その3 小学生のトイレ事情

 今の時代はどうなのかわからないが、私の小学生時代、学校でうんこをすることは罪に等しかった。この時点でお分かりいただけると思うが、今回のお話は大変シモに振るので、汚い話が苦手な方はこの時点でこの話を飛ばしてもらったほうが賢明だ。


 それはともかく、罪だったのだ。学校でうんこをしたと学友に知られたら最後、向こう1週間はあだ名がウンコマン確定である。当時、男子便所の大のスペースの扉が閉まっていたら、もれなく悪ガキがよじ登り、誰がうんこをしているのか確認するのだ。そして顔が判明するや否や、「○○がうんこしているぞ――!」と大声で報告をし、その知らせは音速のごとくクラス中、果ては一学年中に広まってしまうのだ。田舎の情報伝達網もびっくりの速さである。


 それゆえに、小学生男子は学校でうんこをしないように朝は必ず出すものをすべて家で出してから授業に挑むのだ。


 しかし、そんなことをしたところで生理現象には逆らえない。自然の摂理は絶対だ。逆らうものには容赦なく牙をむく。


 ある日、私の友達が「うんこをしたいからトイレの前で見張っていてくれ」と頼み込んできた。かの友達の顔からは脂汗が滲みで、唇を噛み切らんばかりに食いしばっている。


 私はどちらかというと悪ガキではあったが、自分がウンコマンと呼ばれることはあっても他者をそう呼ぶことはしなかった。それを見込んで彼は私を見張りとしての任に頼んだのだろう。


 幼心ながらに私は彼の期待に応えなければいけなかった。そうしなければ男が廃る。彼の名誉は今、我が手中に握られたのだ。


 誰かが来たら知らせてくれ、と蚊の鳴くような声で言うと、友達は大のスペースへと滑りこんでいった。


 私の責任は重大だ。彼が私以外の何者かにうんこをしているところを知られてしまったら、学校にいる間ウンコマンとしてのレッテルを張られ、精神的苦痛を味わった彼は引きこもりになり、やがてグレて盗んだバイクで走り出してしまう未来へと繋がってしまうのだ。


 私の心は要人を守るSPだった。アイドルはオナラをしない生き物なんだということを本気で信じていたピュアな心を抱いていた時期だ。そんな私はその時、友達の放屁交じりの脱糞を守護していたのだ。今となっては何が悲しくてそんなことをしないといけないのかと思うところであるが、当時の私は必至だった。それ以上に、うんこをしている友人が必至だ。気分的には、俺がここを食い止めている間に早くいけ状態だ。心はヒーロー。悪ガキのくせに、変なところで心がまっすぐだった。


 しかし、そんなヒーローに苦難が訪れることになった。他学生がトイレに向かってきているではないか。


 頭の中でアラームが鳴り響く。トイレにこもっている友人にすかさず、「人が来るぞ!」と報告をする。


 友人は慌てた様子だった。しまった! 彼はまだ脱糞中だ! 知らせを受けてすぐに小部屋から出てこれるわけがない。


 そう思っていた最中だった。


「ああっ!!」と友達の狼狽した声がトイレに響いた。あまりの声のデカさに私は思わず振り向いた。……が、幸いなことに、こちらに向かってきている学生たちには気づかれていなかった。


 どうした? と声をかけようとした矢先、友達がトイレから転がるように出てきて、手を洗うこともせずトイレから飛び出して出て行った。……私を置いて。


 お前を守っていた私の立場はどうなる、と思う気持ちもあったが、とりあえず友達の後に続くように、私はその時は教室に戻っていった。





 その日のHR後である。小学生と言えど掃除の時間がある。その時の私の掃除当番はトイレであった。


 掃除を終えた者から先に帰ってもよいとの方針だった故に、早いところトイレ掃除をして家でビデオに録画しているアニメでも見たいなと思いながら、掃除場所へと向かうと、なにやら様子がおかしい。掃除当番になった他のクラスメイトが男子トイレのとある一角に集まって固まっているのだ。そこは私の友達が催したところであった。


 何だろうと思って見てみると、そこは形容し難い惨状に満ちていた。エッセイ故に文字に書き起こさなくてならないが、あまり詳細に書くのは憚られるので言わないが、要は大が収まりきらずに小部屋に飛び散っていた。


 友達のあの狼狽交じりの悲鳴を思い出す。彼はおそらく、私の報告に驚いて力んだ挙句にエイムを見誤ったのだ。結果がこの始末というわけだ。


 どうする? と誰もが顔を見合わせる。いっそのこと先生に言おうかとも思ったが、そうなると犯人探しが始まってしまう。そうなれば、我が友達はウンコマン以上の恥辱を受けることであろう。


 変な義理堅い精神が働き、結局はじゃんけんで誰がこの小部屋を掃除するか決めることになった。


 負けたのは私だった。なんということだ。私は友人の尻拭いをする羽目になってしまった。なまじ誰がこの惨状を作り上げたのかわかっていたため、どこに悲しみをぶつけていいのかわからなかった。


 惨状が惨状なだけに、掃除を終えたのは自分が最後だった。肝心のこの有様を作った友人はとっくに下校している。今頃、他の友人たちとかくれんぼでもしているのだろう。トイレを糞尿まみれにした犯人はまんまと雲隠れに成功している挙句にその尻拭いをさせられている自分自身の境遇を照らし合わせて、私はこの世の不条理さを幼心ながらに感じていたのだった。

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