常夏の吸血鬼

いちのさつき

第1話 任務を引き受ける流れ

 祓魔師。悪魔祓いを行う司祭の事を指す。カトリック教会の黎明期からある職で、時代が進むにつれ変化していき、現在は悪魔やそれ以外の魔物の退治以外に、退治対象であるはずの悪魔たちの護衛をやるようになった。


 歴史の表舞台に立たないが、需要はある。育成校は細かい住所は不明だが、ヨーロッパ各地にある。その中にイギリスの首都ロンドンにある。その育成校にある掲示板の前に2人の生徒がいる。


「いよいよ夏休みだね。予定どうする。ルイ」


 金髪青目の男子生徒がにこにことしながら、長期休暇を話題にする。育成校の長期休暇は国によって異なる。ロンドン校では7月から9月まで夏休みとなっている。


 その間に依頼を受ける生徒がいたり、何処かへ行って修行する生徒がいたりする。勿論ガッツリ休んだり、趣味に没頭する生徒もいる。


「金がいるから依頼を何個か」


 ルイと呼ばれる顔にうざいと出してる茶髪の緑目の男子生徒が答える。


「あー君ん家、貧乏だもんね。生活保護受ける気ないのかい?」


 ルイの家は貧乏だ。父は他界しており、母は病気でまともに働けず、更に弟と妹1人ずついる。生活保護を受け取って暮らしても文句が出ないぐらい、必要とされている家庭だ。そのはずだが、家はと言うか、彼は生活保護を受ける気はない。


「こっちの方が金になる。才を活かすには持ってこいだっただけだ」


 向いている祓魔師になって稼いだ方が良いから。それが理由で生活保護を受けていないのだ。


「否定しないけどさ。死ぬ危険性だってあるんだけど? 死んだら君のママと妹と弟が悲しむでしょ」


 昔ほどではないが、祓魔師は命の危険に晒される。母親の事を考えると選択するべきではない。それが友人の考えのようだ。


「だからこそ仕事の選別も重要なんだよ。報酬金額とのバランスを考えてな」


「実に冷静だ。十代でそんな考えしないって」


 感心しているのか、呆れているのか、どちらとも取れるような表情だ。


「家族の事を考えたらこうなったってだけさ。で」


「ん?」


「お前はどうするつもりだ」


 自分も答えたからお前も答えろ。そう言わんばかりに質問した。


「ああ。僕ね。日本の東京に行くんだ」


 ヨーロッパと違う独特な魔物が住んでいると記憶しているルイは仕事で行くのだと思った。


「仕事か」


「んにゃ。観光で」


 日本は観光名所が多いと聞く。そっちだったかと思いながら、聞いていく。


「そっちか。何処に行くつもりだ。腐る程あると思うが」


「(お金の)余裕があったら名所回るよ。年に2回しか行われないビッグイベントがあってさ。コミックマーケット、略してコミケって奴。ビッグサイトで行われるんだけど、そこで色々と買い物するつもり」


 ルイにとって知らない言葉が多いが、自分なりに要約する。


「コミケは分からんが、要するに世界規模の市場で買い物するためだけに日本に行くのか」


「そゆこと」


 買い物するためだけに海外に行ける金がある友人に嫉妬。ちょっとだけ八つ当たりしても問題ないだろうと判断する。


「とりあえず逝ってこい」


「酷いな!?」


 ショックを受ける友人を無視して、任務の掲示板を見る。地元のイギリスのみ。本来の自分の望みは後でも問題ない。弟と妹の独り立ちが優先。そう思いながら、ルイは仕事を探していく。


「これいいと思うんだけど、どーよ」


 友人が勝手に任務の紙を取った。事務員に報告して張り直さないといけない。何してるんだと舌打ちをしながら、内容を見ていく。


『ソリナ・ドゥミトレスクの臨時の監視及び護衛の任務』


 現代になって増えてきた護衛の内容だ。


『ハワイに住む希少な吸血鬼であり、普段は護衛がいる。今回、その護衛が休暇を取ったため、5日間の臨時の護衛を求む』


 初めて見る海外任務だ。ルイの目が大きく開く。チョイスをした友人はどや顔を決める。


「前から言ってただろ。海外に行きたいってさ。報酬ゲット、夢の海外。日本語で言う『イッセキニチョウ』って奴?」


 友人のセリフを聞きながら、考えていく。海外任務は大体難易度が高い。生徒だから出来る事が限られるのも理由だが、移動するだけで負担が大きく、育成校は生徒を守る義務がある。


 だからこそ、学生向けの掲示板には地元のイギリスのみの任務しか載っていない。何かカラクリがあるのだろうか。後で事務員に聞く必要がある。そう判断したルイは任務内容の紙を職員室まで持っていこうとする。


「ああ。ルイ君か」


 途中で白髪の眼鏡をかけた男性と会う。個性的なネクタイを大量に持つ先生である。


「何か任務を受けるのかね?」


「いえ。まだそう決めたわけでは」


「疑問があるのかね?」


 ルイは静かに縦に頷く。


「イギリスのみの仕事の掲示板にハワイ任務がありました。イギリス、厳密に言うと、ブリテン島のみしか載ってないはずなのにです。何かカラクリがあるのですか」


 その質問を聞いた先生は微笑む。


「いや特にないが。そうか。君が取ってくれたのか」


 カラクリは無いようだ。危険性が高い物が紛れ込んでいたら、激怒する先生が怒っていない。それどころか、任務内容を把握しているようだ。


 元から生徒でも出来るから許可を下したのだろうか。良く分からないが、嬉しそうだ。そう思いながら返答する。


「いえ。友人が勝手に」


 友人がVサインする。鼻息が荒いのはきっと気のせいだろう。


「ふむ。今週中にパブの無料チケットをあげようかの」


「ありがとうございます!」


 思い切りガッツポーズ。今は放置していても、問題ないだろうと判断し、ルイは話を続けていく。


「先生。何故そんなに嬉しそうにしているのです。生徒が任務を引き受けるのは良くあることでしょう」


「おっと。顔に出てしまっていたか。歳を取ると緩くなるもんだねぇ。まあなに。ルイ君、休み取らずに任務受けてたでしょ。弟君と妹君とお母さんのために」


 ルイは事実を淡々と言う。


「そうでもしないと生活できませんし、大学進学まで辿り着けませんから」


「そうだね。一生懸命にやるのが悪いとは言わないけど、たまにリフレッシュして欲しいなって思うんだ」


 任務する時点でリフレッシュ出来るとは思えない。それを言葉にする。


「任務してリフレッシュ出来るとは思えませんが」


「そりゃ任務してる時点で矛盾しちゃってるけど、今までと違ってのんびり出来るし、それに妹君と弟君、お母さんの話のタネになるでしょ。ハワイだよ? 君のやりたいこと1つ叶えられるわけだし、受けておいて損はないよ?」


 報酬を得られて、海外に行けて、家族との話題になる。これ程美味しい任務は無い。受けるしかない。


「分かりました。この任務、やらせてください!」

「良い返事だ。よーし。事務員さんのとこ、行っちゃおうか!」


 年上であるはずの先生が一番ハイテンションだ。右手を挙げ、スキップしそうな雰囲気を醸し出していた。


「そうと決まったら準備しないと。ルイ。パスポート持ってる?」


「いや」


「だろうね。そっからやってこっか!」


 こうして祓魔師育成校の貧乏生徒ルイは任務でハワイに行く事になる。友人から旅行のレクチャーを受ける事になるがそこは割愛。次からはルイが書いたレポートを見る事にしよう。

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