第14話「Between 謎 To 真相」

 さぞかし名のある寺だろうが、セツヤにはさっぱりだ。

 ただ、整備された庭園には目を見張るものがある。

 季節は偶然にも、セツヤたちがいた現代と同じ、春。風光明媚とはこれこのことと言わんばかりの風景に、カナミも瞳を輝かせていた。

 これで鬼が出ないなら、なかなかいい観光になるだろう。


「見てください、セツヤ君。あっちには桜の木が」

「おいおい、走るなって。とろいんだから転ぶぞ」

「もーっ、セツヤ君はわたしの身体能力を甘く見過ぎですっ。ちょっと体力がないだけで、って、ててっ!?」

「ほら見ろ、言わんこっちゃない」


 カナミは木の根につまずいた。

 だが、転ぶより素早くセツヤが駆け付け抱き留める。

 周囲には桜の花びらが舞い、日差しも温かい。

 風もなく、穏やかな日和だった。


「大丈夫か、カナミ」

「は、はいっ。ありがとうございます、セツヤ君」

「で? さっきの安倍晴明とやらはどこにいるんだよ」

「えっと……っ、は、はわわっ!」


 気付けば顔が近くて、カナミは真っ赤になった。

 それでセツヤも、変に意識させられる。

 うららかな春の風が、静かにカナミの前髪を揺らしていた。片側だけ妙に長くて、顔を隠すようなその髪がふわりと香る。匂いというには弱くて小さな刺激が、鼻孔に桜の芳香と共に運ばれた。

 慌ててカナミを立たせて、すぐに離れる。


「とっ、ととと、とにかくっ! ……気をつけろよな」

「は、はいぃ……っ、ふふ、なんだかでも、おかしいですね」

「な、なにがだよ」

「一足早い修学旅行、というよりは……これは、あの、ちょっとしたデートみたいなもの、という風にも見えないでしょうか」

「みっ、見えねーよっ!」


 はにかむカナミから目を逸らしつつ、セツヤは大股に先を歩く。

 なにがデートだ、しゃらくさい。そもそも、そういうのはこう、もっとこう……そう思うと何故か、顔が熱い。

 なにより、自分で言っておいてカナミがシュボン! と一瞬で茹で上がっていた。

 カナミのせいで、妙に気まずい雰囲気ができあがってしまった。

 思えば、出会って二日でいきなりタイムスリップ、そこから謎のロボットに襲われお泊りである。改めて事実だけを並べると、波乱万丈を通り越して急展開過ぎた。

 そして、そんな二人の青い初々しさに笑いが飛ぶ。


「あーもぉ、見てらんないわね! なによ、くっつくならくっつけばいいじゃない。我はずっと、そういうもんだと思って見てたんだけど?」


 不意に声がして、カナミと一緒にセツヤは首を巡らせる。

 庭の奥、一際大きな桜の木の下に、狐がいた。

 狐のお面を被った尼僧が、背景に同化するように佇んでいる。

 先程も会った、安倍晴明だ。

 本来男である筈の彼女が、静かに笑っている。

 素顔が見えなくても、自然と好意的な気持ちが伝わってきた。ともすれば、親しみと一緒に面白がってる様子まで自然と知れる。

 カナミは慌てて身を正すと、桜の古木に駆け寄った。


「あのっ、晴明さん……い、いえっ! あの……リネッタさん、ですよねっ!」


 あ、と思わずセツヤは間抜けな声が出た。

 そう、あの妙に高慢ちきで高飛車な物言い、その癖ハキハキと歯切れのいい言葉。

 間違いなく声もリネッタだった。

 ゲートの光に一緒に飛び込み、昨夜はぐれてしまったハイエルフの姫君、リネッタだ。

 何故最初に思い出せなかったのか、今となっては不思議なくらいである。

 リネッタも改めて頭巾を脱ぎ、狐のお面を外した。


「久しぶりね! 懐かしいわ……セツヤ、それにカナミ! よく生きてたわね。ようこそ、ビトゥインダーの世界へ。まー、我も好きでやってる訳じゃないんだけど!」


 そこには、以前と変わらぬリネッタの笑顔があった。

 ファンタジーな世界を飛び出し、狭間中学校を通して故郷への帰還を目指しているエルフの少女。今まで何度も、異なる世界を渡り歩いてきた流離いの放浪者でもある。

 そのリネッタだが、次の一言が衝撃的だった。


「まったく、待ちくたびれたわ。軽く50年くらいは待ったんじゃないかしら」

「はぁ? 50年って……?」

「あんたたちがゲートから出てきたのは昨日。でも、我がこっちに来たのは半世紀前なのよね。エルフは長寿だから見た目は変わらないだろうけど、正直少し疲れたわよ」


 カナミも言葉を失っている。

 そして、セツヤは思い出した。

 確か先程、金時や頼光が言っていた。安倍晴明は何十年も生きている老婆だと。正体不明で若く見えて、その実像はなにも見えない。そういう安倍晴明をずっと、リネッタはこの時代で半世紀も続けてきたのだった。


「で? あんたたちも見たでしょ、鬼を。この時代のこの国は、鬼の脅威にさらされているのよ。しかも、その鬼ってのが」

「は、はいっ! あれは、いわゆる日本の伝承にあるような鬼ではありませんっ! あれは、ええ、本当になんというか、ロボットなんです。あ、ロボットっていうのはチェコスロバキアの戯曲家カレル・チャペックが」

「はい、ストーップ! あいかわらずね、カナミ。いいからまず深呼吸なさい。そして、我の話を聞いて。まずは情報共有、そうでしょ?」


 笑顔でウィンクを向けられると、セツヤも頷くしかない。

 そして、リネッタが生きた過酷な50年が語られるのだった。


「ゲートに他の人と飛び込んだのは初めてだったわ。だから、目的地が同じでも位置や時代が大きくずれることがわかったの。だから、ゴメン……あのキリカって娘はまだ見つかってない」


 リネッタは、セツヤやカナミよりも50年も過去に放り出された。

 彼女が真っ先に始めたのは、人探し……セツヤとカナミ、そしてキリカを探す旅だった。だが、ここは平安時代の真っただ中。金髪で半裸の少女がうろつける場所ではない。

 そんな時、不思議な人物が助けてくれた。

 人物と言ったが、人間ではなく狐だった。


「その、妙な狐? そう、真っ白な狐……そいつの力を借りて、我は安倍晴明としてこの都に住み着き、陰陽師として地位を確立したの。おかげで情報収集がだいぶ楽だったわ」

「そ、その狐とはもしや」

「違うわ、カナミ。チギリの奴じゃなかった。でも、奴は奴で目的があって、我を安倍晴明にすることでそこに近付く目的があったみたい」


 これが恐らく、後の世に「人間と狐の間に生まれた陰陽師」という言い伝えになったのだろう。

 そして、ついに昨夜リネッタはセツヤとカナミの情報を得た訳である。

 一方で、過去にさかのぼって調べても、キリカのことはまだなにもわかっていない。

 なにより今は、鬼対策で大忙しの日々を過ごしているのだった。


「そっか、そうだったのか……リネッタも大変だったんだな」

「ええ。でも、よかった。また会えたし、一緒に帰るわよ? 勿論、キリカを探してね」

「ああ! けど、今は鬼だ。鬼というか、あの連中……間違いなく、狭間中学校を通ってここに来たビトゥインダーだ」


 昨夜の青い鬼、茨木童子に乗ってたリッタ・ネッタは言っていた。狐のお面を被った巫女……それは間違いなく、チギリのことである。

 リッタたちは何らかの理由で、ゲートを通じて別の場所に移動しようとした。結果、狭間中学校を経由してこの平安時代にやってきた訳である。だが、巨大ロボットを操る未知の文明人を、この時代の人間たちは鬼としか思えなかったのだ。

 頼もしい仲間との再会で、話もより鮮明になってきた。

 だが、おずおずとカナミは先生を見る生徒の目で手を挙げる。


「あ、あのー、リネッタさん。では、その、本物の安倍晴明さんは」

「ああ、狐が上手く処理するって言ってたわ。その方があの子も、普通の暮らしができるだろう、って。……我、なんかひょっとして、まずいことしたかしら?」

「い、いえっ! タイムパラドクス的なことは大丈夫かと。ここは既に、安倍晴明がいなくて、代わりにリネッタさんがその役目を引き継いだ未来です。そこから先は、わたしたちが生きていた現代に繋がってない、新しい現代ですので」


 リネッタがまた、お姫様がしてはいけない形相で眉をひそめた。

 セツヤだって同じだ。

 言ってる意味がまるでわからない。

 だが、ようするに過去が改変されたとしても、現代や未来が影響されることはないらしい。つまり、この平安時代でセツヤの御先祖様になにかあっても、セツヤ自身が干渉されたり影響を受けることはないのだ。


「ところでさ、リネッタ。お前、陰陽師だって? 魔法だってダメだったんだ、どうやって」

「フフン、それね! それよね! いいわ、見せてあげる!」


 得意げにリネッタは、すぐ横の桜の木へと手を伸ばす。

 彼女が触れた瞬間、異変が起こった。

 舞い散る桜の花びらはすぐに、紅葉で黄色く染まった木の葉に変わったのだ。

 見上げれば、その木だけが桜ではなく、秋の装いで風に揺れる銀杏の木になっていた。


「これが我の陰陽術……どう? 蘆屋道満のおじさまにだって負けないわ。ま、我のは正確には陰陽師の術そのものではないんだけど」


 全ての世界に理があるように、その時代にも決まりが存在する。魔法を使う術を持っていたリネッタは、この時代の呪術や祈祷の術が当たり前だった世界観に自分を合わせたのだ。つまり、平安時代で使えるようにアレンジした魔法だという。


「さ、カナミ! 我に教えて……あんたが知ってる伝承のあらすじを。茨木童子の腕を切り落としたあと、本来ならどうなるのか。それに従い、まずは鬼をやっつけるわよ!」


 リネッタの言葉に、セツヤもカナミと共に大きく頷く。

 だが、やはり気になるのは幼馴染のキリカだ。この地で50年探しても、リネッタは見付けられなかったという。

 それでも希望を捨てず、全員で元の時代に戻ることをセツヤは胸に誓うのだった。、

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