第2話明るく振る舞う女の背景は暗い

 丑三つ時。

 それは午前2時から2時30分までの30分間の事である。

 有名な話で、その時間は幽霊や悪魔など非現実的、未確認生物が出ると言われていた。

 不気味で恐れるに足る逸話であることは間違いなく、普段ならこんな時間に起きていることなんて滅多にないが。

 「理人、今何時かしら?」

 「1時30分になったところだ。」

 「・・・・そう。」

 俺たち文芸部員は誰1人として欠けることは無く、あと少しでその時間だというのにまだしっかり起きていた。

 お泊りの象徴でもある楽しい夜更かしなんてものではない。

 むしろこの合宿はこの時刻にこそが目的でもある。

 「ねぇ~せっかくお風呂も入って保湿もばっちりだったのに~こんな夜更かししたらお肌荒れ荒れになっちゃうじゃない!」

 「馬鹿言ってんじゃないですよ。今更お肌ごときで。人生荒れ荒れのくせに。」

 「なによあんた!見てくれだけはおしとやかな古風の女を着飾ってるくせに。言動が荒れ荒れなのよ!そんなんだからあいつも振り向いてくれないのよ。」

 「はぁ?」

 またしても女同士の喧嘩が始まろうとしていた。

 そろそろ帰ってくるっていうのにやめて欲しいものだ。

 「お2人とも。落ち着きたまえ。そういう時は宇宙について考えるんだ。・・・・ほら、ちっぽけに思えてきただろ。何ものも宇宙の大きさには敵わないんだ。」

 「「「・・・・・・・・。」」」

 「放置プレイっ!そういうのも大好物さ!」

 公人はどうやら深夜テンションのようだ。

 すいませんね。いつもはこんな奴じゃないんです。根は良い奴なんです。

 ・・・・あれ?いつもこんな感じでは?

 






 「ねぇ。今更だけどあそこのシル〇ニアファミリーやっぱり片づけてくれないかしら。」

 春香が俺の完璧に配置されたシル〇ニアファミリー達を指さして言う。

 公人、先生が賛同するように頷く。

 「何言ってるんだ!あれにはもう完璧なストーリーが出来上がっているんだ!題名をつけるならそう『イデア』。男女差別、人種差別、貧困、性差なんていった生きる上での全ての弊害がない世界。人類の理想の世界があの一帯で表現されているんだ。あれを片付けるなんて君たちは独裁者の生まれ変わりか?それとも悪魔か?」

 「それを聞いてなおさら怖くなったわ。」

 春香の重心が後ろに下がる。

 一体何が怖いのだろう。

 言ってしまえば俺の愛する美少女フィギュアもシル〇ニアファミリー達も無機物。

 感情もないし、動くこともない。

 我々人間の思うがままにできる。

 俺としては人間の方がよっぽど怖い。

 何を考えているか分からない、思い通りにいかない。

 そんな分からないことだらけなのに同じ人間というだけで信用する。

 そのくせ幽霊や、呪いといったものには恐れおののく。

 何も分からないという点では同じなのに。






 「もう少しで2時になるな。」

 俺のスマホが1時59分を指し示した。

 「ねぇ理人。会えるわよね?たまちゃん先輩会いに来るわよね?」

 春香はその小さな口でつぶやくようにして言う。

 その行動が彼女の心情の核心を突いていた。

 不安なんだろう。来る来ない以前に見えるか見えないかという問題もあるし。

 「当たり前だろ。でもお前霊感とかあるのか?」

 「あっ、そこは多分大丈夫よ。今日まで罰当たりなことたくさんしてきたから。」

 「僕も大丈夫だ。なんせ僕はドМだから。」

 「先生も昔の合コンでイケメンのお坊さんが来たことがあってね。その時にそもそも悪霊が憑いてるって言われたから。」

 皆さん準備万端なんですねー。すいません。俺準備不足でした。

 「それで理人は大丈夫なの?」

 「た、多分・・・・。」

 不安を取り除いてやろうと思ったが、俺が1番不安になってしまった。

 「もう、そろそろ2時なんじゃ・・・・ねぇあれなにかしら?」

 春香の指さす方には人間サイズの動物達が2足歩行していた。

 「シ、シル〇ニアファミリー大だな。」

 「理人、こいつら僕たちに向かってきてるよ!何されるんだろう。ぐへっ、さぁきたまえ!」

 公人は両手を広げ、歓迎ムード。この状況すらもこいつにとってはチャンスなのか。

 「先生もう動物だって構わない。先生を求めてくれるならぁ~!」

 「早まるなーー!!」

 先生はもう女の顔をしていた。

 「どうやら罰当たりなことをし過ぎたようね。神社に仏像を置いたのが決め手だったかしら・・・・。」

 その後は動物たちの蹂躙。

 俺たち(先生と公人を除く)は恐怖と驚きで足がすくみ、為す術なく思うがままにされた。







 目が覚める。

 何をされ、何があったかは残念ながら覚えていない。

 いつの間にか気を失っていたようだ。

 それもそうだろう。俺の愛するシル〇ニアファミリー御一行が2時を境に人間サイズに巨大化し襲ってきたのだから。

 いつもは俺の手のひらで踊っていたのに、俺はこれからもシル〇ニアファミリーを愛することが出来るのだろうか。

 少しトラウマになりそうだ。

 それはさておきここは一体どこだろう。

 さっきまで真っ黒だった空が嘘かのように澄み切った青空で、それはまるで雲すらも異物として扱うかのような透明感。

 爽やかな風が抜け、その風を身にまとうあたり一面の草原。

 まさに写真などでよく見るヨーロッパの高原の景色。

 だが、実際に見るとまるで現実味がない。誰かが作った、どこか人工的なものを感じてしまう。

 なんだろう、芸術という観点であまりに正解を出し過ぎているというか・・・・。

 まぁ綺麗だという事には変わりないんだが。

 それにしても皆どこに行ったんだろう。

 おおよそ予想はついているが。おそらくあそこの小屋だろう。

 草原を見渡すと、少し先に木組みの可愛らしい小屋が見えた。

 童話などで見る、7人の小人とかが住んでいそうな。

 とりあえずあそこに向かうか。

 目が覚めてから、何故かあそこに行かなければいけない気がしている。

 まるで導かれるかのように。

 「やっと、目を覚ましたんだね!」

 俺の足が進むべき方へ動き出した刹那、まさにベストタイミング、見計らったかのように誰かが話しかける。

 声のする方へ振り返ると、そこには今いるこの場所の数億倍現実味のない光景が広がっていた。

 「き、君は・・・・。」

 「ヤッホー!!いつも大切に扱ってくれてありがとう。私はアドレ。理人君私の名前知らなかったでしょ!だって1度も名前で呼んでくれなかったもん!ほんと、プンプンだよっ!」

 彼女は腰に手を当て怒った素振りを見せる。

 草原に咲く1輪の向日葵を彷彿させるような澄んだ金色の髪を2つに結び、パッチリと大きな目はまさに見る人全てを虜にしてしまいそう。

 スラっとした体の割には出るとこは出ているという、良いとこどりの体をどこかの制服で覆い隠している。

 まさに俺の理想の女の子。ストライクゾーンのど真ん中を突いていた。

 この子のことは俺が1番よく知っている。

 偶然ゲームセンターの景品としてケースに入っていた彼女に俺は一目惚れしてしまった。

 1プレイ200円の少し高価な台で、普段ならスルーしていたが俺の手は止まることなく、財布を開け、コインを入れた。

 もちろん1度や2度で取れる代物ではなく、何度も何度も挑戦し、ようやく手に入った。

 それからというもの、俺は彼女のことを肌身離さず毎日持っている。

 そんな彼女が今目の前に、しかも等身大サイズで。

 「名前を知らなかったわけじゃない。その・・・・呼ぶのが恥ずかしくて。」

 「なぁーんだ!知らなかったわけじゃないんだ。良かったー。理人君可愛いとこあんじゃん!じゃあ今呼んでみてよ!」

 彼女は俺にグイっと詰め寄り俺の両肩を掴む。

 どうやら彼女も彼女で俺のことを熟知しているようで、どんな相手にも一定の距離を保ちたいという行動を抑制してきた。

 「・・・・で、でも。」

 「ふーん。じゃああの事言っちゃおうかなー。アドレが初めて理人君の手に渡った時、理人君私のスカートを下から・・・・。」

 「アドレちゃん!ほら呼んだよ!いやぁー呼んでみると意外といけるもんだね。でも警察とかは呼ばないでね。今のこと言われると、もしかしたらやばいから。」

 俺は勢いに任せてまくしたてる。アドレちゃん、それは仕方のない事だ。

 「まぁ今はそれで許してあげる。そんな事より皆の所には行かなくていいの。」

 「ああ。うん、そうだね。行きたいんだけど・・・・。さっきから現実味のない事ばかり起きて、俺の中の当たり前に確信が持てないというか。あそこにみんながいる気がするのは確かなんだけど、気がするだけかもしれないし。ねぇみんなあそこにいるんだよね?」

 俺は名前を呼ばれて満足したのか、俺の肩を離し、さっきまでの距離感に戻ったアドレちゃんに聞く。

 「君が望むなら。」

 彼女からあのまぶしい太陽の様な笑顔が消え、曇りがかった空の様な1枚壁のある作られたような笑顔が見えた。

 それはまるで美少女フィギュアのような。

 

 

 

 草原を掻き分け、ようやく小屋に着く。

 近くで見るとさらにファンシーさが増した。

 全体が木で出来ていて、唯一の木ではないところと言えば窓ガラスくらいだろう。

 全体が温かい雰囲気に包まれているのは木で出来ているからだろうか、それともこれを作った誰かの優しさからなのか。

 なにはともあれ何故か歓迎されている気がする。

 それにどこか懐かしいような気も。

 「おーい!アドレだよー!無事帰還しましたー!」

 アドレちゃんが扉に向かって叫ぶ。

 するとドアの向こうから声が聞こえた。

 「開扉の呪文を唱えよ。」

 何で呪文!?今どき呪文なんてまどろっこしいよ!鍵つけろよ!

 「ねぇア、アドレちゃん。俺そんなの知らないんだけど。」

 「任せて。」

 そういって彼女は軽く咳ばらいをし「シル〇ニア村に栄光あれ。」と唱える。

 するとギギーっと扉が開いた。扉の前に人はおらず、どうやら自動で開いたようだ。

 怖いよ!呪文も気味が悪いし!それになに?このドア音声認識機能でもついてるの!さっきは馬鹿にしてごめんなさい。圧倒的に近未来でした。

 「それじゃあ入ろっか。」

 「う、うん。」

 中は真っ暗で、誰かがいる気配はない。

 外から見た時のあの雰囲気は幻だったのか、不安な気持ちでいっぱいになった。

 俺とアドレちゃんがドアの枠組みを超えたその刹那、扉が勢いよく閉まり木組みの小屋に明かりが灯る。

 「理人、遅いぞ。全く。」

 そう言って俺を迎え入れたのは公人だった。

 周りを見渡すと文芸部の皆がいた。

 良かった。無事だったんだな。

 「理人、さっそくだけどってあんたの横の女・・・・。」

 「ああ。俺の幼馴染のアドレちゃんだ。」

 「やぁやぁ。よろしく。君が春香ちゃんだね。噂はかねがね。やっぱり美人さんだねぇー。妬いちゃうよ。」

 アドレちゃんは、まるで新しいおもちゃを貰った子供の様にまじまじと春香を見つめる。

 「で、でもこの子って確か・・・・まぁ今は何が起きても変じゃないわ。私にも理人にサプライズがあるの。それではどうぞ!」

 珍しく春香のテンションが高い。

 俺は春香の掛け声とともに開く奥の扉を見つめる。

 「久しぶりやなー。リー君。」

 そこには艶やかな長い黒髪を腰のあたりまで垂らし、笑うと少し垂れるその目は昔も感じた安心感と懐かしさを与える。

 凛とした姿勢は相変わらずで、いつもと違うところと言えば死装束を身にまとっているという事だろう。

 「せ、先輩がいる。良かった。本当に良かったです。俺たち先輩に会うために・・・・。」

 ついつい、というかこれは仕方ないのかもしれないが嬉しさのあまり泣いてしまった。

 せっかく会いに来てくれたというのに、成長した姿を見せようと思っていたのに。

 「もちろん、そんな事知ってるに決まってるやろー。死んでからも毎日みんなの事見てたんやから。」

 先輩の目にも少し潤っている気がする。

 「すごいでしょー。ねぇ理人、私たちの願い・・・・叶ったよぉぉぉぉぉ。」

 あの冷徹、冷酷なツッコミ担当の帝王春香ももらい大号泣。

 公人と、先生、そしてさっきまで目元が潤っていた先輩までもがまるで決壊したダムの様に大号泣してしまった。

 叶うはずのなかった先輩との再会、そして文芸部の完全復活。

 俺たちは先輩を囲み、抱き合いながら、まるで小さい子供の様に泣きじゃくった。

 その間、蚊帳の外だったアドレちゃんはオロオロした後、何故か俺たちの背中をさすっていた。







 「ほらほら。皆泣きすぎやで。まぁうちもなんやけどな。せっかく会えたんやし楽しい事しよっ。な?」

 そう言って先輩は俺たちの頭をさする。

 久しぶりに感じた先輩の手のぬくもりに、またしてもウルっとしてきたがこれは我慢だ。

 「それにしても先輩。ここって一体どこなんですか?やっぱり先輩がいるってことは死後の世界・・・・とか?」

 「えっ?違うで。ていうかここは・・・・。まぁ気づくまで待つべきやな。そんなことよりリー君、なんか雰囲気変わったなー。目つきが良くなったんかなー。」

 先輩はここについては曖昧な返事をし、話題を変える。

 「そうね。なんだか今はあの連続殺人犯の様な殺気が感じられないわ。」

 春香も俺の変化に気づいたようで・・・・えっ?俺そんなの放ってたの?

 「嘘!?俺の目つきが!」

 俺は近くの窓の反射を利用し、自分の容姿を確認する。

 「マジじゃないですか!やべぇ。なんか今日は良いことが多い気がする。」

 「春香ちゃんもまた1段とべっぴんさんになってるし、公人君もなんか大人っぽくなってるし、ひーちゃん先生もなんか大人の余裕?みたいなんが増してるし。毎日上から見てたんやけどやっぱり実物見ると全然ちゃうなー。」

 「何言ってるんですか?公人が?大人っぽく?こんなマゾ野郎がですか?それに先生だって未だに春香と言い争ってるんですよ。余裕どころか今は恋人探しに奮闘中なのに。ねぇ?」

 冗談交じりに公人と先生の方を見て言う。

 「何を言うか理人。僕がマゾ?嘘も大概にしろよ!」

 「そうよ。先生だってもう恋人どころか婚約者がいるのよ。」

 2人は俺の冗談がまるで通じていないような、ただただ迷惑としか思っていないような面持ちで強く反論する。

 どういう事だろう。公人がマゾ卒業?先生に婚約者?ありえない。ありえないんですけど!

 「アドレちゃん。公人に何かとんでもなく失礼な事言ってくれない?」

 「・・・・へぇっ?!アドレの出番来た?蚊帳の外からの脱出?で、で、何すれば?」

 アドレちゃんは驚きのあまりビクンと体を震わし、さっきまで俺たちのことをボケーっと見ていたせいか俺の用件を聞いていなかったようだ。

 「公人にだな、悪口でも何でもいいから、なんか普通の人間なら落ち込みそうな事を言ってやってくれないか?」

 「で、でも理人君のお友達でしょ?そんな事言ったら傷つくんじゃ・・・・。」

 「大丈夫。世の中にはな、そういう事で快感を覚える稀な人間がいるんだよ。これも勉強。歪んだ社会に生まれた歪んだ人種。こういうのを間近で見るからこそ人は進歩するんだ。さぁ!新しい扉の第一歩をその足でその眼で見守るんだ!」

 「そ、そうなんだ。つまりアドレの成長のため。分かった。やってみるね。」

 アドレちゃんは俺の誘導尋問にまんまと引っかかり、準備万端となった。

 別にアドレちゃんじゃなくとも、いつも通り春香にやってもらっても良かったんだが、鬼に金棒という言葉もある。

 春香に悪口を言うことをこちらから許容なんてすればどうなるか分からない。

 ここは軽いジャブという事でアドレちゃんに託した。

 ベクトルは違えどアドレちゃんだって美少女。春香が闇の女王ならアドレちゃんは光の女神。

 究極のマゾである公人にとってこれとない程のご褒美だろう。

 「・・・・公人君。さっきから思ってたんだけど、少し臭う。お風呂って知ってる?もし知らないんだったらこれ貸してあげるから。ガラムマサラっていうんだけど。その、カレーの匂いならみんな好きだと思うし、アドレもカレー大好きだから。」

 あっれー?これジャブじゃないよね?

 臭いって言われるのって割と上位の悪口だよね?

 辛口だよー。18禁カレーくらい辛いよ!

 「ぼ、僕お風呂知ってるから、ガラムマサラは大丈夫・・・・かな。それは本来の使い方で使ってあげて。じゃあ僕はちょっと用事を思い出したから。」

 公人はガラムマサラを断り、俺たちが集まるこの部屋を全速力で後にした。

 その背中からは嬉しさを隠すようなものではなく悲しげで、躍動感ある走りからは対になるほどに小さく感じる。

 この行動が冗談だとは思わない。これが真実。

 公人は脱マゾヒズムしたのだ。

 でも、それにしてはおかしい。

 この世界に来るまでは確かにドМだった。こんな短期間で辞められるはずがない。

 まぁ早く感性が一般的になってくれとは思っていたが。

 それを目の当たりにすると逆に気持ち悪いというか・・・・。

 「理人、ちょっとこっちに。」

 春香が俺を手招く。

 俺は皆の目を盗み、こそっと春香のいる部屋の隅に行く。

 「どうした?俺は今理解できない真実を目の当たりにして喜んでいいのか何なのか整理しているんだ。すまんがお前に構ってやれるほどの余裕はない。」

 「な、何が『構ってやれる』よ!私があんたに構ってやってあげてるのよ!まぁいいわ。そんな事より公人のあれは冗談なんかじゃないわよ。もともと冗談みたいな性癖だったけど、それは完治したみたい。」

 どうやら春香も少し複雑な心境のようだ。

 それもそうだろう。なんせ公人は春香の玩具だったのだから。

 「それにね・・・・先生の婚約者の話。あれもガチなのよ。」

 春香はさらに深刻な面持ちで低く唸るように語り、唇を血が出そうなほどに強く噛み納得していないことを示唆させる。

 「冗談きついぜ。確かにさっきボケたこと言っていたが、あれは先生の虚言癖が発動したのでは?」

 「残念ながら、先生に虚言癖があることは確認されていないわ。それに私、いえ私達、見てしまったのよ。」

 「な、何を。」

 俺はごくりと生唾を飲む。

 部屋は先生と先輩、そして何故か仲良くなっているアドレちゃんが騒ぎうるさいはずなのに、その音が妙に反響する。

 「私達が部室から拉致られて目を覚ますとこの小屋の前にいたの。そしたら、この小屋の住人であるクマの熊田まさしさんが心配して出てきてくれて、小屋の中に入れてくれたの。」

 「ちょっと待て。熊田まさしってあの最近滅多に見なくなった?」

 「違うわ。あのくまだまさしは人。この熊田まさしはクマ。まぁこの時点でファンタジーすぎて意味が分からないのだけど。」

 今のこの現状にもはや呆れているのか「はぁ・・・・」と少しため息をつきながら続ける。

 「それで小屋に入った私達にお茶と蜂蜜を出してくれたのがたまちゃん先輩で、私達はさっきと同様に再開した喜びと、懐かしさ、望みが叶った嬉しさで大号泣したの。なんでそこに居たのかは分からないんだけど。そしたら大号泣してる先生にまさしが『あなたの泣き顔を笑顔に変えるのが僕の仕事です。1目惚れでした。結婚してください。』って突然プロポーズしたの。そしたら先生『・・・・待ってました。』なんて言っちゃって・・・・。」

 「クマったな。」

 俺は頭を抱える。

 先生ちょっと軽くないか?まぁ長年待ち望んでいたものが突如として目の前に現れたんだ。先生の性格上飛びつくのはなんとなく分かってはいたが。

 もはや人ですらないじゃないか。

 それにまさしのプロポーズ・・・・芸人の常套句そのものじゃん!

 でもまぁ、先生の事は少なからず不憫には思っていたし、先生に恋人ができることも応援していなかった訳でもないし・・・・良い事なんだろう。多分。

 「それで、そのまさしは今どこに?」

 「募る話もあるだろうってたまちゃん先輩と私達だけにしてくれたの。」

 なんだイケクマじゃないか。






 俺たちはその後も今のこの現状について話し合った。

 ここは一体どこなのか。そもそも日本なのか。はたまたどこか外国なのか。

 俺たち以外の生物は存在するのか。不思議で理解不能な非現実的なことだらけだ。

 どれだけ話し合っても解決しない。

 本来、お盆と丑三つ時の力を使い、たまちゃん先輩を俺たちの部室に呼び込むことが目的だったのに。

 結果オーライと言ってしまえばそれまでだが。

 元の世界に帰れるのかという不安が心の隅に残る。

 それから色々試行錯誤した後、辿り着いた結論としてお盆が終わればなんとかなるだった。

 話し合いの意味があったのかと問われれば素直に頷くことは出来ないが、今は先輩との時間を目一杯楽しむことがこの摩訶不思議な現象に対しての義理だろう。

 「2人でなにコソコソ話してるんやー?」

 俺と春香の輪に死装束を身に纏った、一見すれば葬式から蘇ったお化けの様に見えるが、足はついている。

 摩訶不思議な現象の1つであり、俺たちの目的だった我が文芸部の創始者たまちゃん先輩と、俺こと理人の幼馴染であるアドレちゃんがひょこっと現れた。

 先輩の抱擁感とアドレちゃんの元気な感じがマッチしたのか、仲がいいように見える。

 「特に何も・・・・。」

 「うっそだー!だって理人君エッチだもん!女の子と、しかもこんな美人な春香ちゃんと2人きりなら間違いなくナニかしてるよ!だってねーアドレと初めて会ったときー・・・・」

 「アドレちゃん!それは秘密だろ!それに、俺にだってやっていい事と駄目なことの区別くらいつくから!」

 俺はアドレちゃんに釘を刺すように言う。この女我慢というものが苦手らしい。

 それに俺と春香はそんな関係ではない。

 ほらぁ!春香が顔を真っ赤にして怒りを押し殺しているじゃないか!

 「アーちゃん、まだまだやね。でもその眼は成長の余地ありやな。ヒントをあげるわ。・・・・逆やね。」

 先輩はアドレちゃんの成長を見守る母の様に語る。

 残念ながらそれは女の会話で俺には何1つ分からなかったが、春香はさらに顔が真っ赤になっていた。

 「違いますわ!いや、違くないけど・・・・今はまだ違うって言い続けますわ!」

 春香はブンブン、まるで扇風機の羽の様に手を強く振り何かを否定する。

 アドレちゃんはそれを見て何かを察したのかニチャっていた。

 「でもな、お節介かも知らんけどこれだけは言わして。時間は無限じゃない。今は無限の様に長く感じるけど、いつかは終わりが来る。それはいつか分からん。1分後かもしらんし明日になるかもしらん。1瞬1瞬を悔いなく過ごせなんてありきたりなことは言わん。だってそれが出来ても悔いは必ずしもどこかに残るから。だから、なるべく、可能な範囲でいいから自分の気持ちに正直に、欲望の赴くままに動いてみて。これはハーちゃんだけに言ってるんじゃないで、リー君にも言ってるんやで。」

 その言葉は、時間を失った先輩だからこそ言えるもので、俺たちの心には思い切り刺さった。

 それはまさに返しの付いた釣り針の様にしぶとく。








 

 


 

 



 

 

 

 

 

 








 


 

 

 

 

 

 

 

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