ペテルギウス記念

 小気味良い音とともにゲートが開き、各馬一斉に前へ飛び出した。

 年末の祭典、ペテルギウス記念。

 シルバーライトの復帰戦にして、今年最後の大一番。距離は2500m。

 今年一年ともに戦ってきた三歳のライバル馬たち。そして、上の世代を牽引した古馬たち。今年の活躍馬たちが一堂に会す、夢の祭典。

 シルバーライトとカズマのコンビは、前半はいつも通り後方に待機。

 その近くには、同門で仲良し、アルタイルステークスでは一位二位を分け合った、クラシオンがいる。

 そしてそのさらに後方に、栗毛の馬体、怪物エクレールが控えている。史上最強の呼び声も高い昨年の三冠馬、そしてペテルギウス記念覇者。このレースの二連覇を目指し、シルバーライトと初対決。

 日暮れが早くなった十二月の空。西の夕日が目に染みるレース場。スタンドには溢れ返らんばかりの観客たち。各々の目当ての馬に檄を飛ばしている。

 馬群の先団には青鹿毛の黒い馬体、シルバーライトのライバルのテンペスタ。そしてその隣に、シルバーライトたち三歳牡馬三冠の戦いの裏で今年の牝馬三冠を達成した最強牝馬、グレイシャルがいる。現役最強馬たちが集った、至高のレース。

 大きな声援を受けたスタンド正面を通過し、一コーナーへ入っていく。

 シルバーライトの走りは快調。復帰戦でも気後れした様子はない。またこの馬と一緒に走ることができて、カズマは嬉しかった。

 二コーナーを抜け、向こう正面へ。

 このレースは勝ち負けにこだわらない。シルバーライトに走る楽しさを思い出してもらいたい。レース前はそう思っていた。

 しかしひとたびレースが始まれば勝負師としての血が滾ってしまう。

 そしてシルバーライトもカズマと同じ気持ちのようだった。

 一着を獲ってみせる。そこに、全力を注ぐ。

 勝利の景色を目指して。

 三コーナーが見えてきたところで、どの馬よりも早いスパートを開始。大外からぐんぐん順位を上げていく。

 さあ、勝負だ。

 夕日が照らすターフの上を、選ばれた精鋭たちが走り抜ける。

 第四コーナー、テンペスタとグレイシャルが競い合って先団から抜け出し、先頭争い。

 シルバーライトは大外からまくって追い上げる。

 最終直線。

 すぐ背後から強烈な気配を感じた。

 シルバーライトのさらに外から、去年の三冠馬エクレールが並んできた。

 シルバーライトと同じゴールドスター産駒。

 夕日を浴び、金色の輝きを灯す黄金の血筋たちが、舞台を駆ける。

 エクレールはシルバーライトを抜き去っていき、先頭の二頭もかわす勢い。

 譲れない。

 このレースだけは負けたくない。

 シルバーライトと築き上げた絆を、ここで示す。

 エクレール目指して、シルバーライトは加速した。

 スーッと感じる世界が切り替わる。

 音が消え、時間の流れが遅くなり、

 大地を駆りながら、空を飛んでいるような。

 まるで翼があるように。

 そんな走り。

 一瞬、シルバーライトの走りがかつての相棒ノーザンスカイの走りと重なった。

 強く強く、相棒の存在を感じた。

 繋がった感覚。

 それは馬にとっても同じ。

 直感でそう、理解した。

 ゴール板が近づいている。

 この馬に乗っていると、いつも思う。

 まだ乗っていたい。

 もっと走っていたい。

 時が止まればいいのに。

 だけどイジワルな神様は時を止めてくれない。

 早く未来が見たいのだ。

 ちょっとせっかちな、観察者。

 シルバーライトはエクレールをハナ差で差し切り、

 先頭でゴール板を通過した。



 ミドリはシルバーライトとカズマに駆け寄り、労いと祝福の言葉をかけた。

 シルバーライトが姿を見せにくると、スタンドから「シルバーライトコール」が巻き起こった。

 前走のアクシデントからの復帰戦。

 史上稀に見る強豪たちの争いの中で、栄冠を勝ち取った。

 ミドリは嬉しいというより、なんだか不思議な気分だった。

 まるで夢を見ているような。

 自分がこの場面の一部になれたことが、不思議でしょうがない。

 カズマが馬の上からミドリに手を伸ばした。

 ミドリはそれに気づき、彼の手に自分の手を添える。

 力強く、だけど優しい手。

 ブルルルとシルバーライトが鼻を鳴らした。

 大丈夫。あなたを放っておいたりしないよ。

 覚悟しておいてよね。

 あとで散々もみくちゃにしてあげるんだから。

 茜色の夕日が照らすレース場。

 数々の歴史と想いが刻まれたターフ。

 時に悲しい出来事もある。

 だけど、ここでしか目にすることのできない景色がある。

 歴史は繋がっていく。

 次の血へ。次の世代へ。

 年の瀬の空が、競い合った勇士たちを労った。



 そして、月日は流れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る