(-_-メ)和) アンタは空回り続けてくれていい。

「私はもうダメよ。殺しなさい」

「断末魔までうるさそうだから嫌だ」

「あはは……」


 映画館、フードコート、カジュアルファッションショップ、カフェと流浪し続けた俺たち三人は、「もう店に迷惑はかけられん」と屋上駐車場に出る手前の自動販売機のある空間に辿り着いた。


 結局、学校の昼飯時と同じような場所じゃないかと思ったが、幸いこちらには腰掛けるベンチがあった。


「じゃあ、行くか」

「そうね」

「うん」


 二俣ふたまたが落ち着いたところで、さてそろそろ帰るかと意思統一がなされる。


 三人とも言葉少なである。


 こんなにくたびれる半日は生まれて初めてだった。


「あ、いけない」

「どうしたナガサ」

「服屋さんで入れてもらったわたしの服、〇タバに置きっぱなしだったよ」

「なら俺が取ってくるよ。お前らは休んでてくれ」

「……」


 どっこらしょ、と大儀そうに立ち上がった俺を、二俣が見ている。


「良かったじゃないか、二俣」

「え?」

「俺の言った通り、ナガサと仲良くなれただろ?」

「……そうね」


 二俣の顔も晴れた。


※※


 と。


 油断していた。


 わけでもないのだが。


 荷物を取って引き返す途中だった。


「ちょっと、お話いいですか」


 制服警官に、声をかけられた。


 穏やかな笑みの中に、微かな警戒を匂わせる。


 俺は、できる限りの心の準備をしてから言った。


「なんでしょうか」

「朝から、ここのあちこちで変な人がいるって通報があってね」

「すいま―――」

「ん?」

「いや、なんでもないです」


 心当たりがあり過ぎて、思わず身に覚えのない罪を告白するところだった。


 おまわりさん犯人は屋上に潜伏していますとも言えない。


 板挟みである。


「申し訳ないんだけど」


 一人の警官が丁重な調子で言った。


「それ、外してもらっても大丈夫かな。一応、形式的に顔を確認しときたいんだ」

「もちろん、この人の往来で外すのが嫌なら、従業員の人に事務所をお借りできないか訊いてきてもいいんだけど」

「本当に、一瞬だけでもいいので、お願いできますか」


 高圧的ではない。強権的でもない。最大限、譲歩している。


 任意の職質で令状もないから当たり前と言えばそうだが、このお巡りたちが悪い人間ではないことは分かる。


「いえ、構いません」


 だから俺はその場でマウスガードを外した。


 露わになる傷顔スカーフェイス


「……うん。もういいよ」

「ご協力感謝します」


 俺は、すぐにまた顔を隠そうとした。


 お巡りたちの顔を見て、動きが止まってしまった。


「……」


 ああ、頼むよ。


 そんな、申し訳なさそうな顔をしないでくれ。


 気遣われるくらいなら、いっそ怖がってくれ。


 俺は別に、名前の無い怪物じゃないんだから。


 いつまでこんなことをしなきゃいけないんだ。


 俺を作ったフランケンシュタインは、どこだ。


「……あの、君、だいじょう―――」

「ちょっと何をしているの!?」

「……ああ」


 そういえばいたな、一人だけ。

 怖がりも気遣いもせず。

 思ったまま。


『意外とイケメン』などとほざいたやからが。


「お巡りさんとはいえ、やっていいことと悪いことがあると思います!」

「お前……」

「顔を隠してるってことは、見られたくないってことだと分かりませんか!?」

「お前の……」

「しかもこんな人通りのあるところで外させるなんて、横暴です! いったい何の権利があって―――」

「お前のせいだよ二俣ァ!」

「ええ、なんで!? きゃあ!?」


 俺はやってきた真犯人ふたまたを国家権力の前に突き出す。


「お前が朝からあっちゃこっちゃでギャーギャーギャーギャーどやかましく騒ぐからこの人たちの手をわずらわせてんだ謝らんきゃ! このドたわけがッ!!」

「ハッ!? ごめんなさい! それ、たぶん私です!」


 警官たちには、俺の剣幕に驚いてもらった後、二俣の平謝りに納得してもらった。


「まぁ、デートが楽しくてはめを外しちゃう気持ちは分かるけども―――」

「「デートではないです」」

「……ほうかね」


 何かニヤニヤしている警官たちが去ったのと入れ違いに、ナガサも来ていた。


「カズくん、何かあった?」

「聞くな」


 いちいち説明するのも億劫おっくうであった。


「ごめんなさい。今日は本当に、空回りしっ放し」


 二俣が今日何度目か分からない謝罪を口にする。


「い、言っておくけど、いつもいつもこうだとは思わないでね。ちゃんとやれる日もあるんだから! たぶん……」

「いや」


 俺は言った。


「アンタは空回り続けてくれていい」

「へ?」

「助かった」


 俺は女子としては背の高い二俣の頭に手を置いて言った。


 朝はキチンとセットされていたが、今日一日の大騒ぎですっかりくしゃくしゃになった明るい髪を撫でる。


「―――あ」


 やってしまってから、ことの重大さに気付いた。


「悪い、ついナガサと同じテンションで」

「あ……あ……あ……」

「ああこりゃダメだ聞こえてないわ。プレーンなカオナシみたいになってまっとる」

「~~~!!!!」


 そして二俣吏依奈は逃げ出した。


「あ、吏依奈! 待ってよ! カズくんどうしよ!?」

「じゃあ今日は現地解散ってことで」

「冷静! すごいよね! じゃあまた明日学校でね! 吏依奈ぁ~~~!!」


 ナガサが二俣を追って走り去っていく。


 俺はその背に手を振り、見えなくなると、手近なベンチソファにどさりと腰掛け、大きく溜息を吐いた。


「つ~か~れ~た~」


 無論、肉体的にではない。


 精神的に、緊張しっ放しだった。


「あの、体調でも悪いんですか」


 しばらく吹き抜けの天井を見上げていると、声をかけられた。俺と同い年くらいの男子二人組。


「いいや、大丈夫。ありがとう。ちょっと性も根も尽き果ててぐったりしてるだけだから」

「ショッピングモールでそんな疲れることあります?」


 よっぽど脳が死んでいたのか、俺は思うまま舌の奏でるままこう口走っていた。


「教室の隅っこにおるようなぼっち男子が、学年どころかと、と一緒に半日も遊べばこうもなるさ」


 あまりにも明け透けだったので、反感を買うかと思ったが。


「それは、確かに全身全霊枯れ果てるな」

「ナイスファイトです」


 二俣ではないが、この街の人間は民度が高いな。


 親切な男子高校生たちは去ったが、俺はしばらく座り心地のいいソファに沈みこんでいた。


 いや、これはマジで動けんぞしかし。


 身体が鉛のようだ。


 本でも読むか。


 繰り返し読み過ぎて、ページがあちこち痛んでいるメアリー・シェリーの文庫本。


 が、


「あれ? ない……」


 なかった。


 家に忘れてきたのだろうか。


 カバンの中、ポケットの中、いつも肌身離さず持ち歩いているので、忘れるという発想すらなかった。


 しかし。


 文庫本は、家の本棚にも無かった。


 いつから失くしたのかも、覚えていない。


 知らぬ間に。


 俺の日常から『フランケンシュタイン』が消えていた。


【続く】


キャラプチ紹介


☆警官に職質されたことって、ある?


(@*'▽') ある(迷子を心配されて)。

(-_-メ)和) ある(風体を怪しまれて)。

(吏`・ω・´) ある(韓国で「くるりがいない!」って大騒ぎして)。

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