(-_-メ)和)  今日は化粧のノリが良いのかもな。

 授業が終わると、俺は二俣ふたまたと一緒に彼女のマンションに向かう―――ことはなく、一旦自宅に帰る。


「ただいま。あ、今日もお疲れ様です」

「いえいえ、お母さん何事もありませんでしたよ。食事も今日はたくさん食べました」

「そうですか、ありがとうございます」


 訪問介護士の人に礼を言って仕事を上がってもらうと、母親の様子を見つつ、手早く夕食を作り、洗濯物を取り込み、洗い物を終える。我ながら無駄のない合理的で効率の良い動きをしていると思う。30分とかからない。


 それが終わったあたりで、時短勤務の父親が帰ってくる。


 俺が帰るころには既に家にいることもあるし、どうしても遅くなる時もある。そのときは、二俣に「今日は行けなくなった」と連絡することとなる。


「おかえり父さん。夕飯はいつも通りの場所。何かあったら連絡してくれ。じゃあ、行ってくる」


 父には単に「友達と勉強会だ」としか伝えていないし、二俣にも俺の事情は話していない。


※※


 二俣家に向かうバスに揺られながら、ふと思った。


 もし、ナガサが家族を介護していたら。


 永作家は五人きょうだいの七人家族だ。


 一人病に倒れても六人でカバーできる。


 だが、ナガサは誰よりも家族のために働き、俺や二俣に助けを求めるだろう。


 彼女は人を頼ることをためらわない。他人を恐れない。


 こういうのを『援助希求能力』と言うらしい。ナガサはそれがとてつもなく高いのだ。


 そして、人に頼られることを屈託なく喜べる。


 人としてもっとも“隙”が無いのかもしれない。


 あの、見た目に反して隙だらけでポンコツな二俣さんの次女が「天使だ」なんだとホザきたがる理由も、一割くらいは同意してやっていいと思う。


 で。


『はーいどうぞ』


 エントランスのインターフォンに二俣吏依奈りいなの間延びした声が響く。これだけでいかに隙だらけかよく分かる。


 姉は平日仕事があり、この時間は家にいない。


 なので、俺と彼女の二人きりでの勉強会となる。


 母親は? 父親は? 明らかに二人姉妹だけで暮らすには広いマンションに入るたび、そんな疑問が泡沫ほうまつのように浮かび。


「は~い、いらっしゃい相楽そうらく先生」


 強い西日が差す玄関先で俺を出迎える腑抜け切った茜色の笑顔に、それが弾けて消える。


「はいこれ」

「わっ、クッキーだ。また手作り?」

「簡単な奴だ」

「でも、時間かかることない?」

「生地は作り置きで冷凍してあったからな。それを、昼休みに焼いた」

「ああ、だからお昼休み、いつものところにいなかったのね。くるりが寂しがってたわよ」

「一日中同じ教科書で机くっつけて勉強してたのに?」

「食事は別なのよ。分かるでしょう?」

「分かってしまうな、困ったことに」


 言い終えてから、二人で笑い合う。


「くるり、いいわよね」

「ああ」


 ……。


「やっぱり地下の邪教みたいになっとるよなぁ」

「何をわけのわからないこと言ってるのよ」


 まずは糖分補給と、クッキーとお茶で駄弁りながら勉強の準備を始める。


 今日は夕方から少し冷えたので、何とも言い難く野暮ったいパターンのカーディガンを羽織っている。下はなんと学校指定のジャージである。


 そしてデコ出し眼鏡の超ラフい部屋着スタイルは崩さない。


 目のやり場に困らないのはありがたいが―――うん? そういう話なのかこれは?


 本人がこの家での姿をまったく気にしていないので、こちらからは何も言えない。


 学校では(少なくとも外見は)クールな印象で、周りからも(辛うじて外聞は)美人と評されるイメージを損なわないために、気を張っているのかもしれない。


 そんな中でもたとえば、現代日本では少々わざとらしい所謂いわゆる“女言葉”を敢えて使っている部分は変わらない。


 なんでもかんでもずけずけと言い放ち人間関係を悪化させ続けていた反省かららしいが、それでも十分直接的な物言いが多いと思う。


「ねぇ」

「おっと!?」


 知らぬ間に俺の素顔をじっと覗き込んでいた。やや釣り上がったきつそうな目、純粋そうな深い瞳。


「顔の傷、いつもより見えにくいかも」


 菓子を食べているので、当然マウスガードは外していた。


 あれ? いつ外したんだっけ。


「今日は化粧のノリが良いのかもな」

「どこの使ってるの?」

「光世堂のファンデーションとパウダー」

「やだ、私と一緒じゃない」

「男性用のやつは合わなかった。どうも肌に刺さる感じがしてな」

「へぇ~。乳液とかも使ってる?」

「エリハウスのやつ」

「私もそれ好き! 夏場とか重宝するわよね」


 まさか使っている化粧下地とファンデーションの話で盛り上がるとは思わなかった。


 なので、


「てっきりナガサと同じ化粧品を特定して使ってるのかと思ってたぞ」


 などと、軽口を叩いたのが間違いだった。


「それはまだリサーチ不足なのよ。シャンプーはつい最近ようやく見つけたのだけど」

「よし! 勉強しようか!!」


 軽い気持ちで邪教の深淵を覗くものではない。深淵がこちらを見つけてくるからだ。


 ―――二時間後。


「ふぇ~~~、今日も生き残ったわ」

「これは宿題な」

「まじで?」


 終わったと思った地獄にさらなる試練をトッピングし終えた俺は、絶望する二俣を見て笑う。意外な気付きだったが、家庭教師には悪魔的な喜びがある。


「あ~、お腹減ったぁ……」


 言いながら部屋のベッドにうつ伏せで寝転がる。相変わらず男子おれがいるとは思えない、雌猫のような気だるげな仕草で「うぅ~ん」と伸びをして、手足をバタバタさせる。


「はぁ~……」

「……」

「相楽くん、もう帰っていいのよ?」


 かちん。


「いだだだだだだ!!!?」

「脳に効くツボがあるんだ。少し我慢しろ」

「もう、乱暴なんだから」


 少しスッキリした。


「……なんだか静かね」

「そうだな。まだお姉さんが帰ってきてないし」

「え!? 嘘、じゃあごはんできてないじゃない! 私どうしたらいいの!?」

「パンケーキに砂糖と生クリームとハチミツ全力で盛ったシロ〇ワールよりゲロ甘な発言だな」

「相楽くんシロノ〇ールまで作れるの? すごいわね」

「アカンこの子、脳に糖分いっとーせんがや」


 今日は割と追い込んだし、俺の責任も2%くらいはあるかもしれない。


「ちょっとキッチン借りるぞ」

「え!? 相楽くんまさか―――」


 自分で作るという当然の発想が出てこない甘えたガールに言ってやる。


「何か作ってやるよ。大したものはできんけどな」

「そう、じゃあ私はくるりと電話でもしながら待ってるわ痛いっ!?」


 さえずるドタマに手刀を食らわせ、俺は二俣家の台所に向かった。


「うふふ」

「なんだ?」

「別に。何だか楽しいなって」

「ほぉか」


 なぜだろうな。


 ところどころきっちり腹も立つが。


 この隙だらけの笑顔に、安らいでしまう自分がいる。


【続く】


キャラプチ紹介


☆化粧には何分くらいかかる?


(@*'▽') 10分くらい?

(-_-メ)和) 20分はかかる。

(吏`・ω・´) 5分。

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