第2話

 彩音がケーキを見上げて考え事をしていると、和やかな雰囲気に似合わない会話が聞こえてきました。


「あなた、彩音様のお誕生日をお祝いするパーティーに普段着で来るなんて、失礼じゃありませんこと?」


 彩音は会話の中に自分の名前が入っていたので、その声のする方を見てみます。中等部で同じクラスの子たちが、小学生くらいの可愛い女の子を囲んでいました。

 同じクラスというだけで、彩音は名前も思い出せないような人たちです。


「そうですわ。ドレスを着てくるのが当然の礼儀です。」


 女の子は今にも泣き出しそうな顔をして、その子たちを見上げていました。


「……えっ……あっ……あの、すいません。」


 お祝いの席で、こんな光景を作り出す方が実際には失礼なことなのだが、彩音に対するポイント稼ぎかもしれません。少し離れた場所にいる彩音にも聞こえるよう、わざと大きな声で女の子を注意しているように感じられます。


「せっかく、私たちが教えて差し上げているのに、ちゃんとお話しもできないんですか?」


「時間の無駄ですわね。……行きましょう。」


 棘のある言葉を残して、集団は立ち去って行きます。その場には泣くのを我慢している女の子がいるだけになってしまいました。


 自分の誕生日に悲しい顔をしてい女の子を放ってはおけず、彩音たちは女の子に近付いていきますが、女の子は怯えたように彩音を見ています。


「私の誕生日パーティーにようこそおいでくださいました。」


 彩音は優しく女の子に話しかけます。


「……あ、あの……、ドレス着てなくてゴメンなさい。」


「あら、可愛らしいお洋服でご参加いただいて私も嬉しいですわ。あなたが謝ることなんてありませんよ。」


 これは本心でした。ドレスコードなんてないのだから、気にせず楽しんでもらいたいと考えていたのです。


「あっ、お誕生日、おめでとうございます!」


 女の子が元気にお祝いしてくれたことを彩音は嬉しく感じていました。それまで少しだけ考え事をしていたことを忘れさせてもらった感じになります。


「ありがとうございます。……あら?何も召し上がっていないようですが、お菓子も沢山用意してありますよ?」


「……えっ、えっと、お兄ちゃんが、今日はがまんしなさいって。」


「お兄ちゃん?……あなたのお兄様はどこにいらっしゃるんですか?」


「お母さんが病気になっちゃって、今日のお手伝いに来れなくなったから、お兄ちゃんが代わりにお手伝いしてるんです。」


 女の子が指さした場所には、使用人服を身に着けた彩音と同い年くらいの男の子がテキパキと空いたお皿を片付けたりしていました。

 3月で暖かい日になりそうだったので、お庭でのパーティーになって臨時のお手伝いを増やしていたのかもしれません。


「お母様の体調が悪くなってしまって、その代わりにお兄様がお手伝いしてくださっているのですか?」


「はい。……お母さんをゆっくり休ませたいからって、お兄ちゃんが私も連れてきてくれたんです。……でも、じゃまにならないようにしなさいって。」


「それで、何も召し上がっていなかったんですね。……ですが、私にお祝いの言葉を贈ってくださった大切なお客様に、私からもお返しをさせてください。」


 彩音の言葉を聞いていた澪がお皿にケーキを幾つか取り分けて運んできてくれました。悠花は別のテーブルからオレンジジュースを持ってきてくれます。

 それらを近くのテーブルに置いて女の子を椅子に座らせました。


「私は九条彩音。こちらのお二人は鳴川澪さんと仲里悠花さんです。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」


 澪と悠花がニッコリと微笑んで女の子に挨拶をしました。


「あ、水瀬紅葉です。えっと、お兄ちゃんは水瀬楓です。」


 少しだけ照れたように紅葉は答えてくれます。少し離れた場所から様子を見ていた楓は彩音たちに軽く頭を下げていました。


「紅葉さんと楓さん、素敵なお名前ですね。……紅葉さんは、お客様ですからお好きな物を召し上がってください。」


 素直な反応を見せてくれる紅葉と楽しく会話をしていた時間を台無しにするように、先ほどのクラスメイトたちがツンツンと棘を出しながら動き回っていました。


「こちらのテーブル、パンがなくなってしまってますわ。」


 使用人の一人を捕まえて、そんなことまで細かく指摘します。

 せっかく紅葉と話をしようとしていたタイミングで邪魔をされたような気分になってしまった彩音は、


「パンがないようでしたら、お菓子を召し上がってください。」


 パンが焼き上がるまでの時間は、お菓子でも食べてお待ちください――くらいの意味で発した言葉でした。

 ただ、気分を害されてしまったことで短い言葉になってしまっていたのです。

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