第4話 捲土重来、雌伏の魔人

「で……これにて任務完了、でいーのか?」


 新羅辰馬(しらぎ・たつま)は、円卓を囲んで対面に座る北嶺院文(ほくれいいん・あや)にそう問うた。


ここは宣撫軍鎮営臺(せんぶぐんちんえいだい)。アカツキ40余州のうち、西北11州をカバーする宣撫軍のまあ、いってみれば司令室。文はこの鎮営に数十人存在する鎮将の一人であって最高指揮権を有するわけではないが、当然、中尉であり官職をもたない辰馬や大佐で部隊長の穣などより遙かに偉い。将官待遇であり、それは彼女の才能資質にもよるがやはり三大公家の一角の子女というところが非常に大きい。文自身縁故というものを嫌いはしているが、やはりそういうものが大きくものを言うのは確かだ。


文は円卓に座る面々を見渡していく。文から向かって対面に新羅辰馬、その左隣に磐座穣(いわくら・みのり)が座り、辰馬右隣にはもと齋姫・神楽坂瑞穗(かぐらざか・みずほ)。瑞穗はその出自から当然、着席を許可されているが、ほかの新羅一党の面々、牢城雫(ろうじょう・しずく)、朝比奈大輔(あさひな・だいすけ)、上杉慎太郎(うえすぎ・しんたろう)、出水秀規(いずみ・ひでのり)は、椅子は空いているにも関わらず起立したままである。それに関しては文の後ろに控える厷武人(かいな・たけひと)もおなじで、厷は一応尉官(いかん)ではあるのだが、主人に当たる文をはばかって着席しない。


「いえ……むしろここからが本番、でしょうね。まだカルナ・イーシャナは魔人の本領を発揮していない……」

「ふぅん……まぁ、なんか本気出してねー感はあったか」

「あれで? おねーちゃんショックなんだけど……」


 文の言葉に辰馬が応じ、辰馬の言葉に雫が驚く。本来、卓につけない雫は公式の場では発言を許されない立場ではあるが、この場においては無礼講、誰もとがめることはない。


「固有の大きな術を発動もさせなかったしなぁ……打撃でちょっと分が悪かっただけで逃げたし……あれはなんか準備か用意かしにいったんだろとは思ったが……あいつの能力ってわかってんの?」

「……水天宮(ヴァルナマハラ)。洪水を起こして周囲一帯を水没させる技。これを発動させたら負けね。わたしたちが無事であったとしても、周囲一帯の人々が助からないのではどうしようもない。そうなる前に手を打たなくては」

「なるほど。このあたりごとおれらを消すつもりか……ずいぶんと大雑把なやり方をするのはクールマ・ガルパのお国柄か……? ……穣」

「磐座隊長、です」


 辰馬に声を向けられた穣は嬉しそうに、しかし声に出してはにべもなく短く応じ、つづけて


「まあ、聞きたいことはわかっています、現在のカルナ・イーシャナの居場所でしょう? 新羅の身体に付着している霊力の残滓(ざんし)、これをたどったところ西14㎞、北10キロの地点に相似の霊力反応を見つけました……これが霊力だというのが、信じられない規模の力ですが……」


 存外親切にそう答える。辰馬はうなずき


「無窮(むきゅう)の境地ってのはそーいうもんだ。普通の神や悪魔なんかの力は軽く凌駕される。うちのじーちゃんもそうだしな。今更驚きゃしねー。さて、そんじゃ討ち入りと行きますか!」

「新羅さん……さすがに俺と出水はしばらく無理です。「先触れ」で降ろした未来の力、あれの反動が……瑞穗ちゃんも結構限界っぽいんじゃないですかね……」

「わたしは、まだお役に立てます! 辰馬さまのおそばに!」

「あたしも行くよー。今度こそ一太刀決めるから!」

「ま、筋肉とデブは休んでりゃいーぜ。オレがバッチリ活躍すんのを、指くわえて見てろっての」


 全身ガタガタの大輔と出水を除いては、新羅一党の士気は高い。とくにここのところの出番と辰馬の寵愛を雫にさらわれがちで陰が薄くなっていた瑞穗は、ここで巻き返すべく意気軒昂であった。


「わたしも行きます。どうせわたしが居ないとカルナの居場所を捕捉できないんですから。そしておそらくこの反応、カルナの下に兵力がいますね……およそ8万、自意識が感じられないところから察するに、おそらくは近隣の町や村からかき集めて洗脳を施したのでしょう」

「それに関してはわたしが軍を率いて出ますから、穣さんはわたしの参謀官に。かわりに厷さんを新羅隊につけます、いいですね?」

「あー、厷の腕は助かる。頼むわ」

「了解した。任せろ」


 軽く手を挙げひらひらさせる辰馬に厷が応じ、ここに「狼紋の魔神討伐隊・改」が編成される。北嶺院文は2万で進軍、その副官・参謀として磐座穣がつき、新羅辰馬、神楽坂瑞穗、牢城雫、上杉慎太郎に厷武人の5人はカルナの居場所を特定した地点で遊撃として出撃、直接にカルナを叩く。


「では、方針の定まったところですぐに発ちます。一刻を争うので十分な休養の時間はありませんが、少しでも身を休めてください」

「おー(はい、うん、押忍、了解でゴザル、うーす)」


……

…………

………………


「痛む……な……。あの、子供……やって、くれた……」


 宣撫軍鎮営臺から西に14キロ、北10キロの小さな祠。水神を祭るその祠は水天ヴァルナの使徒……というより無窮の境地に達した時点で神と同格の存在と言っていいが……であるカルナを癒やすに格好の土地だ。殴打された身体をさすりながら、カルナは呟き、褐色の端正な美貌をわずかに歪めさせた。


 カルナもカラリ・パヤットというクールマ・ガルパの聖仙に伝わる拳法を高いレベルでマスターしている。体術と武器術、そしてなにより飛魔を倒すための跳躍蹴足という技術を特色とするこの格闘術は相当に洗練された技術体系なのだが、新羅辰馬にほぼ完璧に封殺されたことでカルナのプライドはズタズタであった。


 服薬。すさまじい苦みと熱さ、そして内側から身を焼くような灼熱がカルナを襲う。悶絶するほどの苦しみにうめきつつ、しかし劇毒はカルナ・イーシャナという人間を保つために必要なもの。これなしでカルナは生きていくことができない。


 カルナの生国クールマ・ガルパは法術……人理魔術……の祖国であり熱砂の国。広大な土地の3分の2が砂漠であり、水は黄金以上に貴重であった。


 16年前、カルナ10歳の時、その貴重な水源……井戸に猛毒を流した最悪の馬鹿が居て、そのためにカルナの村はほぼ全滅、カルナ自身も毒水を飲んで死の淵を彷徨ったが、聖仙ヴィヴァスヤットに救われて命を拾う。かわりに毎日この劇薬を飲まなくては生きられない身体になり、吃音症にもなり、また、薬そのものが毒であってどちらにせよ長生きはできないという悲惨な身体にはなったが。


 幸か不幸か、魔界八方天主(ローカ・パーラ)の一人、ルドラ・マルトゥスという男が村を滅ぼしたと聞き知ったカルナは自分の生きる意味と価値のすべてをそこに見いだす。すなわち魔神殺し(アスラージット)としてすべての魔族を殺し、魔王を殺すということ。神力魔力の素養のないカルナにとって幸いなことにクールマ・ガルパという国は「人が修練と苦業により何処まででも強くなれる」という、神すら凌駕する「無窮」に至るための技術体系を確立していたことだ。これらよりカルナは絶望を感じることなく、ひたすら自分を高めることに打ち込むことができた。


ローカ・パーラのマルトゥスを倒すには16歳のカルナは幼すぎ、その間にラース・イラのガラハド・ガラドリエル・ガラティーンがこれを倒してしまったので一時目的を失いかけるが、すでに彼の憎悪はマルトゥス個人ではなく魔族すべてに及んでいたので些事でしかなかった。


 修行すればいくくらでも強くなれる、とはいえ聖仙のもとでの修行は過酷を極めた。おなじ境遇のドゥフシャーサナ、シャクニがいなければまずやっていけなかったが、彼らは互いを互いの支えとして苦行に耐えた。


 三人の男たちは好色でもあった。17才で女を知り、長生きできない身体というのもあって刹那の快楽に耽ったが、親族身内を無残に失った経歴からか、誰か一人の女に入れあげて溺れるということはなかった。彼らにとって女性とは愛でるものものではなく性欲を処理する道具でしかなく、誰かに愛情を注ぐと言うことは一切なかった。ただそのとき気に入った相手を合意のあるなし関わらず食い散らかし、飽きたら捨てる、それだけである。


 彼らは強さに関して貪欲であると同時に慎重であり、絶対の力を得るときまでひたすらに雌伏した。起居する村が襲われたならあっさりとそこを見捨て、聖仙とともに別の村落へ逃げ、そこでまた修行を続けた。


 そして1816年、26才になった彼らはようやく無窮の力を手に入れ、絶対者として魔族たちに反撃を加えるようになる。近隣の魔族を一気に掃討した後、聖仙の前を辞してクールマ・ガルパのイツァムナーを出立、魔族を狩り倒す旅に出た。


 彼らはすでに絶対者であり、相手が上位魔族であろうと敗北や苦戦をすることはなかった。彼らはあくまでも狩る側であり、そして駆られる側がどう哀れっぽく命乞いをしようが許すことはなく、惨たらしく殺した。相手が女魔族である場合は徹底的に犯し抜いてから、やはり殺した。


 道中ウェルスの「神境」にいたり、その当時警護の竜種の多くは「魔女」ニヌルタに率いられて東方に、残余もまた「巫女」イナンナの指揮の下各地の守護に回っていたので、手薄になっているところをカルナたちはここに潜入、竜女神グロリア・ファル・イーリス、その偉容に出会い、世界の「歪み」の張本人に一撃を加えようとするも、ただ眠るだけの竜女神に傷一つつけることは叶わず、その場を去る。


 その後ウェルス→クーベルシュルト、→ヴェスローディア→エッダ、ヘスティア、桃華帝国と八葉大陸アルティミシア外辺をぐるりとまわり、魔族を殺し報酬として供される女を抱きつつ、アカツキ、狼紋に。途中新たな魔王の即位と、彼女が美貌の女性であることを知り、このことはカルナたち好色な狩人を喜ばせた。魔皇女を徹底的に陵辱して、殺す。その目標は彼らをおおいに喜ばせ奮い立たせたが、彼らがすぐに海を渡って北の方、暗黒大陸アムドゥシアスに向かわずアカツキに来たのか問いといえばもはや彼らの第二の天性ともいえる慎重さによる。すなわち弱点を求めて、妖狐の生地へとやってきたのだ。そこで魔王腹心オリエと遭遇、これを圧倒して自信を持った矢先、オリエを犯して殺す寸前で新羅辰馬に割って入られ、これを刺して牢城雫を奪ったのがつい先刻。そのおり対峙した魔王の霊威は確かに驚異であったのだが、その時点で新羅辰馬という少年ははるか格下、完全に眼中にすらなかった。


 それが、わずか1日にも満たない時間で。いまや自分を脅かしている。カルナとしては計算違いのイレギュラーに歯噛みするしかない。


「魔、の力……、闇に……連なる者…………殺す……殺す……殺す!」


 自分が圧されている。そう自覚しつつも、カルナはなお闘志を衰えさせることがなかった。直接対決で不利だとしても、彼にはまだ水天宮(ヴァルナマハラ)がある。近隣一帯水底に沈めてしまえば、自分の勝ちだ。そしてその時間を稼ぐために、彼には洗脳を施した8万の忠実な兵がある。非戦闘員の娘ばかりを8万、練度の高い正規兵であればあるほど、無辜(むこ)の女子は殺せまい。


 彼女らを祠の南に配し、カルナは水天宮の儀式に入る。


……

…………

………………


「あなたはもともと、新羅に反目していたと聞きますが。男子排斥を謳っていたとも」


 行軍中、磐座穣は北嶺院文に訊いた。なぜもともと敵対者である新羅辰馬にこうも肩入れするのか。自分の心情も含めて、穣にはそこが分からない。本来なら辰馬から離れればいいだけの話なのに、それができないのはなぜなのか、自分ともとの立場が近しい文ならば、理論的に説明のつく話が聞けるかもしれない。


「そうね。……あの頃のわたしはどうかしていたわ。父が憎い、男が憎い、男は無能、わたしは優れた「女」だから、それを証明しなくてはいけない、そればかり考えていたから」

「その考えはこの国、いえ、アルティミシアでは普通では?」

「普通のことが正しいことだとは限らない。あなたはわたしなんかよりずっと賢いのだから、その程度分かっているはずだけど?」

「………………」


 ぐうの音も出ず、押し黙る。頭脳や智謀で勝っていても、やはり相手は年上、ということか。たったひとつの年齢差とはいえ見透かされているような気になって、穣は居心地の悪さを感じる。


「それで、結局話したいのはそういうことではないでしょう、新羅くんとのことじゃないのかしら?」

「違います。あんなやつはどうでも良く……」

「そういう態度だと新羅くんは誤解するわよ。「嫌いだ」と言うと「あぁ、嫌われてるのか……」って思っちゃう性格だもの、あの子。強気なようでまったくグイグイ来ないし」

「………………」

「ああいあタイプ相手には、素直になった方がいいわ。そうでないときっと不幸になるから。あの子も、あなたも」

「わたしが想いを捧げるのは神月五十六さまただひとり……それは絶対に揺るぎのないこと、であるはずです……」

「…………本当は、分かってるでしょう? その想いは偽物だということ」

「………………」


「敵影! 非武装の子女、その数8万!」

「おいでなすったわね! 磐座さん、いまは目の前に集中! 作戦は任せるから!」

「分かっています。少々の揺らぎでどうこうなるほど、柔な精神はしていません!」

「頼りにさせて貰うわ。……新羅隊に伝令! 遊撃出動!」

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