File.07 訓練、始動

 ミナトとヒイロが医務室から出ると、いかにもキャリアウーマン!といった風貌の女の人が廊下で待っていた。

 「城川ミナトさんに、神崎ヒイロさんですね。お疲れ様でした。あまり出来は気にしないでくださいね、あのテストはあくまで様子を見るためのものですから」

 

 公認のテストだったのか…。ミナトは、改めてどっと疲れを感じた。

 

 「あなた方の教育係が決まりました。明日から、今から言う人の指示を受けて訓練に励んでください」

 「教育係…?」

 「はい。最初のうちは、任務に必要な訓練を受けることは知ってますね。新人は、個別に勤務歴3年以上の先輩がついて、指導を受けることになっています」

 なるほど。優しい先輩だといいな……。

 「城川さんは朝日奈長官、神崎さんは瀬名さんです」

 「へ?!長官ですか?!」

 「質問・抗議等があったら本人に言うといいですよ。今日は午後に、基礎的な任務知識を学んでもらう予定なので、指示があるまで休憩していてください。では」

 それだけ言うと、ハイヒールを華麗にならして去って行く鈴木さん。


 「ヒイロがうらやましすぎる……」

 取り残されたミナトは頭を抱えた。さっきの、あの人が、僕の教育係……。

テストのこともあって、なんだか気まずいし、長官だぞ!?本部の隊員で一番偉い人だぞ?!

 

 「期待されてる、ってことじゃない?」

ヒイロがフォローしてくれるが、あまり嬉しくない。

 「瀬名さんで良かったーって、内心思ってるだろ」

図星だったのか、微笑むヒイロ。

 「あ。」

 「…何?」

 「いや、何でもない。昼飯、いこうか」

 ヒイロが不思議そうな顔で僕を見ていたけれど、僕は上機嫌で、どんどん先へ歩いていく。

 昨日会ってから今までで、ヒイロがはじめて笑ったからだ。あんまり笑わない奴なんだろうな、とは思ってはいたけど、気を許してくれたような気がして嬉しかったんだ。

 こうして、僕のMessengerとしての日々は本格的に始まった。









「……マジ?これを今日あと2セット?」


今日は初めての基礎強化訓練日。

ミナトたち新人8人はしばらくの間、4人ずつの2チームに分かれて、基礎強化訓練ベーシック実践型訓練アドバンスを一日置きに繰り返すことになっていた。


3Fの1番大きなトレーニングルーム。

用意された訓練メニューを1セットこなしたところで、4人の顔には早くも絶望の色が見えていた。


「シンプルにきつい…」

内容はこんな感じ。


  ①20分間ランニング

  ②クールダウン(10分)

  ③筋トレ個別メニュー(30分)

  ④シミュレーション訓練(20分)

  ⑤パルクール訓練(ランダム2回)(10分)


まず20分ランニングが想像の倍きつい。マシンで走るのだが、途中で速さが変わるのだ。ほぼ全速力で走らなければならないタイミングがあり、体力の配分が難しい。筋トレは、全員別のメニューだった(個人の身体データをもとに最も効果的なメニューが組まれているそうだ)が、ほぼ休みなく続くためかなりしんどい。


そしてパルクール。

パルクールは、俊敏性、空間認識力、バランス力など様々な力が求められる訓練である。走る・跳ぶ・登るなどの移動動作を使って障害物を乗り越えながら、ふつう人が移動できないようなフィールドを移動する。もともとは20世紀のフランスで生まれた、軍人向けのトレーニングだが、近年はスポーツとして親しまれている。

任務では、どんな場所にいようとも襲撃者を振り切れるようになるために、このパルクールの動きが重要になるそうだ。


室内なので、ホロ映像を使った脳内シュミレートをしたあとに、その場で即座に動きを作る訓練になっていた。実際は自分で移動しながらなのだが、障害物の方がホロでというイメージだ。ジャンプの高さやタイミングが合わないと、ビーッという警告音が響く。もちろん4人とも、警告音が鳴りっぱなしであった。


 ISPの新人教育スタンスはどうやら、「とりあえずやってみろ」らしかった。

朝、櫻庭さんが全体にシミュレーション機器の使い方だけ説明しにきてくれたのだが、それ以降放置されている。去り際に「パルクールのコツとかって……」と聞いたのだが、「ま、とりあえずやってみな~」と軽く流された。



「高校の部活よりハードだな!」

といいつつも4人の中で一番元気そうなのは、同期の荒谷あらや。長身に短髪、いかにもスポーツマン!という感じの、爽やかな見た目をしている。よく笑い、親しみやすいのだが、声が大きい。


その横で完全にダウンしているのが、そばかすが印象的な北見きたみ。荒谷と並ぶとかなり背が小さく、黒髪は天パなのかひどくうねっている。二人は寄宿組で、同室らしい。

ちなみに別のトレーニングルームにいるもう1チームは、全員都内からの通勤組だそうだ。


「荒谷は部活、何やってたの?」

ペットボトルの水をあおってから、ミナトは荒谷に尋ねた。

「おれはずーっと野球!まあまあ強豪校だったんだぜ」

この男が言うと全く嫌味に聞こえないのが不思議だ。

「じゃあ格闘技の要件はどうしたの?」

ISPの選抜試験は基本的に誰でも応募できるのだが、ただ一つ満たさなくてはならない条件がある。それは半年以上の、格闘技の経験があることだった。

「父親がインストラクターやっててさ、小さい頃からいろいろ教わってたんだ。履歴書レジェメに書いたのは総合格闘技だったかな。城川は?」

「僕は高校で空手やってたんだ、っていってもたいした成績は残せなかったんだけど……みんなは?」

ミナトはなんとなくみんなが何をやっていたのか気になって、話を振った。

「……俺は合気道を少し」

ヒイロが少し間をおいて答える。

「僕は、、、キック、、ボクシング、、、」

まだ息切れが収まらず、息も絶え絶えの北見の回答に、全員が驚く。意外だ。

今はこれ以上喋らせるのがかわいそうだったので誰も突っ込まなかったが、今度詳しく聞いてみたい、とミナトは思った。


 

 





 北見を除く全員が、そこそこ体力には自信がある方だった。

それでも午後の2セットを終えたときには、全員しばらく立ち上がれず、会話をする余裕もないほどに疲れ切っていた。


「きつかっただろ。なれてきたら最後に模擬戦を入れるから、そのつもりで」

教育係である朝日奈に、今日の訓練を終えた報告とトレーニングのデータを提出しに行くと、信じられないようなことを言われる。

 この後に?!

すでに全身が痛い。こんな訓練がしばらく続くのか……。


ミナトはその日、ほとんど気絶するように眠った。



 



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