7 最悪なあいつ

 最悪だ。マジで最悪だ。

 どうせなら、美玲と同じグループがよかったのに……。いや、美玲以外が嫌ってわけじゃない。けど……。

「……あ? 何見てんだよ」

 何で、よりによってこいつなんだよ……!

「はぁ……」

「おい、人の顔見てため息ついてんじゃねぇ」

 そう言いながら、高崎光はご機嫌斜めに眉を顰めた。


 俺と高崎光は、海岸沿いのエリアのゴミ拾いを担当することとなった。

 午後三時頃までに、先程の公園に集合、とのことだが……。

 本当に、先生の思考回路がわからない。何故、俺とあいつを組ませようと思ったのか。しかも、二人きりだ。数人グループで一緒とかならまだしも、二人きり。さっきから、とんでもなく重い空気が流れている。今すぐこの場から逃げ去りたい。

 まぁ、正直、その原因が俺にあるということはわかっている。でもあいつだって、あんな言い方しなくたっていいだろ。ガキとか、そればっか言いやがって。年だって言うほど変わんないだろ。

 それに、海岸沿いってことは、海が見え──。


 ──っ。刹那、嫌な記憶が蘇る。思い出すだけで、気分が悪くなる。


 いや、見なきゃいいだけの話だ。そうすれば、取り乱すことなんてない。

 そんなことを悶々と考えていると、突然話しかけられた。

「……なぁ、聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「はっ……? 何だよ急に、別にいいけど……」

「お前、青木あおき美玲って奴知ってるか?」

「知ってるも何も、美玲は俺の友達だけど」

 そう、美玲は友達だ。一方的なのかもしれないけど、少なくとも、俺はそう思っている。

 しかしこいつ、何でそんなこと聞いたんだ? こいつと美玲に、何の関わりがあるんだ?

「それがどうしたんだよ。お前に関係あんの?」

「……別に、俺は関係ねぇよ。俺のダチが、そいつと仲良くなりたいらしいんだよ。だからだ」

「ふーん……」

 そう回答されたが、いまいち信用ならない。

「で、そいつはどんな奴だ?」

「はぁ? 何でお前に言わなきゃなんないんだよ」

 俺が不躾に答えると、高崎光は「……チッ」と舌打ちしやがったあと、苛立ちを隠せない様子で、皮肉かつ説教めいたことを吐き捨てた。

「お前……人をイラつかせる天才だな。本当尊敬するわ。他の奴にもそんな言い方してんじゃねぇだろうな?」

「いや、嫌いな奴にしかしない」

「チッ、そうかよ」

 また舌打ちしやがって……。舌打ちされるってすげームカつく。さっきは俺もしちゃったけどさ……。

 でも、改めて確信したが、やっぱりこいつとは絶対に仲良くなれない。


 ……こいつの友達は、美玲と仲良くなりたいんだよな。美玲も、同じかもしれない。なら……。

「……美玲は、とにかく静かな奴だな」

 別に、こいつを信用したわけじゃない。ただ、こいつがわざわざ嘘を吐いてまで美玲のこと知りたがる理由もわからなかった。それに、ここで拒否したら更に面倒なことになりそうだしな。

「どんなことしても全然笑わねーし、反応も薄いけど……たぶん、根っからの人嫌いってわけじゃないと思う」

「……どうして、そう思うんだ?」

「なんとなく、かな。あいつ、クラスの奴らからハブられてる、みたいな感じがあってさ。その時の表情が、すげー悲しそうで、寂しそうに見えたから……」

「だから、お前はずっと話しかけてるってわけか」

「……うん」

 でもやっぱり、考えすぎなのかもしれない。話しながら、そんなことを思った。昼のときだって、一緒に食べたかったのに、断られてしまった。寧ろお節介だと思われてるかもしれない。

 直後、高崎光から予想外の一言が飛び出した。


「……じゃあ、嬉しいだろうな。お前が話しかけてくれて」


「!」

 ……そう、だよな。直感を信じよう。

 何なら、考えすぎでもいい。俺は美玲と仲良くなりたい。心からの親友になりたい。

 まさか、こいつがそんなこと言ってくれるとは……。

「……お前、いいとこあるじゃん。人の心あるんだな」

「うるせぇ、一言余計だわ」


     ✴


「よし、そろそろ戻るか」

「おう。……あ~、ようやくこいつとの時間が終わる!」

「聞こえてんだよ。俺も清々するわ」

 互いに悪態をつき合いながら、公園へと歩を進める。

 この時間が終わったら、もうこいつと顔を合わせることはなくなるだろう。俺とこいつは友達でも何でもない。この時間で距離は特に縮まらなかったし、仲良くもなっていない。強いて言うならば、最初程重苦しい空気が流れなくなったってことくらいか。

 ……そういや、まだこいつに謝罪をしてない。あの時は、変な意地を張っていて、謝れなかった。うーん、ハル姉怒ってるだろうし、後で何か言われたら面倒だから、謝っとくか。

「あ、あのさ……」

「なぁ、ちょっといいか?」

「な、何だよ」

 そう考えていたのに、遮られてしまった。まだ何か聞きたいことあんのかよ……。


 高崎光は、難しい顔をしながら、自分のスマホを俺に見せてきた。画面にはマップが映っており、上部には集合場所の公園の名前が記されている。どうやら、地図アプリらしかった。

「あの公園の名前って、これで合ってるよな? 一応確認したくてな」

「あぁ、それは合ってると思うけど……」

「そっか。えっと……ありがとな」

 俺に軽く、渋々お礼を言うと、スマホ片手に歩き出した。何やら「こっちか?」とか「合ってるよな?」とか唸っている。

 つーかこいつ、何で地図アプリなんて使ってるんだ? さっき来た道を戻ればいいだけだろうに、使う必要なんてないはずだ。

 待てよ、もしやこいつ……。

「……方向音痴か?」

 俺がそう問うと、光は「ぐっ……」といったうめき声をあげた。図星だなこりゃ。

「……悪いかよ」

「いや、全然悪くはねーって。だせぇとは思ったけど」

「思ってんじゃねぇよ」

「でも、大丈夫だよな? アプリ使ってるし」

「……あぁ」

 自信なさげなその返事に一抹の不安を感じたが、俺は取り敢えずこいつに任せてみることにした。


     ✴


 が、現在、その認識がいかに甘いものであったかを思い知らされている。

 時間は随分経っているはずなのに、行けども行けども一向に公園が見えてこない。これ近づくどころか遠ざかってないか? とさえ思えてくる。

 ……こいつは筋金入りの方向音痴だった。

「地図見てもわかんねーのかよ……」

「し、仕方ねぇだろ……わかりづれぇんだよ……」

「そりゃ、お前が使いこなせてないだけだろ」

「うっ、うるせぇな……! じゃあ、見てみろよ!」

 何故かキレ気味に言われ、スマホを渡された。

 わかりづらいっつってたけど、どんな感じ……。

「……は?」

 ……嘘だろあいつ。マジで全然使いこなせてねぇ。

「おい、どうした?」

「どうしたもこうしたも……! お前、全くの逆方向に向かってんじゃねぇか!」

「えっ……はぁ!?」

 高崎光は「信じられない」とでも言いたげな表情で、スマホ画面を見つめて「マジか……」「嘘だろ……」などとのたまっている。

「ったく、道理で着かねーはずだよ……。お前を信じた俺がバカだったわ」

「……悪ぃ。こっからはお前に任せるわ」

 こいつ、結構ポンコツなのか……?

 とりあえず、こいつには絶対道案内を任せてはいけないということはわかった。


「わかったよ……。ほら、さっさと行くぞ!」

 とにかく、先を急がなければ。時間を大幅にロスしてしまった。

「あ、おい! ちゃんと注意して歩けよ、危ねぇだろ」

「んなことお前に言われ……うおっ!!」

 言われた直後、水溜りに滑って、派手に転んでしまった。

「言わんこっちゃねぇ……。大丈夫か?」

「あ、うん。スマホは何ともないけど」

「そうじゃなくて、お前はどうなんだよ」

「俺も、平気だよ。全然歩けるし……いっ!」

 立ち上がろうとすると、右足首から強烈な痛みが流れた。クソ、捻ったか……。

「大丈夫じゃなさそうだな。ちょっと、そこ動くな」

「は……? な、何だよ……」

 言われたとおりにしてると、高崎光が近づいてきて、たちまち担がれた。

 ……あれ? これって、お姫様抱っこってやつじゃね?? 今の俺、男にお姫様抱っこされてる……?? やばい、急に恥ずかしくなってきた。

「や、やめろよ、降ろせって!」

「暴れんなって。お前、降ろされたところで歩けねぇだろ」

「だ、だって、重いだろ……!」

「重いかどうかを決めんのは俺だから大人しくしてろ。つーか寧ろ、引くぐらい軽いわ。ちゃんと食ってんのか?」

「食ってるっての……!」

 ……もう何も言い返せない。この状況を受け入れるしかないのか。


「つーか、さっきからどこ向かって……」

「ここだ。もう着いた」

「ここって……」

 高崎光が向かっていたのは、海が見えるベンチだった。

 遮るものが何もなく、とても綺麗に海が見える穴場スポットとして、周辺住民に人気の場所だ。俺は一度も行ったことがなかったが、そんなに綺麗なのか。

 高崎光はそこに俺を座らせ、俺の前に跪いた。

「靴脱いで足出せ。治療してやるから」

「治療……? 出来んの? てか道具持ってんの?」

「念の為に持ってきたもんがある。簡単な処方なら出来るから安心しろ」

「そう……」

 ……こいつ、意外と優しいんだな。

 俺は最初、こいつのことを、柄悪いムカつくチビヤンキーだと思っていたが、実際のところ、それだけではなかった。こうやってしっかり接してみてわかった。正直……。

 ……いや待て! 何こんな奴に絆されてんだよ、俺! チョロすぎんだろ!


「よし、こんなもんか」

「えっ、もう?」

 思いの外早く終わった。考えごとをしていたからか。

「こんくらい、簡単だっつの。一応、しばらくここで安静にした方がいいな。ったく、手間かけさせやがって」

「悪かったって……」

 刺々しい口調は相変わらずだが、こう見えてこいつは俺のことを心配しているのだろう。嬉しくないこともないっちゃない。

 しかし、しばらくこのままかぁ。そう考えると……。

「暇だなぁ。何すりゃ良いんだ」

「まぁ、ここ何もねぇしな」

「何かいい案ある?」

「うーん……あるっちゃある。暇つぶしになるかわかんねぇけど」

「……へぇ。何?」


「海でも見りゃいいんじゃね? ここ、綺麗に見えるって有名だろ」


 高崎光が思いついた案、予想はできていた。やっぱりなぁ。そうだよ。海を見ればいいんだ。

 でも、平気なのか? あの時、は俺の不注意が原因で、ああなった。

 ……けれど、ここから見る海はすごく綺麗みたいだし、それに、もう三年経つんだ。なら、どうということもないだろう。

 大丈夫。

 大丈夫。

 大丈夫。

 大丈夫。

 大じょ──。



『よーし、あんたたち! 今日はめいっぱい楽しむよ!』



「……!!!!」

 顔を上げた瞬間、視界いっぱいに海が広がっていて……同時に、あの日の苦い記憶が、脳内に溢れ出した。

「お……おい! どうした!? 顔色悪ぃぞ!?」

「……気持ち悪い……!!」

 耳鳴りと動悸が止まらない。上手く呼吸が出来ない。息苦しい。

「気持ち悪い……? 吐きそうなのか? 袋なら持ってる!」

「いや、大丈夫、とりあえず、隣にいて……!」

「……わかった」


 あぁ、駄目だったか。

 まだ俺は、あの夏に囚われたままだ。

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