(吏`・ω・´) なんだ、思ったよりイケメンじゃない。

 私は地獄に通じる穴があったら入って貝になりたい。


「はぁ」

「まぁまぁ、誰にでも早とちりはあるよ」


 くるりに慰められながら、私は姉が作ってくれた弁当箱を開ける。くるりは毎朝母親と一緒に兄や弟の分までつくっているらしい。女子力と娘力むすめりょくあね妹力いもうとりょくの化身かこやつは。


 と。


「……」


 相楽そうらくが、マウスガードに手を当てたまま、固まっていた。


 理由は私のような奴にも分かった。


「カズくん……?」


 見えないようにしているということは、見られたくないということ。


「私のせいね。ごめんなさい」


 心配そうなくるりを制して、私は言った。


「くるりは、アンタの“顔”を知ってるんでしょ。だったら、お邪魔虫は私ね。教室に戻るわ」

「いや、いいんだ、別に」


 腰を上げようとする私に、相楽は「ふー」と息を吐きつつ言った。


「いろいろと唐突過ぎて、食べるときに“コレ”を外すっていう基本的なことに頭が回ってなかった。で、今さらになって気付いて、ちょっとフリーズしただけだ」


 言いながら、相楽はさも『何でもない風』で、マウスガードを外した。


吏依奈りいな、あのね……」

「大丈夫よ、くるり。さすがにそこまで無神経じゃないわ。触れちゃいけないことの区別くらい―――」


 と、私もまた『何でもない風』で、相楽の素顔を見―――


「―――あら?」


 ―――ようとした。



 校舎四階、屋上に向かう踊り場に、一階職員室で教師が談笑する声が聞こえた。


「……」

「……」

「……」


 完全なる沈黙が、訪れていたからだ。


「ふぬッ!!」

「きゃっ!?」


 意外にも、最も早く動いたのがのんびり屋のくるりで、さらに私の頭をガッと掴んで無理やり下げさせた。


「もーしわけございませんカズくん!!」


 ですよねー。


「お詫びにこの無神経な失言女が腹を斬りますっ!! そのあとでわたしも死にますので!!」


 怒っていても私ひとりを逝かせない配慮をするくるりはやっぱり天使だなぁと思ったが、その天使が私の額を床に擦りつけているので、声を発せなかった。


「なにが触れちゃいけないことは分かってるだよ! 初球から危険球まっしぐらだよ! 一発退場だよ!!」

「くるりって、そんな言い方するときもあるのね……」

「この状況じゃさすがにわたしもキャラ忘れちゃうよっ! ほら謝りなさい!!」

「そ、そうね……」


 初めて発生したくるりからの怒られに快感を得る暇もない。


「相楽くん、あの―――」


 この期に及んでそんなことを頭の隅で考えながら私は相楽に向き合い、誠心誠意謝罪を伝えようとした。


 そのとき。


「あーはっはっはっはっは!!!!」


 爆笑。


「……」

「……あの、相楽、くん?」

「ははは……あー、びっくりさせてすまなかった」


 謝るのはこちらの筋なのだけど。


「まったく、予想外にも程があるな」


 素顔の相楽が私に言う。


 その両頬には、それぞれ大きな傷とあざがついていた。


 化粧で多少は隠しているのだが、それでも目立つ。


「ごめんなさい!」


 私は取り急ぎ大声で謝る。


「断じて! からかったとか、皮肉とかではないの!!」


 そしてさらに大急ぎで言い訳を始める。


「私、昔っから思ったことが何でも口に出ちゃって。だから、言葉遣いも綺麗にしたりして、いろいろ頑張ってはいるんだけど! ……はぁ、またやっちゃったわ」


 言いながら視界がぼやけてきた。

 ダメだ。ここで泣くのは最悪すぎる。

 せめてうつむき、顔を見せないようにする。


 私は、本当に―――。


 自業自得、因果応報。


 そう、これはきっと正当な報いだ。


 ―――本当に、最低な人間なんだ、私は。


 くるりも、相楽も、、ほんとうに、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさ―――


「ほら」

「―――ふぇ?」


 ポタポタと落ちる涙の軌道上に、何かが差し出された。


「お弁、当……?」

「勝負だよ、勝負」

「はい?」


 展開のわけのわからなさに涙も止まってしまった。


 顔を上げ、(私が言えた義理じゃないが)いきなり意味不明な勝負を吹っかけてきた相楽を見た。


 確かに傷と痣はある。

 しかし、造形は悪くない。


 むしろその傷痕がある種の耽美的な魅力になっていると本気で思ってしまった顔は、微笑んでいた。


「俺は毎朝、自分の弁当は自分で作ってるんだが、お前は?」

「……姉さん、姉が作ってくれてる……」

「なら、俺の勝ちだな」

「……ふふっ」


 これで何連敗だ? とにかく、ここを離れる口実にはなりそうだ。


「そうね。負けよ。だから―――」


 私は少しだけ清々しい気持ちで言いながら、腰を浮かす。


 が。


「罰ゲームだ」

「へ?」


 相楽は、私の手を取って言った。


「俺と昼飯を食え、二俣ふたまた

「……そんな」


 やられっぱなしじゃないか、二俣吏依奈。


 くるりの言う通りだった。


 こいつ―――じゃなくてこの人は、とても優しいんだ。


「……仕方、ないわね」


 だから、私は三下キャラのまま言った。


「一緒に食べてあげようじゃない、相楽くん」


 ―――数分後。


「うわぁ、おいしー、すごーい。カズくんこれ毎日作ってるんだぁ」

「そんな大したもん入れてないぞ」

「……」

「えー、すごいよぉ。だってお味噌汁まで付いてるんだよ」


 くるりは食にはこだわりがあるのだ。


「すごく優しい味~。カズくんのお味噌汁が毎日飲みたいよ~」

「ダメぇ!!!!」

「うるさいわ」


 相楽がわざとらしく耳を塞いで言う。


「そんな、くるりの味噌汁を毎日作るなんて、そんなのもう子作りじゃない!」

「お前はこうじ酵母こうぼから産まれたんかて」

「くるりにまだ赤味噌は早いわ!!」

「一介の発酵食品に卑猥さ付与すな。八丁あたりに怒られろや」

「ふぃ~」

「すげーなナガサ、このトチ狂った状況下で静かに味噌汁をすすってやがるよ」

「ご飯を食べてるとき、なんぴともわたしを止められないんだよ」

「くるりはマイペースだから」

「そんなわたしだけど今では理解あるカズくんがいるよ」

「うわあああああああ!!!!」

「……ナガサお前、悪い奴だな」

「なんで!?」

「とんだスケコマシやでぇ」

「意味わかんないよ!?」

「そうやって二人で漫才されるとさらに疎外感マシマシになるんですけど!!」


 賑やかな昼食となった。


【続く】


キャラプチ紹介


味噌みそはどれが好き?


(@*'▽') 赤味噌

(-_-メ)和) 赤味噌

(吏`・ω・´) 合わせ味噌

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