第3話 バートとの出会い

「ダメだダメだ」


 守衛はバートと名乗る男に言った。


「アンジークからひと月もかけてやってきたんだ。見るだけなら別にいいじゃないか」


「ご苦労なことだが規則なんでな。魔法は見せ物じゃない。学院生たちは魔法士になろうと一生懸命頑張ってるんだ。興味本位で来たやつを中に入れることはできない」


「それなら俺の剣技を見せるから、その代わりに魔法を見せてくれ」


 守衛はウンザリとした表情をしてから、剣を抜こうとするバートを『帰れ!』と怒鳴りつけた。


「どうしたの、リト」


 純白の正法衣に身を包んだ少女が、ふたりの間に割ってはいる。


「これは、シャルル様」


「様はいらないって、いつも言ってるでしょ。それよりなんの騒ぎなの。朝からそんな大声出して、街の人たちに迷惑でしょう」


「申し訳ございません。この男が魔法を見せろとしつこいもので」


「なあ、アンタここの学院生か?」


 バートは好奇に満ちた眼差しでシャルルを見ている。


「違うわ。まあ、昨日卒業したばかりだけどね。ねえ、剣士さん、なんなら私が魔法を見せてあげましょうか」


 シャルルは優しく微笑みかける。


「ホントに見せてくれるのか!」


「リト、悪いけど、この人に食事をお願いね」


 頷くリト。


「私は院長に呼ばれてるからもう行くわ」と言って、シャルルは歩き出す。


 守衛はシャルルの後ろ姿を見送りながら、


「お前、運がいいな。シャルル様はこの学院を主席で卒業された方なんだぞ。多くの国々から宮廷魔法士の誘いが来ているんだ。まだ正式には決まってないらしいが、俺の予想としては、」


 バートは身動き一つしないで、シャルルがいた方向を見つめている。


 なぜかその表情は険しい。


「……どうした?」


「なあ、魔法ってのは『大気を彷徨う、歪みから生まれし漆黒の魂魄よ……』みたいに言葉を発して唱えるものじゃないのか?」


 頷く、リト。


「俺はあのシャルルって子に触れられてもいないし、魔法を使ってる様子なんて微塵も感じさせなかったのに」


「だから、どうしたんだ?」


「どんなに力を込めても指一本動かせない」


「……」


 バートが動けるようになったのは、翌日の朝だった。その間、リトはシャルルに言われたとおり、バートに食事を三度与えた。


 この一件以来、バートはシャルルをしつこく追いまわすようになった。


「あなたも、しつこいわね」


「どうしてもアンタの力がいるんだ。頼む」


 シャルルは、ふぅ、と大きく息をつく。


「あなたが探求者になりたいのは十分にわかったわ。それで、仲間を探しているのもわかった。だけど、私があなたの仲間になってなんのメリットがあるの? あなたに私に見合うだけの実力があるとは思えないし」


「……試してみるか?」


「動けないのに?」


 にっこりと微笑むシャルル。


「畜生っ! オマエ、汚いぞ!」


「私はオマエじゃなくてシャルルよ。じゃあ、また明日ね」


「ちょ、ちょっと待て! こんな所に俺を置いて行くのか!」


「うんっ」


 シャルルはバートに背を向け歩き出したが──ふと、立ち止まる。


「あなた、探求者になって何がしたいの?」


「東の森を抜ける」


 バートは躊躇なく即答する。


 ゼノン公国の東に広がる森には、今も伝説として人々の記憶に残っているような魔物が数多く住みついてる。森を抜けた者は誰一人いない。実際はいたのかもしれないが、東の森を抜けて帰ってきた者はいなかった。


 十五年前、東の森から現れた一匹の巨大な魔物は、二つの村を襲い、村人を殺し尽くし、公国騎士団の兵士を三十八人殺して死んだ。


「……本気なの?」


 この国に住む人々なら誰もが知っている物語。幼い頃に親から聞かされる物語には必ずといっていいほど東の森の魔物が登場する。

 魔物は決まって町や村を襲い破壊と殺戮を繰り返す。だが、ある物語では一人の勇敢な剣士に、別の話では二人の宮廷魔法士によって倒される。


 ──東の森を抜ける


 バートの言葉はシャルルの心にある何かを波立たせた。


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