誕生日の契り

第20話

それから何度目かの秋が来て、エレーナは14歳の誕生日を迎えた。


その頃にはもう19歳になっていたレイラは屋敷全体の広範な仕事を任せてもらえるようになっていて、ジェミナリー家に仕えるメイドとして、すっかり重要な役割をこなすようになっていた。


その日もいつもと同じように毎朝の支度の時にエレーナの部屋に入ったレイラは、珍しく厳しい口調で話しかけられた。


「ねえ、レイラ。最近随分と冷たいのね?」


少しムッとしたようなエレーナの口調には奥様譲りの鋭さが携わられていて、レイラも自然と姿勢を正してしまう。


「いえ、そういうつもりはないのですが、お嬢様もお忙しいかと思いまして……」


「そうね、わたしは毎日忙しいし、きっとあなたも毎日忙しいのでしょうね。だからあなたがわたしと一緒にいる時間を減らしたがる気持ちもよくわかるわ」


「いえ、そういうわけでは……」


レイラも一緒にいる時間を減らしたがっているわけではない。あくまでもレイラはエレーナの為を思って一緒にいる時間を減らしているのだ。


なのに、エレーナからはそんな風に思われていると思うと、なんだか申し訳なくなってレイラは少し胸がキュッとなった。そんなレイラの様子を見ても口調を和らげる様子はなく、エレーナは続ける。


「でもね、レイラ、いくら忙しかったって今日が何の日か忘れるなんて――」


「お嬢様のお誕生ですよね! お嬢様、14歳のお誕生おめでとうございます!」


レイラの声は食い気味に、そして自分でもびっくりするくらいに明るい声で言っていた。いくら忙しくてもレイラがエレーナの誕生日を忘れるわけがない。


部屋に入って突然エレーナが冷たい口調で話し出したので、いつ言おうかタイミングを見計らっていたところに、ちょうどエレーナが誕生日の話題を出してくれたので、レイラは思わず元気に言ってしまった。


「わ、わかっているのならいいのよ」


食い気味のレイラに気圧されたのか、エレーナはそれだけ言うとすっかり静かになり、机に置いていた厚い本を捲りだした。エレーナはそれ以上は何も話すつもりが無さそうだったので、レイラも淡々と仕事を終われせた。


次はダイニングに食事の準備を手伝いに行かなければと、エレーナの部屋を後にしようとドアノブに手をかけたときに、エレーナから声をかけられた。


「レイラ、今日は日が暮れるよりも先にわたしの部屋に来なさいね。これは命令だから、言いつけを守らなかったらあなたのことをクビにするわよ」


エレーナはその穏やかでない発言の内容とは違い、表情はいたって柔らかだったし、言い方も命令というよりは、どこか縋るような調子であった。


レイラは少し困惑しながらも仕方がないと思い、その日は途中でこっそりメイド仕事を抜け出して、数年ぶりにまだ夕焼け空の間にエレーナの部屋に入った。


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