揃った役者

 先ほどまでの騒がしさはどこへ行ったというほどに静まり返った、夜の公道。

 ミドリはシルバーライトに乗ったまま、脇道で横倒しになっているトラックのほうへ近づいていった。

 中にいるクレセントは無事だろうか? あの怪しい連中はどうなっただろうか?

 ミドリがおそるおそる様子を見ようとすると、道のほうから一台のセダンがゆっくり近づいてきた。ずっとミドリたちのあとをつけていた車だ。

 セダンはハザードランプを灯し、路肩につけて停車した。その助手席側から一人の男が出てきた。

「こんばんは。見事なレースだったね。今度のレースはミドリさんが乗ってみる?」

「えっ、カズマさん?」

 まさかの人物登場に、ミドリは目を丸くした。

 一方、運転席からはサツキが出てきた。楽しそうなカズマとは対照的に、難しい顔をしてぶつぶつと何事かを呟いている。

 穏やかな表情のカズマだったが、一変して真剣な顔つきになり、トラックのほうへ近づいていった。横倒しになったトラックの運転席部分を覗き込み、しばらく沈黙した後、サツキのほうを振り返った。

「警察に連絡をしてくれ。あと念のため、救急車も」

 サツキは不満そうな顔をしながらも、スマートフォンを取り出して操作を始めた。

 ミドリは今更ながら、事態の重大さを思い知った。自分たちが直接手を下したわけではないとはいえ、これは大事故だ。

 ミドリはシルバーライトから降り、カズマに向かって訴えるように言った。

「あの、クレセント。クレセントが中にいるんです!」

 自分でも言葉が足りないと思ったが、混乱するミドリの頭ではそう話すだけで精一杯だった。

 カズマがミドリのほうを振り向いて、しばらく見つめる。何か訊いてくるかと思ったが、彼は何も訊いてこない。その彼の様子を見て、カズマたちもなんらかの目的を持ってここへ来たのではないかとミドリは思えてきた。

 カズマがトラックの後部に移り、荷台の留めを外し始めた。

「気をつけてください。中に誰かいるかもしれません」

 その忠告が聞こえなかったわけではないと思うが、カズマはそのまま作業する。

 トラックの荷台の扉の右半分、横倒しにあった今で言う下半分が開いた。

 ミドリの位置からだと中の様子は暗くてよく見えない。カズマが半ば体を入れて中を覗いた。

「どうですか?」

 待ち切れなくなって、ミドリは訊いた。

「ああ」

 カズマはそれだけ言って黙った。全然答えになっていない。

 表のほうではサツキが電話をしている。

「中に三人、倒れてる」

 カズマが続きを言った。

「ちょっと待ってて」

 そう言い残し、カズマは荷台に入っていった。

 中で何度かカツッと硬いものがぶつかるような音が聴こえた。ミドリは居ても立ってもいられない気持ちを抑え、カズマを待った。傍らのシルバーライトは呑気に路肩の道草をむしゃむしゃ食べている。

「入っていいよ」

 奥のほうからカズマの声がした。

「ここでちょっとおとなしく待っててね」

 ミドリは絶賛栄養補給中のシルバーライトを残し、トラックの荷台に入った。

 入ってすぐのところにライフル銃のようなものが落ちていて、ミドリは「ひっ!」と短い悲鳴を上げた。おそらくカズマがこの場所に移動させたのだ。

 トラックの荷台は家のリビングのように家具でごちゃごちゃしているわけではないので、九十度傾いたからといって特別大きな違和感はない。フォークリフトが横倒しになっているということぐらいか。

 奥のほうにカズマが立っていて、その付近に三人の人間がぐったりとしている。

 その手前に、ネットを巻きつけられたクレセントがいた。

 ミドリはすぐにそこへ駆け寄る。

「クレセント! 大丈夫!?」

 クレセントは横向きに寝かされていた。まぶたは開いているが、意識が朦朧としているような印象を受ける。背中から生えた白銀の翼は、見るも無残な有様だ。ミドリはがむしゃらにネットを引き剥がしていった。

「馬にこんなことをする人間がいるなんて」

 ぼそっと小さく呟いたカズマの嘆きが、ミドリの耳に聞こえた。ミドリはカズマが怒っているところをほとんど見たことがないが、今の彼は怒っているようだった。

 外のほうでエンジン音が聴こえる。そしてキキーッと急ブレーキによる摩擦音が響いた。

 車のドアが開いて、閉まる音。駆け足の音が近づいてきた。

「ミドリ!」

 ケンタロウの声だ。荷台の入り口からケンタロウが顔を出した。

「ケンちゃん!」

 ケンタロウはすぐにミドリとクレセントのもとへ駆け寄った。

 ミドリと一緒になってネットを剥がしていく。

 そしてネットを全て剥がし終えたが、クレセントはぐったりとして動かない。ミドリの脳裏に不吉な予感がよぎる。

「クレセントは、何か撃たれたんだ。たぶん、麻酔銃か何かだと思う」

 それによってクレセントが一時的に弱まっているだけならいいが、トラックの事故のこともあり安心はできない。他に何かされていないとも限らない。

 カズマがクレセントのほうに近づいてきた。彼は馬の様子を見ながら、何かを考えている。

 その時、表からサツキの怒号のような声が聞こえた。



 カズマはサツキの様子が気になり、トラックの荷台から出た。

 ケンタロウが乗ってきたらしき車の他に、黒塗りの高級車が停まっていて、サングラスをかけたスーツ姿の男がサツキと向き合っていた。サツキは今にも噛みついてやろうというような恐ろしい形相になっている。どうやらこいつがサツキの言っていた男らしい。

 やれやれ。せっかくの流星群の夜ぐらい静かにできないものなのか?

 カズマは半ば呆れながら、男を睨みつけた。

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