第5話 人形


 雫が入ったのは一軒家の古風な服屋さんで一階が店で二階が自宅という構造だった。器外のタイムリミットのギリギリで再び人形化できた菊と雫はある作戦を練ってからこの店に堂々と入ったのであった。


「咲良世奈と鈴木果歩の少女二人がここの二階に居るはずだ」

「何度もうるさいなぁ……なら確認しますか? 二階の階段はこっちですよ」


(菊。まだ体力あるか? 後ろを頼むよ)


 小声でそう言うと雫は手に持っていた菊が入っている人形の顔を後ろを見るように回してゆっくりと階段に足をかけた。



 ギシ――ギシ――



 丁度真ん中の踊り場で後から登ってくる店主が視界に入った。


「鍵は開いてるから先に入ってください」



 ギシ――ギシ――ガチャ



(雫! そのまま部屋の中に逃げて!!)



バタン――



「ちっ、後ろに目でもついてんのかぁ?」


 店主が雫に後ろから隠していたロープで抑えようとしたところを菊のおかげで間一髪で避けることができた。逃げ込んだ部屋は服を作るための生地などが転がっていて、奥には手と口を縛られた咲良世奈と鈴木果歩らしき少女二人がいた。二人は雫を見ると塞がれた口で必死にあがいていた。


「ほら見ろ店主! これが証拠だ、この誘拐監禁変態野郎!」

「どうやってバレたのかはわからんがお前も俺の人形にしてやるよ」

「人形だと?」

「そう~さぁ! 俺だけの着せ替え人形さぁ~。可愛いだろう~?」

「彼女たちは自分の意思がある人間だぞ! お前のおもちゃじゃない!」

「いずれ無くなる。お前もそのお人形さんで遊んでるんだろ? 俺とお前は同じじゃないかぁ、何が悪いんだ?」

「うるさい! 黙れ!」


 どうやら店主は誘拐してきた世奈と果歩を人形代わりに着せ替えをして楽しんでいたらしい。


(雫! 耳を貸すなよ)


「…………」

「はぁ~ん? さてはお前が人の魂を操ってるとかいう探偵か? あるから聞いた話じゃあ、幽霊の魂を使って人をだましているとかなんとか……。ま、なんにせよ一人で来て助けられると思ってたのか?」

「バカタレ、ここから彼女たちを連れだせる時間稼ぎくらいはできるさ。菊!」


 菊は塔の周りを飛び回ってこの監禁場所を見つける途中でできる限り大勢の幽霊たちを連れてきたのだ。菊の合図で数人の幽霊たちが店主の周りを塞いだ。普通は幽霊はこの世のものを触ることはできない。しかし…………


「動けるか?」

「なんだこれ……!! 体が……」

(今だ雫!)

「ああ……」


 雫は動けずにいる店主からロープを奪い取って手足をロープで縛り、二人のロープをはがして急いで二人を連れて店を出た。


「警察を呼んだ……もう大丈夫だ世奈に果歩」

「「……ありがとう~……怖かったああああ~」」


 その後は警察に全て任せる形になり、雫は現場を離れることになった。店主の名前は大和田吉海おおわだきみで、一年前妻と娘を事故で失ってからあのような寂しさを紛らわす行動に及んだらしい。五日前に誘拐された果歩は一度だけだがさっきの部屋から奇跡的に電話をかけることができたらしい。それは世奈への電話であり、『五時の鐘が大きく聞こえるとこ』という情報だけを伝えて切れてしまったという。その情報を頼りにここに来たら先程雫が店主にやられたように世奈もつかまってしまったというのがこれまでの経緯だった。


「いいのか雫~警察に全部渡して逃げる感じで~? 雫の手柄になったのに~」

「ボクはあの男の言う通り菊やその他の魂を利用してるだけかもしれない……」

「何言ってんだ雫!! 私だって怒るぞ!!」

「……!?」

「私と雫はそんな浅い関係じゃないだろう? 器外だって私が望んでやったことだ」

「でも……あの男を止める時の……魂が入っている、生きている人間への人形化……男を止めるためだけにあの魂たちは……」

「はぁ……あいつらに口止めされてたけど言うぞ。あれはあいつらがずっとやりたがってたことなんだ?」

「……?」

「監禁されてる少女が居ても何もすることができない、人形化して動きを止めても事件は解決されない、わかっているのに助けられないあいつらが行動できたのはお前のおかげなんだぞ雫! それを利用だなんて言うな!」

「はは、菊の説教は久しぶりだな。ありがとう菊」

「いくら雫がこの町の人間から嫌われていても、幽霊はお前の真実をよく知っているんだ。私たちこそ雫にありがとうなんだぞ」





花見町大通り裏、占いの館――


「大和田め、これから俺が使う人形を渡す前に捕まるとは……占い通りだが計画が遅れるじゃないか……やはりヤツはの器じゃないな」





(1章、終わり)


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