支配階級の暴虐! 被差別「民族」の悲哀! 歴史は異世界でも繰り返す!

 
 作品世界に浸りたい方々へ。そして歴史ものや社会派作品が得意な方々へ。この作品を読めば間違いありません!

 「異世界」なるweb作品カテゴリ用語が損をしているのでは? と思わせる質感のハイレベルな世界観と、現代世界に通底する悲哀がこの作品にはあります。
 まず、作品の舞台はその実「異世界」などではありません。舞台設定は『何故か』19世紀中葉レベルにまで急発展した近代IF東南アジア風王国……。

 そのカラクリは異世界転移者の存在です。
 定期発生するようになったバミューダトライアングル的存在により、洋上で無作為に我々現代世界から異世界転移させられた漂流民や海洋漂着物(モノによっては米海軍の巡洋艦も)により急発展を遂げた王国なのです。要は転移嵐に巻き込まれた不運な我々現代人が渡来人となって現地王国に協力した前史があるのですが——どういうわけか作中時間において転移者とその子孫は「華奴(ブタカン)」などと呼ばれて現地人勢力からは差別と抑圧を受けています。当然元の現代に帰るアテはありません。何十年もこんな仕打ちを甘受するしかないのか? いやそれとも……。そういう物語です。

 この作品は群像劇です。キーパーソンは様々な出自や立場を持っています。現地人と転移者。転移者の子孫にしてハーフ。古株の転移者で体制側の有力者となる者。転移者として現代世界側に帰属意識を持つ者。両者に顔が効きコウモリ的に動く者……。そして当然、翻弄されるがままの小市民な若者たちも。

 欲する平凡な生活。自由と平和。反抗心。権利。アイデンティティ。あるいは苛立ちや、成り行きの決意。そんな彼らの意思と行動が急展開をもたらすわけですが……(まだ完結していないので結末は不明です)。
 
 この作品は異世界ものではありません。むしろカテゴリ的には並行世界ものに近いでしょう。貧困、差別、抑圧、無理解、無力さ、努力と歩み寄り、なお越えられないすれ違い……。それらが余すことなく各々のキャラの行動や悲哀を通じて描写されています。

 思うに、作中人物の環境や運命はこれらは現代社会で我々が見ている(そして無力に見過ごしている)もので、この作品は合わせ鏡なのです。
 ※個人的には、被差別側な小市民にすぎなかったはずの誠治の決意の行く末に期待です。


 作品世界の質レベルについては、作者様の筆致や知識見識がフルに反映されているのでノイズなど皆無。ハヤカワ文庫JAあたりで出版されていても遜色ない物語です。

 物語の結末を見届けるのは、他ならぬ我々カクヨム読者でしょう。(了)

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