――――――参――――――

 

 蘆屋家の裏には、小高いなだらかな山があり、神社や寺が多く集まっている。


 その一つ、蘆屋家の敷地にほぼ隣接する神社を、「八塚やつか神社」という。呪術全盛の平安時代に、特に優れた力を発揮した8人の術士じゅつし――通称「八傑はっけつ」のつかがあることに由来する。


 圭一郎けいいちろうは、参道へ続く石段を上っていく。

 途中に、八塚神社の第一の鳥居がある。鳥居をくぐると石段の勾配こうばいが一気に急になり、両脇に朱色の灯籠が立ち並ぶ参道に入る。

 まだは落ちきっていないが、木々に囲まれた参道は薄暗かった。


 石段を登り切る少し手前の草藪くさやぶに、普通に歩いていると見逃すほどの細い小道がある。その小道を進むと、小さな地蔵と石のベンチが置いてある、少し開けた空間に出る。迂回うかいして本殿の裏へ出ることができるこの道は、参拝客の目に付かない位置にあるため、圭一郎の「隠れ家」になっていた。



 ベンチに深く腰掛けた、その時。


「圭ちゃん、また逃げてきたのかい?」

 

 振り向くと、浅黄あさぎの袴の、端正な顔立ちの男が竹箒たけぼうきを持って立っていた。色素の薄い長髪は、後ろで束ねられている。年の頃は20代後半といったところだ。

 彼の名前は、勧修寺泉穂かじゅじいずほ

この神社の神主であり、結界術けっかいじゅつを専門とする術士でもある。

勧修寺かじゅじ」は八傑はっけつに名を連ねる術士の家系であり、蘆屋家の家業の協力者の1人だ。


「……なんだ、泉穂いずほか」

「なんだとはなんだ~。圭ちゃんがこ―んな小さい頃からの仲じゃないか」

泉穂は自分の膝あたりで頭を撫でる動作をする。

「あのさぁ、いい加減 ”圭ちゃん” って呼ぶのやめてくんない?もう高校生だぜ」      

「圭ちゃんは何歳になっても圭ちゃんでしょ」

圭一郎は自分の周りに話の通じない人間が多すぎることを呪った。



 泉穂いずほは基本的にいつも柔和な笑みを浮かべているが、今日は一段と機嫌がいいように見えた。 


「何だよ、人の顔見てにやにやと。気持ち悪い」

「ははは。圭ちゃんて本当は、まじめだしいい子だよねぇ」

「……お前、さっき俺が観月としゃべってたの見てただろ」

 

 八塚神社の社殿は、この「隠れ家」よりもさらに高い場所に位置し、蘆屋家の庭が見下ろせる。


「掃除してたら、たまたまね。さすがに声は聞こえなかったけど、圭ちゃんが何してたのかはなんとなく、ね」

ね、のところで泉穂に笑顔で顔をのぞき込まれた圭一郎は、ため息をついてそっぽを向く。


「……まじめではねぇだろ」

見られたくない所を見られた気まずさから、どうでもいい事に突っ込んでしまう。

「まじめでしょ。なんだかんだでいつも学校のテストは受けるし、授業サボってても成績いいじゃん」

「順位がつくもので誰かの下になんのが嫌なだけだ」

 授業をサボっているにもかかわらず成績がいいのは、ひとえに彼の負けず嫌いの性格が成せる技である。


「負けず嫌いは相変わらずだね。昔は「お父さんを越える陰陽師になる!」って、征志郎せいしろうさんにも対抗心燃やしてたくらいだもんねぇ」

「………」

 征志郎せいしろう、というのは圭一郎の父親である。

 自分の幼少期を知っている相手というのはどうもやりにくい。


「圭ちゃんは本当に陰陽師にはならないの?」

泉穂は、圭一郎の隣に腰を下ろしながら尋ねた。

「ならない」

勿体もったいないな。才能あるのに」

「……帰る」

 圭一郎は立ち上がり、ぶっきらぼうにそう言うと、小道を下っていった。



「……詠唱えいしょう掌印しょういんもなしで祓ったり浄化したりできるの、圭ちゃんくらいだよ」


 去って行く圭一郎の背に、泉穂はボソリとつぶやいた。







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