第5話 妻は信じてくれるだろうか


 十年前にオレが不幸だったと言っても、妻は信じてくれるだろうか。それは六月の雨のせいだけではない。たしかに果てしなく続くような梅雨だった。オレは誰とも連絡をとれずに、のたうちまわっていた。それは何も持病のせいだけではない。たしかにそのせいもあろう。だが、一方でオレは三十代の苦しみを味わっていた。それは体力の低下のせいだけではない。たしかに三十路といえばもう若くはないが、まだまだ若輩者とも言えるわけで。


 つまりオレが苦しんでいたのは、女のせいだった。思うようにならない女にオレは振り回されていた。「好きこそものの上手なれ。」と昔の人は言ったものだが。オレはそれを信じて、上田美穂を好きになった。「一回くらいで、恋人きどり?」彼女の態度はいくつかのメッセージを含んでいる。そのうちの一つはオレをどん底に叩き落とす。「年齢を考えて。」ハハ、しかしそれがキミに関係あるのか、と問われるとオレも動揺してしまう。


 年齢を重ねることの大事さ。いや年を重ねるほどに、恐怖は増すような気もする。そりゃ子どもの時分も恐ろしさはあった。それは確かに身に迫る恐怖だった。にもかかわらず、オレたちは無事に成人し、聖人君主きどりってわけ。そうなると、昔総じて感じていたような「女・子ども」の恐怖は消え去る。男は狩人となり、オレはハンターとなった。嬉しくもあり悲しくもある反面、その無様さの中でオレは狩りを何度も失敗する。そしてそのたびに、今度は失敗すること自体に恐怖を感じようになっていた。


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