お父さん救出作戦!

X-7話 天恵の派生

「はぁ、はぁ——。ようやく・・・辿り着いた」


 夜の森を照らす光源はもはや月光のみ。空から降り注がれる光を全て吸収しようと満遍なく上で葉を広げている木々が、それすらも遮ってしまっていて地面にまでその光が届いていない。微かな隙間から漏れる光で視界を確保し、ここまで全力で走ってきたが、何度地表に顔を出している木の根に足をつまずかせたのか分からない。だが、それでも一度も動き出した足を止めることはなかった。


 アンディー牧師に背中を押してもらってからどれほどの時間が経過したのかは分かるよしもなかったが、目の目に広がる景色が目的地にたどり着いたことを物語っていた。肩を大きく上下に動かしながらする息をゆっくりと落ち着かせていく。先ほどまでの鬱蒼とした森とは隔離されており、月光が何物にも遮られることなく降り注がれ、まるで別世界に自分は足を踏み入れてしまったのかと錯覚するほどだ。湖には真上に浮かぶ月が反射されており、水面に揺らぐ月は木々が靡く風に伴い静かにその形を揺らめかせる。


「この下に怪物の住処があるのか」


 辺りを見渡してみると、湖の周りの一部分に赤い血痕が見られる。その部分だけ月光の反射が他とは違って見えることでより鮮明にその朱さが際立っている。それが、ここが正しくコルルのお父さんを攫った奴がいるんだと強く確信を持てた。


「よし、いくか!」


 ほとりに立ち、勢いよく後ろに手を振るとそのまま一気に前に持ってくることで、力の流れのまま湖にへと潜り込もうと試みる。夜の潜水はリスクが高い——アンディー牧師に言われたことを思い出すが、同時にその後に続いた言葉も思い出す。助け出すという目標のために、ここは避けては通れない関門だ。


「待って!!」


「え!? う、うわぁぁぁぁ!!!」


 後ろから不意に声をかけられたことで、ためていた力の放出のタイミングを完全に見失いそのまま力が不十分なまま顔とお腹が同時に着水するというなんとも情けない姿勢で湖に初ダイブをしてしまった。身体中を冷たい水で覆うが、それ以上に鼻にも驚きのあまり水が侵入し急いで水上に向かって浮上を始める。辺り一面、墨汁を撒き散らした水のように視界が悪く、当然のことではあるが音もなく無音の暗闇には少しばかりの恐怖感が振り払ったはずだが、また顔を出す。しかし、そんなことにかまっている余裕はない。とにかく、今何よりも俺にとって欲しいのは空気もとい酸素であった。


「ブハァッッ!! ゴホッゴホッ!!」


「だ、大丈夫?」


 水で濡れた顔を右手で雑に拭くと、そこには心配そうに湖のほとりから覗き込むコルルの姿があった。


「コルル!? こんなところで何をしているんだ? 危険じゃないか!」


 思わず声を荒げる。しかし、彼女はその大声にも怖気つくことなかった。


「私も、クーリエさんと一緒に父さんを助けにいくわ。これは、もう決めたことなの。私の中では決定事項だから、キリの村に送り返そうって思っても無駄なんだから!」


「決定事項って、これは迷子になった人を探しにいくのとは訳が違うんだよ? 今から向かう場所には、確実にさっきキリの村に現れた空中を飛行することができる怪物がいる。もしかしたら、そいつはただの下っ端でもっと強い怪物が奥に控えているかもしれないんだ! そうなると命の保証はできない。俺だって死ぬかもしれない。これはそういう危険な場所への入り口なんだ、悪いことは言わない、ここから引き返して今すぐ村に戻りなさい」


「そういう危険なところは私には似合わないって言いたいのね。父さんとおんなじような言葉ばっか、もう正直うんざりしてるのよね」


 コルルは口内にたくさんの空気を含ませて、頬を膨らませるとあからさまに不機嫌な態度を示す。とは言っても、ここで俺が折れるわけにはいかず一貫して自分の主張を曲げるわけにはいかない。だが、そんな空気をも彼女は感じ取ったのだろう。何も言わずに俺を睨みつけると、無音のまま脚を青白く光らせ、途端にそれを解き放つ。


「お、おい! 何を——」


 俺がぷかぷかと浮かんでいる隣から巨大な水柱が突如として現れる。それに伴って湖の穏やかな水の流れが一気にその表情を変え、たちまち俺もその水柱の影響で発生した大きな波に飲まれる。そして、しばらくして波が落ち着いた時に水面に顔を出すと、そこには何の変哲もない先程と代わり映えのしないコルルの姿はそこにはあった。


「な、何をするんだ急に! 気は確かか!? こんなところで急に天恵を使うなんて、怪物に俺たちのことを感づかれたらどうする!」


「この湖の深さはちょうど100メートル。それを半分くらい潜水つまり50メートルね潜ってから、右手を向くと洞窟につながる穴があった。そこまで潜ると当然ながらこの月の光では明るさはないし、もちろん息も続くはずがない。私じゃなければね」


 得意げそうに彼女は顔に笑みを浮かべる。月明かりに照らされそれもまた異様なほど可愛く俺の目に映るが、その感情は今は抑えておく。


「ちょっと待ってくれ。君の天恵は『瞬発力が人より優れている』なんじゃないのか? まさか水中でも高速で移動するなんてことまで可能なのか?」


 不敵な笑みを浮かべる。彼女は貧相な胸をさらに張りながら得意げに次のように述べた。


「天恵の使い方をわかっていないのね〜。瞬発力も鍛錬を積むとその継続時間を長くすることはできるし、それに」


 言葉を切る。ただの息継ぎのようには思えなかった。何かこの後俺にとって今後冒険者としての進化の鍵となってくるような、そんな重要なことが言われるような気がした。あくまで直感だが。


「天恵は、のよ。まぁ、その人の発想力とそれを実現可能に持っていく継続的な鍛錬に依存するんだけどね」

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