第5話 戦、それすなわちバトル

 目下、谷底を見下ろす。




「構え」


 矢筒から矢を一つ取り出しつがえた。馬上から狙いを定めて弓を引き絞る。ギリギリと耳に付くは、弓のしなる音。俺の号令に合わせ、部下も皆また一斉に己の得物を取り出し構えの姿勢をとる。


 ひょう、と音を立てて上に一つ、矢が放たれた。

 それはきれいな曲線の放物線を描くと、重力に引っ張られて直線一転、空を切る。その軌道上にとある男の脳天を貫いて。

 馬上から転げ落ちる男。それを皮切りに、次々に矢が放たれた。


 空から矢の雨が降る。日の光を浴びて、きらり輝くやじりは光の飛礫つぶてがごとく。




 殺せ。

 人を殺せ。人間を殺せ。心を殺せ。


 敵は次々に地に縫い留められてゆく。赤い帯を巻いた味方の兵士らは援軍の到着に歓声を上げ、乱れた敵の動きにつけ込みに行く。たくさんの人間が倒れてゆく。


 一気に形勢が逆転した。


 無心で矢を番える。射る。また番える。

 あくまで冷静に。味方に当たらないよう、敵を射殺せるよう。





 殺せ。


 自分を、殺せ。






「本当に、ありがとうございました!!」


 人々が土下座をしている。その頭はもれなく全員俺の方を向いていた。


 べ、別に強要してるわけじゃないし。こいつらが勝手にやってくんだし! 俺、そういう趣味じゃないもん!!

 それにこういう時に顔を上げろなんて言っても、絶対に聞き入れてくれないことはもう百も承知してる。普段の命令は一切反抗しないで絶対服従で怯えてるくせして、こんな時は絶対に断固として聞いちゃくれないもんね。もう慣れたよ。諦めたともいうよ。なんてったって王族だもん、俺。プリンス・カガチノミコトだもん。




「面を上げよ」


「いいえ、そのような恐れ多いことはできませぬ」


 ……ほらね。一応土下座は止めとくれコールをしてみても、だーれも従っちゃくれない。それどころか即答バッサリ拒否よ。流石に傷ついちゃうぞ。


 ところで俺の口調だけど、仕事モードの時は王子ムーブかましてる。そうしないと体裁が悪いんだってさ。

 小さい時から叩き込まれた高貴な振る舞いは、結構な練度を誇っていると我ながら思う。分厚い面の皮の下がこんなチキン野郎だなんて、この場の村人らは思ってもみないんだろうね。

 俺は君たちに敬われるような人間じゃないってのにさ。


 成人前に問題行動を起こしまくったわけだから、俺の育った村じゃあ当然のように中身はばれてる。もちろん、今くっついてきてくれてる部下たちにもね。でも、外の村に行くときは最強の外面を搭載しているもんだから、外面通りに受け取られているわけだ。

 本当は外でも自然体でいきたかったけど、パッパにしこたま叱られたから、しょうがないので高貴にしてる。




 皆が顔を上げてくんないから、どうしようかと思っていたら、ちょうどいいところに伝令くんがどこかから走り寄ってきた。ナーイスタイミング!


「伝令でございます! 『今より三日後、日のあるうちに、モノノ森の民の村にて本国からの増援と合流せよ。この時カガチノミコト一人で来られたし、付き人は一人まで許す』との仰せでございます!」


 ハァーン、三日ァ!? モノノ森って馬走らせて最速で三日なんですけれども?? 今から即出発せよってことかよ!


 ちょっとまてやい。俺、ここ一週間くらいまともに休んだ記憶ないんすけど? なんてったってこんな風にすぐに次の戦場に向かわされたからね! しかもものすごく効率の悪い形で! 近場から制覇させりゃいいのに、同じところを往復してるような感じだったからね!

 一の兄上、ホントに俺のこと嫌いね。完全にイジメでしょうこれは。


 でも誰が一番かわいそうって馬たちだよね! 馬たちの負荷を少しでも減らすために、定期的に俺たちも馬から降りて一緒に歩いたりはしていたけど、走って歩いてまた走らされてる状態だからね。俺たちが馬たちの上で休んでる間もずっと走らされてるわけだからね。

 本当にいつか兄上は愛護団体に背後から刺されると思う。いいぞ、殺ってしまえ。




 部下たちの間にもどよめきが広がった。

 そりゃそうだよ。今から誰を生贄に差し出すか決めなきゃならんのだからね。


 チキチキ☆恐怖のくじ引き大会~~!! 当たりは王子と地獄のお仕事ランデブー! 一体だれが地獄のクジを掴まされてしまうのか!!

 なお、王子にはくじ引き参加権がないっていうね。強制ゴートゥーヘルっすよ。はいはい、兄上絶許絶許。




「お前たちが来る必要はない。私一人で向かう故、この村にてゆるりと休め」


 人前なので、王子ムーブはかましたままだ。普段部下たちとしゃべるときは心の中と同じ、俺のまんまの言葉遣いを使ってる。


 部下たちに助け舟を出したわけだけど、だってねぇ……流石に当たったやつが罰ゲーム過ぎだし、これで仲間割れしてもらっても困るもんね。

 俺には名指しで来いって言われちゃってるから強制出陣なのは変わりないけど、お付きは一人までってことは部下たちは来る必要はないのだ。


 ホントは道連れにしたいけどね。休んでる奴らはもれなく呪いますけどね。でもこいつらが限界なのも確かだった。

 俺は転生特典、健康長寿つきハイスペックぼでぇの持ち主だからどうにかなるけど、こいつらは兵士やっててもパンピだからね。このままだと本当に過労死してしまうかもしれない。日に日にやつれてくんだもの。俺はお前らに死んでほしくないよ。


 だってのにさ。


「そのようなことは致しかねます! 私が付いて行きとう存じます!」

「いえ、私めをお選びください!」

「いや、私が!!」


 えぇ~~~? 上司がせっかく休めっつってんのに全員が名乗り出ちゃったよ。全員がズザッといい音立てて、キレッキレの動きで跪いちゃったよ。

 流石は社畜の国の戦士|(ガチ)ですわ。もはやDNAに刻み込まれてるのでわ?


「来るなと言うておるのだ。いいか、これは命令だ。総員この村にて待機せよ。正し、増えた食い扶持は伝令に言い渡し、本国から取り寄せるように」


 冷たく言い放って、おこですアピールをする。ここはしっかり言ってやらねばならないのだ。

 たとえ玄関で主人が外に出ていくのを引き留めるわんこみたいな目で見上げられようが、ここはぐっと我慢。心を鬼にせねばならない。




「いいえ、ついて行きます!!」


 そんな折、一段と高らかに声が上がる。

 部下の一人、一番長い付き合いの野郎が反抗してきやがったのだ。ヲイヲイヲイ、命令だっつってんだろ。休めよ日本人よぉ。


 こいつは俺の幼馴染で、一の部下にして親友みたいな奴だ。気の置けない友ってやつ? 数々の俺の奇行をものともせず、何時いかなる時にでも俺の後に付いてきた歴戦の猛者にして、共に数多くの修羅場を潜り抜けてきた戦友でもある。

 でもだからこそ分かるんだ、こいつの頑固さってやつがな。


「口答えをするな。控えよ。待機命令だ、良いな?」


 言い終わるや否や、有無を言わさず踵を返す。

 やあ、馬よごめんなぁ。君には一緒に着いてきてもらうよ。流石に俺の足じゃあ着けない距離なんだ。


 そしたら野郎め、俺の進行方向上に割り込んできやがった。あー、ホラはいきたよ。


「お待ちくだされ!!」


「待たぬ」


「私も着いて行きます!」


「いらぬ」


「ならば、勝手について行きます故!」


「いらぬと言うておるであろう!」


 馬に飛び乗ってちらっと後ろを振り返ってみれば、野郎も既に自分の馬に乗っていた。

 だめだこりゃぁ……こうなったらコイツは絶対に言うことを聞かないぞ! 思わず片手で顔を覆った俺は悪くない。




「さあ、参りましょう!」


「知らぬぞ……私は知らぬからな!」


 馬の腹を軽く蹴って走り出せば、奴も迷わず並走してきた。


「はい!」


 ウワァ元気なお返事ねぇ……ワーカホリック怖……


 野郎は俺の心中も知らずに「行ってきます!」だなんて小さくなってゆく後ろの集団に向かって手を振っていた。

 ヒェいい笑顔。あ、でもこら、よそ見運転は危険だぞ!

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