術の足絡みだが、効果範囲はこれまでの比ではなく大きい。広大なホールの半ば以上を沼と変え、しかしあまりにも巨大すぎる魔竜の身体はこれでもなお沈むことなし。


「お助けするよ! いっつも妖精をいじめる竜種なんか、あたしの風でズタズタになっちゃえ!」

 シエルが呪風を起こす。小柄な妖精の身にそぐわぬ、パワフルな烈風はかまいたちをなしてニーズホッグを切り刻まんと襲うが、しかしやはり出力が足りない。魔竜の身を傷つけること能わず。


「相手は『毒竜』ニーズホッグ! 対毒の浄化魔法を!」

 『見る目聞く耳』でニーズホッグの情報を読み取った穣が叫び、自らも聖杖『万象自在』を構えるが、彼女の詠唱はすかさず次の呪文を唱えることができるほど速くない。番手流れて次に控えるは、女神サティア・エル・ファリスと齋姫・神楽坂瑞穗。


「久しぶりに、旦那様のお役に立てるし。ちょっと気合い入れていくわよ!」

「はい! 合わせ掛けの準備、万端です!」

 サティアが空間を、瑞穗が時間を、それぞれ操り、歪め。その歪曲した空間の中に、サティアがさらに光の大剣を生み出す。歪みひしゃげてかげろうの透けて見える歪時空場に、さしものニーズホッグも肝を冷やした。


 歪時空振動波。かつて瑞穗が独力で使った力……ヒノミヤで陵辱を受けた際、義父の死を鍵として封神符の封印すら引きちぎりヒノミヤの一部の時空を一瞬で数百数千年分加速させたあの力……を、サティアの力の助けを借りて完全な制御下において見せたものがこれである。神や魔といった時間・空間の概念の枠外にある存在でもないかぎり、魔竜といえどもこれに抗うことはできまい。


「消えなさい、蜥蜴!!」

「終わりです!」

 青髪と紫髪、二人の美少女が唱和して、必殺の一撃を放つ。歪曲し撓められた時空は光の剣にそのすべてを乗せて打ち出され、黒翼の魔竜を食い破らんと飛んだ。


「ちいぃ!」

 ニーズホッグはそれまでの余裕をかなぐり捨てる。竜として、巨体を誇るプライドも捨てて矮小な人身に化身、防御力より回避を優先して光剣から飛び退く。それでも回避しきれなかった部分は、ニーズホッグの背中の一部分をごっっそりえぐり、傷つける、というより『消失』させた。


手加減のいっさいできない、直撃ならば必ず殺す威力。辰馬なら決して使わないような力だが、サティアはもとより敵に容赦するような性格ではないし瑞穗も、辰馬に敵対する相手に容赦する理由を知らない。結果を知った上で、行使することに躊躇はなかった。


とはいえその必殺の一撃はすんでのところで回避され、壁にぶつかり、壁に大穴を開け外気を流し込ませるだけに終わり、そしてニーズホッグは自分を恐怖させた二人の術者、創世女神の娘神と時間使いの齋姫に向けて突進する。黒き竜翼を全開にして猛加速し、必殺を放って消耗し憔悴している二人の頭をガッと鷲づかみにするや反対側の壁に後頭部をたたきつけ、脅威ではあるが体力的には脆弱な二人を沈める。


 そこに、ようやく力の解放を完成させた辰馬の次の行動。魔竜の加速に追いすがり、飛び回し蹴りから飛び後ろ回し蹴りのコンビネーション。もちろん盈力のブーストを受けた蹴りは尋常の威力ではなく、一発一発が必殺。しかし触れたそばから消滅させるなどと言う方法を辰馬がどうしてもとり得ないために、威力は瑞穗・サティアの歪時空振動波に比べ相当劣る。いきおい、いつもの格闘、打撃戦闘に持ち込むことになった。


 ニーズホッグが、腕を上げて辰馬の蹴りを受ける。


「っく!?」

 ダメージにうめき、顔を歪めたのは辰馬のほう。どうにも、テーピングと薬でごまかしているとはいえ右足の傷の深さ、そこに衝撃を受けてのダメージはいかんともしがたい。足先から脊髄へと走り抜ける激痛、それを驚異的精神力でねじ伏せてバランスを保つが、そのまま蹴りを押し込むことができない。着地。


着地するやニーズホッグの右拳。辰馬はパリングで受けつつ受けた手を鈎にして崩しをかける。ニーズホッグは力の流れに逆らわず下に体を避け、そこに跳ね上がる辰馬の左足。しかしここでもまた、辰馬の身体に走り抜ける激痛。歯を食いしばって蹴りを放ちはするが、やはり以前のような威力と鋭さが望むべくもない。


なにより。辰馬が思い描いたとおりの身体運用ができなくなっている。辰馬が頭に描く理想の動きと現実の動きの間に、どうしても生じるコンマ1~2秒の誤差。それがどうしようもなく、自分の身でありながら自分の思い通りにいかない現実が辰馬をいらだたせる。これまで融通無碍の四通八達で身体を動かしていた辰馬だけに、こうなって感じる不自由は尋常一様ではなかった。


ニーズホッグも、辰馬が抱える右足の爆弾に気づかないほど鈍くない。すかさず乗じてくる。右ローキック、左ローキック、崩しをかけて膝、側面に入り込んで足首からかかと目がけての踏み込み、辰馬の意識は足を狙われるたびどうしても一瞬、萎縮し、その本能的緊縮を理性でリカバーするのにさらに一瞬、あわせて二瞬の時間を要して結果、ニーズホッグより一手二手遅れることになる。『理性による完全な肉体の制御』という、新羅江南流の要諦ができなくなると辰馬の戦闘力はかなり制限されてしまうのだった。


 ……ちっ……ここは……。


 なんとか互角の打ち合いの中で、無理矢理ガードをこじ開けて輪転聖王を狙う。なんとなればガード上からだろうが、輪転聖王でならブチ抜けるという算段。


「嵐とともに来たれ、輪転聖王(ルドラ・チャクリン)!」


 掌底アッパーでガードを開け、打ち上げた手をそのまま振り下ろして、必殺の一撃を放つ!


 しかし。


「ガァッ!!」

ニーズホッグも奥の手、魔竜の毒息で相殺する。強烈な猛毒の吐息。本来ならそのにおいをかいだだけで人間など即死の濃密な毒である。この場には瑞穗、穣、サティアという抗毒聖性もちが三人もいて、さらには辰馬の血も本来サティアと同じく創世神=魔王のもの。だからこの場の皆が毒にやられることはまず、ない。……そのはずだったのだが耐性は肉体の毒に対するもののみであり、神経性・精神性の毒は神経系統の弱い人間にとってはなお強烈。新羅辰馬という自律神経と三半規管の弱さにおいて人後に落ちない少年にとって、近距離でのニーズホッグの毒は強烈に過ぎた。


「く……」

たちまちふらついてしまう辰馬。右足の踏ん張りが利かなくなり、ふらつき倒れかかるところに強烈な打ち下ろしのショートフックが辰馬の端正な美貌を打ち抜き、そのまま意識を刈り取る。


「ふう……なかなか、ひやひやさせてくれる。が、残りの連中はどれほどのこともなし、か。今ずく降参するならば、餌にするのはやめにしてやってもよいが?」

 傲然と睥睨するニーズホッグ。確かに、辰馬、瑞穗、サティアの三人がたてつづけに沈められた現状、総合火力はかなりに低下している。先刻、まったくといってダメージがとおらなかった現実を考えると、絶望的とすら言える。


 が。


「おあいにく。このくらいのピンチで諦めちゃうほど、あたしたち生ぬるいこれまで送ってきてないんだよ!」

 昂然と胸を張り、吼えて立つ雫。この言葉に他の連中も意気を奮い立たせた。


「雫ちゃん先生のいうとーり! つーかテメーのその腕のひび、誰につけられたかおぼえてねーのかよ、トカゲ!?」

シンタが和し。


「そうでした。この程度の相手に、怯んではいられません!」

 美咲がかぶりをふって、雫に並び立つ。


 魔竜ニーズホッグとの戦いは第2ラウンドに入ろうとしていた。

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