19 テスト週間(地獄)
「皆さん、こんにちは」
『こんにちはー!』
放課後。俺たちはいつもの如く、公民館の会議室に集まっている。今雫先生が来たところだ。
「さて、早速ですが、皆さんにご報告があります」
「え? 報告?」
来てすぐ、改まった様子で言われた。一体何なんだろう。みんなも気になっているようだ。
「ま、まさか、ここ閉鎖になっちゃうとか……?」
「えー!? そんなのやだ! まだいっぱいやりたいことあるのに!」
「……え、い、嫌だ……」
「だ、大丈夫だよ美玲! そんなわけない……よな?」
気になっている……というより、不安になってるなこれは。俺も、全く不安じゃないと言えば嘘になるが。依頼来ないし。
そんな秋人たちを光が諌める。
「落ち着けお前ら、まだ決まったわけじゃねぇだろ」
「そ、そっか。そうだよね。うん」
雫先生も、秋人たちの過剰とも言える反応にやや困惑気味のようだ。そのまま続ける。
「皆さんご安心ください。閉鎖ではありません」
「ほ、ほんとに? よかった~……」
どうやら、閉鎖ではないらしい。まぁとりあえずはよかった。でも、だったら何なんだ?
「それじゃあ、報告って何ですか?」
唯奈が聞く。
「実はですね、今週の木曜日から、この集まりと依頼の受付を一時停止することになりました」
『えっ!?』
なるほど、そう来たか。
「え、何でだよー!?」
「あの、頑張ります! 私たち頑張りますからー!」
「俺に落ち度があったとかっすか!? あったら直すんで! だから……!」
またもや騒ぎ立てる秋人たち。いやだから落ち着けって……。
「お、落ち着いてください。皆さんが悪いわけではなくて、仕方のないことなんです」
「仕方ない? どういうことです?」
冬樹たちは、まだピンときてないらしい。俺はなんとなく訳がわかった。光と唯奈もそんな風だ。恐らく……。
「木曜日から、本格的なテスト勉強週間ですので」
『……えっ?』
やっぱり。
俺たちの通っている学校は、来週に今年度最初の中間テストを控え、今週末からテスト週間に入る。というか、厳密に言うともう入ってる。
テスト直近の一週間は、特に根を詰めて勉強しようということで、この期間を設定している。その関係で、部活動は一時休止となるのだ。それと合わせて、ここも同じような措置をとるのかな、と察しはついていた。
てか、小学生である初夏と美玲はともかく、何で冬樹たちはわからなかったんだよ。先生から散々言われてたはずだろ。
一年組はやはりというか面食らったようで。
「て、テス……ト?」
「テストって、何ですかそれ……?」
「う、うめーの……?」
テストって言葉を初めて知った人みたいな反応してる。申し訳ないけどちょっと面白い。
「テストだよ、中間テスト。お前らが大嫌いな」
「やっぱそうだよね!? うわーやべぇ、完っ全に忘れてた!!」
「どうしよう、どうしよう!! また赤点取っちゃうかも……!」
「あぁ、終わりました……」
「みんな落ち着いて! テストはまだ来週だから、勉強すればきっと大丈夫だから!」
またまたパニック状態になる会議室。そもそも、ちいサポ会は静かなときの方が少ない。大体いつもこんな感じだ。その喧騒が、案外心地よかったりもする。非常にうるさいことに変わりはないが。
「あ、あのさ……ハル姉がいつも騒いでるから、なんとなくわかるにはわかるんだけど、高校のテストって、そんなやばいわけ?」
と、初夏が、小学生ならではの素朴な疑問をぶつけてきた。
「別に、普段からしっかり予習復習をしてればそんな苦なもんじゃねぇよ。しっかりしてれば、な」
「「「うっ……」」」
光の受け答えを、苦々しげな表情で聞く一年組。あれはさぞかし耳が痛いだろうなぁ……。
「あー、言われてみればハル姉、全然勉強してないもんな」
「う、うるさい!」
「……へぇ、小春、あれだけ言ってるのにしてないんだ」
「ひっ、ゆ、唯ちゃん……」
唯奈の声が室内に響く。普段の唯奈からはとても想像出来ない程冷たい声色だったので、俺も思わず身震いした。口元だけ微かに笑っているように見えるのも非常に怖い。
「あ、あの、今回はちゃんとするから!」
「俺も、俺も!!」
「頑張ります! 頑張りますって!」
このままじゃ流石にまずいと感じたのか、一転してやる気を見せる一年組。今日のこいつら何だかずっと慌ててる気がする。
「そのやる気を毎回見せろよ……」
「まぁ、みんなが勉強する気になったならよかったよ。私たちも協力するから」
唯奈は言ったあと「ね、要君」と、俺に同意を求めた。
「そうだな。俺に出来ることがあるなら何でもするよ。一緒に頑張ろう」
「要さん……今日初めて喋りました?」
「いやそこかよ」
確かにほとんど喋ってなかったけどさ……。
「というわけで皆さん、今からでも十分間に合いますから、頑張ってください!」
『はーい』
「よし、早速始めるとするか」
「へ? 何をですか?」
「何をって」
きょとんとする冬樹たち。普通に、今からテスト勉強だと思ってた。え? まさかこいつら、あんだけ啖呵切っておきながら今日やんないつもりでいたの?
「勉強だろ。お前らまさか、遊ぶつもりだったんじゃねぇだろうな?」
光が鋭い視線で問いただす。
「そ、そんなわけないじゃん! やるって! ね、二人とも!」
「うん!」「はい!」
「必死だなぁ、ハル姉たち……」
動揺する自らの姉たちを見つめる初夏。その視線は冷ややかだ。この様子からするに、初夏はしっかり勉強するタイプなのかな。
と、美玲が小さな口を開いた。
「……私たちも、見てていい?」
どうやら、俺たちがどんなことを勉強しているのか気になるらしい。
「もちろん。歓迎するよ」
「まっ、小学生のお前らには難しいだろうけどな」
「はー? 舐めんなっつーの。ハル姉たちが理解出来るレベルなら余裕だし!」
「ちょっと、それどういう意味?」
「そのまんまの意味だけど?」
「まーまー二人とも! ステイ、ステイ!」
これまた賑やかになりつつある室内。何度も言うが、これが通常運転である。
雫先生も、温かな目で見守っている。
「ふふ、楽しい勉強会になりそうですね」
「そうですね。なかなか進まなそうですけど」
「さてと、まずはこないだやった新学年テストの成績から聞くぞ。ざっくりしたことでいい。お前らの苦手分野を知りてぇからな」
光はそう前置きし、冬樹たちに「で、どうだった?」と促した。
「う~ん……僕は、社会科が散々でしたね~。特に公民! あのときも公民の問題があったので……」
「お前、春樹先生が公民教師なのに、昔から公民苦手だよな」
「別に、お兄ちゃんのことは関係ないでしょーよ」
「あー、悪い悪い。それより、確か今回の中間も、一年は公民が範囲だよな」
「そうなんですよー!」
冬樹は机に突っ伏し「憲法も法律も、全部ゲームのキャラだったらよかったのに……」と、不満を漏らした。
「私は数学と英語が全っ然ダメだった! 数式も英文も訳わかんないし、見てるだけで頭痛くなる……」
「小春は、昔から算数嫌いだったもんね」
「それだけはわかる……」
初夏が小春に同意するように頷く。妹の方も、算数は苦手っぽい。
「俺は~……自慢じゃないけど、全部やばかったかなぁ……」
「マジで自慢になんねぇな……。ざっくりでいいっつったけど、それじゃざっくりすぎる」
「だって~……」
秋人のテスト勉強はとんでもない量になりそうだな……。
「あ、そうだ。みんな、その新学年テストの答案用紙って、まだ持ってる?」
「へ? たぶん、探せばあると思うけど……」
「各教科、それぞれ自分のを持ってきて、それを参考にして勉強するっていうのはどうかな?」
『はぁ……』
みんな、唯奈の提案に耳を傾ける。
なるほどな。確か先生が、今回の中間は先日行った新学年テストの内容もある程度出ると言っていた。冬樹たちにとっても俺らにとっても、効果的な方法に思える。
「いいと思う」
「うん! 唯ちゃんたちの勉強にもなるし、賛成!」
「他、異議ある奴いるか?」
『なーし!』
「本当? よかったぁ」
反対されないか不安だったのか、唯奈が安堵の溜息を漏らす。
「じゃ、決まりだな。明日、忘れんなよ」
『はーい!』
こうして、俺たちのテスト勉強漬けの日々が始まった。
✴
翌日。俺たちは冬樹たちの答案とにらめっこし、その有様に愕然としていた。
……ある程度予想は出来ていたつもりだったが、これはひどい。補習確定な点数ばかりが並んでいる。範囲としては全部中学生の内容だ。というのに……。早くも、ハードな作業になる予感がしてきた。
「冬樹……〝国民の三大義務を全部答えなさい〟に〝寝る、飲む、食べる〟ってのはどういう了見だ?」
「えっ、だって全部生きるのに必要なことじゃないですか」
「まぁ、それはそうけどな? こういう問題には普通国が定めた何かがくるんだよ。ただの生命維持の方法が問題になるわけないだろ」
そもそも冬樹は、国民の三大義務が何なのかをわかってなかったので、『納税』『勤労』『教育』だと教えておいた。
唯奈たちもやってる。
「小春と秋人君は、ここ、同じところ間違えてるね」
「あ~ここ、よくわかんなかったから適当に計算したところだ……」
「今見ても全然わかんねー……どゆことなん?」
「この公式使えば簡単に答えが出せると思うよ」
「「んー? ……あぁ!」」
公式を覚えていない故のミスは、計算ミスの次くらいに勿体ないし、少なくとも教科書に大きく載っている式は覚えるべきだと思う。唯奈は、そんな意味のことを教えていた。
不意に、ずっと黙っていた光から呆れたような溜息が聞こえてきて、直後に言った。
「……見直し、してねぇんだな」
一年組の目が大きく泳ぐ。光の言う通り、見直しをした痕跡はこいつらの答案から全く見受けられなかった。秋人は言い訳に走る。
「だ、だってもう終わったやつだし──」
光はそれを遮って言った。
「わからなかったところをわからないままにすんのが一番駄目なんだよ。それを潰さなきゃ、他を勉強しても意味がねぇ。また同じところで躓くのがオチだ」
光の全くの正論にたじろぐ一年組。それには構わず、さらに続ける。
「そんだけ大事なんだよ、見直しは。自分の答案が返ってきたら絶対にしろ。それが次の結果に繋がることもあるからな」
最初こそ困惑していた一年組だったが、光の様子に触発されたのか、わりと真剣そうに聞いていた。その表情からはもう、後ろめたさというものは伺えなくなっていた。
「わかったか?」
「……はい!」「「……うん!」」
光の問い掛けに、冬樹たちは力強く頷いた。
「それじゃあ、そろそろ俺らの答案も見せるか」
「ああ」「うん」
光に応じて、自分の答案を出す。こいつらみたいな珍回答はないと思うが、字はお世辞にも綺麗とは言えないため、それを見せるのは少し恥ずかしい。テストだから普段よりは丁寧に書いたつもりだけど、みんな字綺麗すぎじゃね?
冬樹たちは俺らの答案を見て、目を丸くする。
「す、すっごい……! 光ちゃんたち、さすが! 天才!」
「やめろって……。天才ってのは、努力しなくても出来る奴のことを指すだろ。俺は違ぇ」
「そうかな~。俺的には、努力出来る時点で結構天才だけどなぁ」
何気にさらっと名言っぽい言葉を残す秋人。それはいいが、話が脱線しかけてるので今のうちに戻すとしよう。
「これだけどな、少しだけお前らのテスト範囲も出てるんだよ」
「え? そうなんですか」
「うん。ほら、こことか」
「わ、ほんとだ!」
「この辺の問題は出がちだなー。やっておいた方がいい」
「覚えといて損はねぇからな」
小学生コンビも答案を覗いてきた。
「うわ、すげー……。光たち、こんなこと勉強してんの?」
「どうだ、難しいだろ?」
「う、うん……」
光にやや意地悪げに問われ、初夏は悔しげに返事をする。
「あ、でも漢字の読みはちょっとわかるかも! ほんとだからな!?」
「ふーん。じゃあこれ。お前の姉貴が間違えたやつ」
問題に出したのは〝疎開〟という熟語。高校生なら読めるべき熟語だが、小学生が読めるかどうかは微妙なところだ。そう思っていたが、初夏はいとも簡単に答えた。
「簡単じゃん。〝そかい〟だろ?」
「正解! 初夏ちゃん、すごいね」
「へぇ、なかなかやるじゃねぇか。正直、見くびってたわ」
感心した様子の光たち。俺も素直にすごいと思った。
「ハル姉、これ間違えたわけ? さすがに無知すぎじゃね?」
「ど、ど忘れしただけだってば! たぶん……」
そんなやり取りのなか、苦虫を噛み潰したような表情で自分の答案を見つめているのが秋人だ。そういや確か、こいつも全く同じところ間違えてたわ。
「……みんな、すごい」
ふと、徐に美玲が呟いた。
「ん? どうした美玲」
「……こんなに、難しいことやってるなんて。……本当に尊敬する。……勉強、頑張って。応援してる」
『……!』
美玲はそう告げると、俺らに羨望の眼差しを向けた。その表情は、いつもと然程変わらないものの、心なしかキラキラしているように見えた。それこそ、言葉通りの純粋な〝尊敬〟の念が伺えた。
「……こんな熱烈に応援されちゃあ、頑張らないわけにはいかないな」
「ふふっ、そうだね」
「ったりめーだろ」
「さーて、いっちょ頑張っちゃいますか!」
「うん! 美玲ちゃん、応援ありがと!」
「俺ら、超頑張るから!」
「……うん。……初夏ちゃんも、応援してるよ」
「はっ? ……まぁ、否定は出来ないけど」
この流れに乗るように、今日ずっと俺たちを黙って見守っていた雫先生も口を開けた。
「はは、冬樹君たちも、ようやくやる気が出てきましたね」
「え~? 最初からこんな感じでしたよ~?」
「いや、嘘つけ」
冬樹と俺のやり取りに、みんな笑い合った。室内は、温かい空気に包まれた。
✴
その後も美玲たちの応援を糧に、俺たちはテスト勉強に励んだ。
休日やテスト一週間前、会議室が使えないときも、図書館やファミレスの一角を借りた。公共の場なので静かにしなければいけないのだが、いつもの会議室だと錯覚してしまった一年組(主に秋人)がつい騒いでしまい、度々光や唯奈に窘められていた。幸い、学校に通報されることはなかった。
テスト勉強だけ、というのはさすがに疲れるので、ちょいちょい息抜きもした。ぶっちゃけ、後半は俺含めみんな半分息抜き目当てでやっていた。
そして、とうとう迎えたテスト初日。
中間は二日間に分けて行われ、いずれも昼食を摂らずに午前中で終わる。早く帰ることが出来るため、俺はそこだけ好きだ。
無事に一日目を終えた後、帰路に就きながらメンバーと駄弁っていた。一年組はもう既に電池切れといった様子だった。
「神経使いますよ、これは……」
「次、数学と英語ある……最悪……」
「うわぁ~……疲れた……勉強しないで頭よくなりたい!」
ここ1週間強、一年組が何度もボヤいた言葉を秋人が言うと、光がすかさず「アホ」と小突く。
「甘えんな。何度も言ってんだろ。俺らは授業だけで成績残せる程天才じゃねぇって」
「わかってるけどさぁ~……」
「まぁまぁ、あともう一息だから、頑張ろう?」
「「「はーい……」」」
唯奈から宥められ、渋々返事をした。
この日は集まって勉強ということはせず、明日に備え各自やりたい範囲をやることにした。解散する直前、光は冬樹たちに「サボってたら承知しねぇからな」と釘を刺した。
各々で残りの教科の最終確認を済ませた翌日、遂にテスト二日目もとい最終日が訪れた。
前回の範囲が前学年の内容だったのに対し、今回の範囲はほとんどが現学年の内容。当たり前のことだが、学年が一つ違ければ問題の難易度もまるで違う。勉強嫌いの生徒なんかは特に大変だろう。だが、そんななかでも自身の精一杯の実力を出せるよう頑張っている者が大多数だ。
そして──中間テストの全日程が終了した。
帰り道、一年組が歓喜と安堵の声を上げる。
「やったぁ~……! やっと終わったぁ~……!」
「ようやく解放されたって感じですね~……!」
「あ~、安心したら腹減ってきたぁ~……! みんなでどっか食い行こ!」
昨日までのこいつらとは打って変わって、かなりはっちゃけている。これがこいつら本来の性格なんだけど。このメンツでテスト勉強に取り組むようになってからそれ程時間は経っていないはずなのに、こういう姿を見るのは久しぶりな気がする。
唯奈たちが労いの言葉をかける。
「みんな、お疲れ様。よく頑張ったね」
「そんなぁ、唯ちゃんたちが丁寧に教えてくれたおかげだよ~!」
「お前ら浮かれてっけど、見直し忘れんなよ?」
「もち! 絶~っ対やる!」
「要さんは何かないんですか~?」
「え?」
冬樹に唐突に振られた。そう言われても……。
「いや、もう言いたいことは二人が言ってくれちゃったしなぁ……」
「そうだと思いましたよ~。要さんらしいですけどね!」
しかし、ここまで頑張ってくれたこいつらに何かご褒美をあげたい。一体どうすれば良いのか。あ、そういや秋人がさっき、みんなでご飯食いに行きたいって言ってたな……。
「あっ」
「どうしました?」
「お前らへのご褒美、思いついた。今日の昼飯は俺が奢ってやるよ」
『えっ!?』
みんな、驚愕を声に出す。まぁ、そうだろうな。我ながら、ぶっ飛んだ案だと思うし。
「本当ですか~? じゃあ叙々苑で」
「破産させる気か?」
冬樹がリクエストしてきたが、俺はごく普通の高校生である。当然叙々苑で奢れる程の財力はないので却下する。
冬樹以外は、俺の提案に消極的だ。いや、たぶん冬樹もノリで言っただけで、賛成はしてないと思う。
「ダメダメ! 奢りなんて悪いよ! 要さんの気持ちは嬉しいけど……!」
「遠慮しちゃって、腹いっぱい食えねーって……!」
「労いたいのはわかるが、よく考えろ。お前の財布事情気にしてまで食いてぇ奴なんかいねぇだろ」
「うっ……」
反対されるとは薄々思っていたが、ここまで言われると心にくるものがある。特に最後の光はめっちゃ効いた。
こんな俺を見かねた唯奈から、修正案を出された。
「えっと……みんな、お昼ご飯じゃなくて自販機の飲み物じゃダメかな?要君も」
「えっ、あー……」
この案に、言われてみればそうだわと納得した。普通に考えて、何も昼食を奢る必要はない。寧ろ、自販機の飲み物の方が遥かに現実的だ。何故気付かなかった。
「……そう、だな」
「まぁ、それくらいなら私も……」
「せっかくの優しさ、無下に出来ませんもんね~」
「俺も大丈夫! 要さん、マジごめん! そんでサンキュー!」
「いやいや、謝るのはこっちだって。変な提案して悪かった。だから、礼なら唯奈に……」
「そ、そんな! 要君の提案がなかったら、私もこんな案出てこなかったよ。お礼なんて……」
長引きそうなやり取りだったが、すぐ光が苦笑いしながら止めてくれた。
「どっちもありがとうでいいだろ。ったく、謙虚な奴らだな」
その後、俺たちは一年組にジュースを奢った。光と唯奈も払うと言って聞かなかったので、〝俺〟ではなく〝俺たち〟だ。昼は〝何でもあるから〟という理由で、無難にファミレスで済ませた。
みんながどうかはわからないが、少なくとも俺にとっては忘れられない思い出の1つとなった。
✴
後日。全ての答案が返ってきたので、いつもの会議室で見直しをしていた。
「見て見てみんな! 俺、すっげーいい点数だった!!」
自分の答案を見せびらかす秋人。小春は「ほんとだ~! すご~い!」と感心しているが、俺らからすればそうでもなかった。それどころか、赤点ギリギリである。まぁ、前回より伸びていることには違いないが。
「秋人君、すごく伸びてるね」
「……うん、応援した甲斐があった」
「そんな自慢する程の点数でもねぇけどな」
「補習じゃないならオッケー!」
「そこかよ……」
「ふーん、ハル姉にしてはいい点数じゃん」
「〝しては〟は余計!」
そんな会話を尻目に、俺は冬樹の答案を覗く。思ったよりいい(というより、赤点ギリではない)点数が目に入った。秋人や小春のそれよりも高い。
「冬樹、お前すげぇじゃん」
「でしょ~? 僕だってやれば出来るんですよ!」
「じゃあ最初からやれよ」
そこそこ長い付き合いなのでわかるが、こいつ地頭は悪くない方だと思う。勉強だってちゃんとやれば最低でも平均点近くはとれるのに、何故かやらないタイプである。
「ふふ、皆さん本当にお疲れ様です。今日は、見直ししたあとはゆっくり休みましょうか」
「え、休んじゃっていいんですか? 依頼は?」
「来ていません」
「でしょうね」
俺と雫先生との掛け合い、自分で言うのもあれだがさながらコントだ。
窓の隙間から入る、強くなってきた日差しを浴びながら、俺は見直し作業に戻った。
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