第11話 宮古島インシデント②

 見た目は、小さめ中学生な今のわたし。でも、大脳皮質は31歳のもの。

 

 そう思っている。そう思えている。

 

 けれども、体重計は、この身体に9kg分の余計な重みを見いだした。私の脳内にも余剰物エクセトラがあってもおかしくはない。


 わたしの脳裡の中学生2年の記憶。伍長に相当する制服姿の仲宗根チューター。そして、4色の発光体アンノウン。移動速度は時速300kmに達する。それらは集合すると白光体はくこうたいとなり・・・とても断片的な記憶だけれど、中2生の今の身体のものなのだろう余剰物エクセトラ。この身体に、何かが刻み込まれている。

 

 横から視線を送っている穂香ほのか(大)を、わたしは見つめ返す。


 ☆

 

 二階堂先輩の提案により、そこからは、ミカ校と宮古島インシデントについて、わたしと穂香ほのか(大)の記憶に相違するところはないかを確認していくことになった。


 まずは、ミカ校入試の時に学んだ、琉球準州と先島諸島をめぐる軍史と、ミカ校の設立経緯から。

  

 前世紀のベトナム戦争と暫定的な和平の後に、東アジアと東南アジアの微妙な政治情勢の中で誕生したアメリカ合衆国の琉球準州。ベトナム戦争の和平を仲介した中華人民共和国との協定により、合衆国の領地ではありながらも宮古島、石垣島などの先島諸島に米軍は駐留できない。これは、ベトナム内部のホーチミン地域の高度な自律統治権を北ベトナム政府と共に中華人民共和国が暫定的に認めるための必要条件だった。

 併せて、ベトナム空爆に日々出撃していたB52爆撃機も、沖縄島の米軍基地から撤収することとされ、グアム以東に配備替えとなった(これにより爆撃機による非人道的な虐殺行為を両政府が声高に国際社会に訴えることはなかった)。一方、米軍戦闘機は沖縄島に配備されたままとなった。そして、それから半世紀以上の間、琉球準州からホーチミン準州に至る空域の実効的制空権を米空軍は保ち続けている。


 わたしが、(当たり前のことを延々と話し続けてごめんなさいね)的な視線を二階堂先輩に向けると、先輩は手元にある分厚い本を持ち上げながら、

「いや、僕は読書しながら2人の話を聞いているから、この機会に細かいところまで確認しあっておくといい」

とわたし達に微笑んでくれた・・・あぁ、ぶっきらぼうだけれど時折り見せてくださるこの笑みに、穂香ほのか(大)はパブロフ的に好きの気持ちをすり込まれちゃったのよね・・・わたしは、条件反射に巻き込まれないようにしなきゃね。


 今世紀に入ると、2020年代までの技術革新により、有人戦闘機に対し、長距離ミサイルと無人戦闘機とが優勢となると見込まれるようになってきた。中華人民共和国が沿海岸に張り巡らしたミサイル防衛網の脅威に琉球準州全域がさらされるようになったことを受け、米中間の準州協定と日米安保条約の双方に反しない形で先島諸島に設営されてきた自衛隊の各駐屯地の機能拡充が図られることになった。

 日米の関係者は、内々の合意通りに拡充を実現させようとした。が、石垣島・宮古島の両島駐屯地への電磁加速砲レールガンの配備計画が日本国憲法9条の下での専守防衛慣行との関係で国会で問題視された。特に、石垣島への長射程型の電磁加速砲レールガンを配備する目論見は、台湾海峡を挟んで対峙している、人民解放軍の福建省内ミサイル基地のかなり直接の射程に入れることとなる。野党は軍事的緊張を不用意に高める、と激しく反発した。かくして、「軍国日本の復活が二十一世紀の新たな植民地戦争を引き起こす」といった調子の中国からのプロパガンダは、先島諸島をめぐる緊張関係への深入りを懸念する空気を野党支持者を越えて日本国民に形成していったのだった。


「それにしても、プロパガンダの文言とか、わたし達、小学校の時の学習内容をよく覚えているよね」

と、穂香ほのか(大)がわたしに笑いかけた。


穂香ほのか(大)に相槌笑いを返しながら、わたしは

(そうだね。三十路みそじとなっても20年近く前の勉強を概ね覚えていられるくらいの記憶力なんだよ)

と、心の中でつぶやいた。

 

 政府と防衛省が用意したより穏やかな対案は、我が国ミサイル防衛線の整備を目指す新組織を設立した上で、先島諸島にも機をみて展開していくことだった・・・こちらが本命の案だったのかもしれないね、と穂香ほのか(大)。

 結果、防衛省の外郭機関の形式でして、統合行政法人次世代ミサイル防衛線整備研究機構、つまりはエムデシリが2028年に誕生した。同年に、エムデシリの附属校である高等ミサイル科学校、すなわち、ミカ校も設立された。日本初の女性宰相であった当時の菅原首相の後押しのもと、ミカ校の創立趣旨には、我が国ミサイル防衛線の整備に資する人材の教育訓練という文言と共に、女性への最高度の理科系教育を当人の経済状況に関わらずに提供するという文言も盛り込まれた。女性のみで構成されている米海軍の精鋭レールガン部隊も引き合いにされつつ、ミカ校はリケジョ校として創立された。

 ミカ校設立当初の3年間は、海自の岩国基地を間借りしての中等教育が行われた。2032年にミカ校中等科・高等科の伊良部島校舎が完成し、以降、ミカ校の教育は伊良部島で行われることとなる。

 そして、専科校舎が竣工する2033年には、米国国防総省への根回しの成果として、最新鋭の電磁加速砲レールガン2砲が米軍よりエムデシリに貸与された。

 翌2034年に、米海軍のレールガン部隊最精鋭を指導官に迎え入れ、ミカ校生への電磁加速砲レールガン教育が開始された。

 

「では、その指導官のお名前は?」

穂香ほのか(大)は、問いかけた、せえのとポーズを取った。


 わたし達は

「「嘉数かかず・コルニーロフ・ミーシャ指導官殿」」

と声をそろえた。

 

「よくできたなイモウトよ」、と、長時間続けたミカ校設立経緯クイズでハイになってきたのであろう穂香ほのか(大)が、わたしの頭を撫でる。


 ちらりとこちらを見た二階堂先輩が、

「こうして見ていると、君たちは、ほんとの姉妹みたいだな」

とつぶやいた。

 

 出会ってからまだ一週間以内とはいえ、穂香ほのか(大)とわたしとは、ここまでの記憶は完全一致のほぼほぼ同一人物である。その気になれば、姉妹プレイも夫婦漫才もお手のものだ。

 

「さて、わたしからは最後の問題です。わたし達の部屋の室長の仲間美嘉ナカマミカ先輩が、ミーシャ指導官に授けた尊称は?」


 穂香ほのか(大)はニヤリとした。今度はわたしのせいの、のもと、

「「アクーラ級爆乳守護天使」」

と声を揃えてわたし達は言うなり、そのまま笑いあった。訓練はかなりキツかったし、落ちこぼれ路線確定気味なわたし達だったけれども、中等科3年の元気娘、仲間ナカマ先輩の統率のもとでの寮生活には、楽しさも満載だった。


 琉球準州の那覇市に育ったミーシャ指導官は、米ソ共同統治領サハリン準州の生まれでロシア系米国軍人の血を引いている。その血の恵みのもとに育った見事なお胸は、配属された合衆国海軍の精鋭レールガン部隊女史の中でも随一のものなのだったという(出典は、ミカ校図書館の、米軍寄贈の参考資料ブースの部隊員の水着集合写真とのこと)。

 そんなミーシャ指導官のお胸を、仲間ナカマ先輩は、厳しい入校儀式の夜に寮の各室で開かれた新一年生のプチ歓迎会で、ソビエト新連邦の世界最大の原子力潜水艦の呼称、アクーラ級に例えて見せたのだった。

 そして、アクーラ級爆乳守護天使という、ミーシャ指導官の寮室内尊称が生まれたのだった。

 

 東京に出てからは誰にも口にしてこなかった、ミカ校のかつての日々を、今日のわたし達は2人で確認しあうことができた。


 そして、宮古島インシデントが起きる日までのミカ校に関する記憶をわたし達は確認し終えた。

 

「さて、お姉ちゃんからも最後の問題です。ミカ校の皆さん、宮古島市の皆さんは、今もどこかでご存命でしょうか?」

穂香ほのか(大)は、せえのをせずに、わたしを見つめた。


「みんな生きているよ。わたしの記憶は、きっと、そのあかし

わたしは、穂香ほのか(大)の手を握った。


 ☆


 一時間半に及んだ記憶の確認作業を終えたわたし達は、再び、二階堂先輩と向かい合って座った。


 穂香ほのか(大)が、わたし達を代表して報告をする。


「宮古島インシデントまでのミカ校に関するわたし達の記憶は、すべてが一致しました。一方で、イモウトの方には、断片的に、ですが、インシデントの後のミカ校に関する記憶があります。また、私が聞いたことがない単語もいくつか記憶にあります。サドガタン、と・・・」


「サドガタンがニ之姫。それに、イラブタンがニ之巫女姫と、人道的ゴールドラッシュ・プロジェクト、です」

とわたしが補充する。


「・・・全く分からないが、造語が好きな面々がいるということなのだろうな」

という二階堂先輩のお言葉に、あだ名とか造語が好きそうな面々がの方は、ミカ校生に何人も心当たりがあるなぁと思った・・・なんのことかわたしにも全く分からないけれども。


「9kg分の体重がそれなのかはわかりませんが、イモウトは、インシデント後の宮古島から、この世界へのメッセージを携えているのではないかと、わたし達は思うようになりました」


「ふむ」と頷いてから一息をついて、先輩は話し出した。


「インシデント後の宮古島については、私が話せることはない。が、現代の生物医学の知見からは、凪沙野なぎさの君のBMIと体脂肪率の関係を説明できないことは、少なくとも認めざるを得ない。ここ10年ほどの間に各種の身体強化技術が実用化されてはいるが、これほどまでに劇的に体重を増やす類の技術をわたしは知らない」

二階堂先輩は、らしいセーラー服のリボンのあたりに視線を向けつつ続けた。


凪沙野なぎさの君の勤務先となる四葉蛋白質工業はたしかに、身体強化技術の成長株企業だ・・・いささか驚異的な、な。けれども、2年くらいで、現代生物医学の常識を超えるような身体強化技術が開発され、人体に適用されるとは、僕には思われない」


「9kg分相当以上の体重差にあえて説明を試みるならば、凪沙野なぎさの君は、今持っている記憶の時代よりもずっと先の未来に生み出され、その未来から今日のここに至るまで、タイムリープや何かで送り込まれてきたのではないか、といったあたりか」

 二階堂先輩は額にシワを縦に寄せた。


 脳内年齢の6歳分の年齢詐称がバレた気がして、わたしはドキリとした。けれども、2052年に四葉蛋白質工業の広報をしていたわたしには分かる。少なくとも、2052年には外見年齢13歳女子の見た目と体脂肪をそのままに、体重だけを9kg増やすような技術は存在しないであろうことが。


「その、ずっと先の未来が、インシデント後の宮古島市の未来とつながってる、ということですかね?」

わたしは、聞いてみた。


「当然ながら、僕がその問いに答えることはできない。僕にできることは、今の凪沙野なぎさの君の身体を、生命科学の見地などから調べ上げ、何らかのヒントを見出すことだね」


「イモウトの身体の調査に協力してくださるということでしょうか?」


「そうだね。凪沙野なぎさの君は、類人猿との類比でも説明がつかない存在だ。科学的な調査をするに十分値する」


 そう仰った二階堂先輩は、具体的な調査項目について述べはじめる。

 まずは、体細胞の採取だった。わたしと、比較対象の穂香ほのか(大)は、綿棒でほほの裏側をぬぐい、容器に入れた。そして、容器の検体項目ラベルに凪沙野、穂香とそれぞれの区分名を書いた。


 検体ラックに、わたしたちの綿棒が入った容器を収めながら、

「ほんとうは、血液検査をしておきたいところだが、人体の血液検査では倫理委員会の承認が必要となってしまうからな」

と、先輩はつぶやいた。


 それから、先輩は、わたしの方を向くと

凪沙野なぎさの君には、ちょっと爪を切ってもらえるか?深爪しない程度で良いが、足の指の爪もあると助かる」

押仰おっしゃった。


 この身体になって、はじめての爪切りね・・・わたしはパチンパチンと手足の爪を切っていき、渡されたビニールに入れていった。

 

 わたしの爪入りのビニールを受け取った先輩は、

「ありがとう。なるべく速くに、検査結果を報告したい」

押仰おっしゃった。

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