24.イビルラット

 ルクスの街には、予定通りヤエ村から三日で帰って来ることができた。このまま依頼達成の報告と、ブルーウルフの提出をするために真っ直ぐギルドへと向かう。

 けれど、正直宿に行ってベッドにダイブしてしまいたかった。

 何故なら、全員疲れているから。誰も何も言わないけれど、気持ちは同じはずだ。ルクスの街が見えてくるまでノアさんとシルビアさんなんかは、ベッドで寝たいと言っていたのだから。

 理由は一つ。帰ってくる途中でモンスターに遭遇してしまったからだ。

 ねずみに似た小型犬サイズのモンスターで、イビルラットと呼ばれているそれと遭遇したのは二時間ほど前。

 ヤエ村に向かっている時にも通った道だけれど、その時には姿を見かけることはなかった。

 元々イビルラットは、エルフの村がある山に住んでいる。ルクスの街からも近く、レッドコウモリを討伐するために行った廃坑があった山がそうだ。

 けれど、行った時には全く姿を見かけなかった。その時は姿を隠していたのかもしれない。そのモンスターと遭遇してしまったのだ。

 どうやらすみかを変えるために移動していたらしく、群れを成していた。その数は三十。この数が移動するということは、他のイビルラットに追い出された可能性もある。

 イビルラットは増えやすいモンスターのため、ゲームでは定期的に討伐依頼がきていた。私がボードを確認した時には討伐依頼はなかったから、討伐依頼が出るのはこれからなのだろう。

 本来なら大人しい性格のため、私たちも放っておくつもりでいた。けれどその時にイビルラットたちは気が立っていたらしい。一匹が私たちに気がついて鳴くと、突然方向を変えて突撃してきた。


「なんで向かってくるのよ!」


 驚いたのはノアさんだけじゃない。全員が驚いていた。

 近くを歩いていても襲い掛かってくることはないモンスターが向かってくればそうだろう。しかも、攻撃までしてくる。いったい何があったというのだろうか。


「こいつらは放っておけないな!」


 そう言って、グレンさんは向かってくるイビルラットを銃剣で攻撃し始めた。

 放っておいた場合、イビルラットが長時間ここにとどまり、この道を通りかかった人に襲い掛かるということもあるかもしれない。それが冒険者ではなく、一般人だったら怪我だけでは済まない可能性も出てくる。

 そうならないために、討伐する必要があった。


「仕方ニャいニャ。イビルラットは素材にも使えニャいから、倒して構わニャいよ! あと、額の魔石は砕いてニャ」

「分かったわ!」


 盾で突進してきたイビルラットの動きを止めて、片手剣で斬りつけながら言うシルビアさんの後ろで返事をしたノアさんが、矢で額の魔石を撃ち抜いて行く。

 私は邪魔にならないようにノアさんの狙っていない場所で攻撃をしていく。近くにはリカルドもいて、素早い動きの相手に対してそれ以上の速さで攻撃をしている。

 どうやらリカルドはスピード重視の攻撃タイプらしい。私はそこまで早く動くことはできない。


「きゃっ!」


 突然聞こえたのは、ノエさんの悲鳴だった。離れた場所で詠唱をしていたのだけれど、動きの速いイビルラットが数匹ノエさんの元に向かってしまっていたらしい。


「ノエ!」


 心配するノアさんは、ノエさんの元に駆け寄ろうとした。けれど、イビルラットから注意を逸らしたことによって、ノアさんに飛びかかって行く。

 近くにいたシルビアさんが、ノアさんの腕を掴んで盾でイビルラットの攻撃を受け止めた。


「今は危険ニャ」

「でも!」

「心配なのは分かるが、これをどうにかしないと駄目だ」


 ノアさんたちはいつの間にか、イビルラットに囲まれてしまっていた。しかも気がつけば、数が倍に増えている。

 時々叫び声をあげていたので、もしかすると仲間を呼んでいたのかもしれない。

 これじゃあ、きりがない。

 イビルラットを一ヶ所に集めて、ノエさんに魔法で攻撃してもらえば一瞬で片づけることができる。けれど、私とリカルドも囲まれ始めていて、ノエさんを助けに行くことができない。


「オアーゼ! ヴィント! ノエさんを援護して!」


 私たちは動けないけれど、この子たちなら動ける。影から飛び出して、オアーゼはイビルラットがいない場所からノエさんの元へと向かい、攻撃をしているイビルラットに向かって突進をした。

 ヴィントはそのまま空を飛び、急降下をしてノエさんに襲い掛かろうとしているイビルラットを鷲掴みにして再度空を飛んだ。そして、高い場所で足を離した。


「ノエ! 広範囲だけど、ここにいるイビルラットを一度に倒せる!?」

「できるけど、みんなは!?」

「俺たちは気にするな。なんとかする」


 攻撃をしながら答えたリカルドに私は頷いた。当たったら仕方がない。避けれなかった自分が悪い。

 最初は躊躇っていたノエさんだったけれど、減らしても減らずに増えていくのを見てしまったら覚悟を決めたようだ。

 近くにいるイビルラットをオアーゼとヴィントに任せて、少し離れた場所で詠唱をはじめた。

 魔法はこの間見た【ライトニング】だろう。離れていて詠唱は聞こえないので、そう予想するしかない。避けることができるかは分からないけれど、やるしかない。


「それにしても、こんなに増えてるなんて!」

「討伐依頼を受けていたら、いい報酬になっただろうね」

「たしかにな」


 経験値稼ぎにはなるのだろうけれど、イビルラットじゃレベルは上がらないだろう。

 なんでこの世界はレベルが上がりにくいのだろう。そこまでゲームと同じじゃなくてもいいのに。

 グランツさんに言ったら変わるかな? いや、流石に無理だろうからやめておこう。

 戦斧を振り下ろし、目の前にいたイビルラットの魔石を叩き割る。割れたのは魔石だけじゃないけれど、まあいいだろう。周りには切り刻まれたのもいるし。

 それにしても、足元の魔法陣が眩しい。ノエさんが詠唱を始めてから現れたのだけれど、いつ雷が降ってくるのかと実はドキドキしている。


「【ライトニング】!」


 ノエさんの言葉と同時に無数の雷が降ってきた。目を凝らしながら、魔法陣の外へ向かって走る。逃げようとするイビルラットは、攻撃して倒す。できるだけ魔法陣の外には出さない。


「相変わらずすごいニャー」


 魔法陣からでて、上空を眺めているシルビアさんは、落ちる雷の数に感心している。

 グレンさんは、弱りながらも出てきたイビルラットにとどめを刺している。そんなに多くが出てきているわけではないけれど、しぶといのはいるらしい。私とリカルドも出てくるイビルラットを倒していく。

 ノアさんは、ノエさんに近づいて邪魔にならないように怪我をしていないかを確認している。

 とくに大きな怪我はしていなかったようで、安心した様子のノアさんが見えた。

 雷が消えて、魔法陣が消える。そこには倒れたイビルラットしかいなかった。

 疲れて座り込んでしまったノエさんには休んでもらい、私たちはイビルラットの魔石を砕くことにした。ほとんどの魔石は砕けていたので、時間はかからなかった。

 魔石が砕かれているイビルラットは一カ所に集めて山にした。このまま放っておいても消えるので問題にはならないだろう。見た人は驚くだろうけれど。

 それから十分ほど休憩してから、ルクスの街に向かった。ゆっくりしていると暗くなってしまう。

 ちなみに、数匹のイビルラットはオアーゼとヴィントが捕食していた。二匹とも肉を食べることは知っていたので、ブルーウルフの肉を与えていたのだけれど、野生的に捕食している姿を見たノアさんとノエさんは複雑な顔をしていた。エルフは肉を食べないから仕方がないのかもしれない。

 二匹を影に入れてからは何事もなくルクスの街についた。けれど、疲れから足は重い。


「イビルラットのことも報告しニャきゃいけニャいニャ」

「そうだね」


 流石にシルビアさんも疲れているらしく、その声には元気がない。リカルドも小さく頷いて返事をしただけで多くを話そうとはしなかった。

 街の人たちが、服が汚れている私たちを見ているけれど気にならなかった。

 早く報告して、寝たい。

 ようやく見えてきたギルドに、全員の足が早くなる。提出と報告が終われば、自由になる。

 なんだか今日は、ぐっすり眠れる気がする。

 グレンさんがギルドの扉をゆっくりと開いた。

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