第3話 古墳生活あれやこれや

 アツアツご飯でベロベロ事件を経て、一つ賢くなった俺はとんでもないことを考えついてしまったんだ。


 箸がないなら、自分で作ればいいじゃなぁーい!!




 そんなわけで、山でテキトーに拾った枝を削って出来た割りばしみたいなマイ箸を使ってご飯を食べていたら、興味を持ったパッパが話しかけてきた。


 そこでその日の献立だった煮豆を使って使い方をレクチャーしたら大変ウケたらしく、王令で箸使いを推奨したわが国では箸が一大ブームとなったのである。いや、なんでやねん。


 パッパったらお茶目さんで、豆を箸でつまんで皿から皿に移すトレーニングを娯楽として認識したらしく、その”遊び”も同時に国中に広まってそりゃあもう熱狂することになってしまったのだ。


 俺からしたらあんなもん、ストレスがたまるだけなんだけどな。娯楽の少ない古墳時代じゃあそれも遊びになってしまうのだから面白い。”物は考えよう”とは言いえて妙だ。






 そう、時にして認識の違いってトンでもない壁の隔たりを感じるもんだよね。俺もまさか、豆トレーニングがあんなことになるとは想像もしていなかったんだ。


 気づいたときにはもう老若男女、貴族も下民も皆そこら中で豆摘まんでんの。

 そのあまりの人気爆発上昇具合に、ついには豆摘まみゲームの公式大会まで開催されて今世の俺のマッマが優勝したのは記憶に新しい。


 マッマは誰がどう見ても美人さんだ。黒髪ストレートに端正な顔立ちをお持ちのお淑やかな女性で、控えめに見てもゴリラのパッパと並んで立つと、その美しさがより際立つってもんだ。

 そんな夫婦(しかも国を治める王と女王だ)が最終決戦まで勝ち越して、ファイナルバトルで限りなくアツい戦いを見せたのだから、国中がしばらくその話で持ちきりだった。


 俺はその時試合には参加せずに、運営側に回っていろいろ指揮を執ってたんだけども、これがまたいろいろ大変だった。

 色々終わったあとに二度とやりたくないと燃え尽きて灰になっていたその時は、まさかこのゲームが一回切りの単発イベントでなく、その後何度も開催されることになり、その度に忙殺されることになるとは予想だにもしていなかったものである。


 抗議したって誰も相手にしてくれないんだぜ、何故なら俺こそがこの豆摘まみゲームの開発者だからな!


 大会当日はもう天手古舞である。豆を用意したり、ウン百個あるその小さなつぶつぶの数を数えたり、慟哭する敗者の皆様が床に散らばった豆を記念に拾って持って帰ろうとするの阻止したり――甲子園じゃねぇんですよ、その豆は来年畑にまく用のですから。

 代わりにおやつ用に用意されていた入り豆を配って、丁重にお引き取り頂いた。


 試合後の最終集計が行われた時には、会場にお集まりの皆様でカウントをした。

 其れ、さながら運動会の玉入れの獲得個数把握のごとし。場は異様な空気に包まれ、傍目からはどちらが勝っているのか最後まで把握できなかった中、一粒差で決着がついたと理解した時の会場のあの熱気と盛り上がり様と言ったら。空を裂くような歓声と割れんばかりの拍手が巻き起こり、場は一次騒然となった。


 息を飲むような手に汗握る戦いだったとは、俺のお付きの者にして一の部下にして今世の親友の言葉だけど、よく考えてみてほしい。豆を箸でつまんで皿から皿に移してるだけなんだぜ、サイッコーにクレイジーな祭りだよな!




 豆摘まみゲームは名を”小皿の豆の渡せるはし”と改めて、神聖な儀式として神様に奉納されることとなった。

 つまり、村の守り神様の神社の前で大会が毎年開催されることになったということである。


 皆どんだけ気に入ったんだ。ここまでとんとん拍子に進んじゃってもう、おったまげどころじゃないよ。まさかただの説明に使っただけのコレが国民的ゲームになるとは誰が思うよ。


 そんなこんなで俺はこの”小皿の豆の渡せるはし”開発者としてそれなりに名をはせることとなったのだ。

 正直、全くいらない称号を貰ったもんである。





 それからもよく分らんまつりごとは皆兄上たちに丸投げして、日々自分の生活待遇をよくするためだけにそりゃあもう頑張った。


 全身が入る大甕の中に、熱湯と川の水を注ぎ入れて全裸で飛び込んだときはものすごく冷たい目で見られたもんだけど、毎日やっていたら誰も何も気にしなくなった。


 自作の箸と塩をしこたま物々交換して私用の塩をGETしたり、山中の草の実をかき集めたりして食事改善もしたし、第二の人生の始まりを自覚してからはそれなりに古墳生活を満喫してきたと思う。


 そして転生特典の健康長寿のおかげか、第二の人生生まれてこの方、俺は病気に一度もかかったことがない。


 一度、一家全員食中毒に当たったことがあるけれど、俺だけぴんぴんしていることもあった。あの時のオババの祈祷は三日三晩続き、その傍らにて俺は俺で病人の看病に「現代知識~基本的な健康づくり編~」をフル活用して昼夜駆けずり回るハメになった。

 腹痛で苦しんでいる時に耳元で大音量の呪詛吐かれたら、そりゃあ体調も悪化しますよ。


 というわけで実行した、基本的な健康づくりへの道ダイジェスト!

 まずはオババをいさめ、病人には水を飲ませつつ安静にさせ、弱った人間に寄ってくる妖怪共にオババをけしかけ、病人の介護をし、妖怪を殴り飛ばして病人のデコの濡れ麻布を取り換える。以下同文!


 因みに看病する上で病人の吐瀉物やら何やらを触りまくったけれど、そこから移るということも無く、転生特典は鉄壁の免疫力を発揮した。


 そんなだったからついつい好奇心にかられ、一回試しにちょっと腹壊す程度とかいう毒キノコを齧ってみたものの、何も起きなかったときは普通にすごいと思った。

 山を探検する中でそれなりに怪我もしてきたけれど、そこから感染症に罹ったこともない。今世の俺の抵抗力はゴリラである。






 そんなこんなで、野をかけ山をかけ森の獣や妖怪たちと戯れ、村の子に紛れて遊び、量産した罠にパッパを引っ掻けては怒られ、爺さんの古墳で自作のソリで超速スライディングしては怒られ、親戚のおじさんの古墳でかくれんぼしては怒られ、パッパの永眠予定地の古墳で壁に前衛的アートを施しては怒られているうちに月日は経ち、そんな俺も十五歳になって、ついに成人の儀を挙げることになったんだ。

 精神年齢ってのは、体の年齢に引きずられるものなのである。




 この時代、日本各地に小国が集まっていて、そいつら同士でバトりまくっているらしい。


 世は乱世も乱世。「ここはなんて戦国時代? やっぱり信長はいたんだ!」などと迷走して旅に出ようとしたことも何度もあったけれど、ここはみづら時めく古墳時代である。勿論信長はいなかった。


 しかし、ここで気づいた新事実。

 俺が生まれた国はそこそこ大きな連合国の元締めだったらしく、それなりに権力を持ったところだったということが判明したのだ。

 最初は小ぢんまりした村だと思ってたんだけど、結構すごいところだったらしい。パッパすごいね。


 で、成人の儀を迎えたそんな国の王族には、剣を持って先陣切って戦う義務が発生する。

 でも、俺は第一王子――つまり王位継承権一位ではなかったので、一度初陣デビューで前線に投入されて以降は後方で適当にやっておくことにした。




 だって戦いたくないもん。怖いもん。前線に立ったら積極的に首ねらわれるんだぞ。王族は豪華な鎧を着ているもんだから、戦場で目立ちまくって的になるんだぞ!

 成人の儀でもらった大粒の翡翠の勾玉が使われた首飾りを、カッケーなんて素直に喜んでた頃が懐かしいわ。


 アレを目印にして、殺気まき散らした血走った目のおっさんどもに全力で首を狙われるのである。そりゃあもう執拗に追いかけられて、その上弓矢の集中砲火まで食らった果てには、余裕でトラウマになったわあんなもん。


 何度勾玉をカチ割ってやろうかと思ったか知れないし、実際怒りに任せて岩に打ち付けたこともあるけど全く歯が立たなかった。流石は世界一の頑丈さを誇る翡翠氏ですね!!




 戦場では倫理とか道徳とか甘っちょろいもんは一切気にする余裕もなく、そこは殺らなきゃ殺られる血で血を洗う世界。あれこれ考えたりとかできるような、そういう次元じゃなかった。


 必死で、発生し続ける群がるおっさんをつるぎブン回して蹴散らし切り伏せ、何とか出来た道を尻尾巻いて泣き喚きながら一瞬で逃げ帰った腰抜け野郎とは俺のことです。


 メンツなんてしらんもーん。俺、政にゃ興味ないもーん。王様継ぐ気は全くのゼロです! 一ミリもあり得ません。

 きっと信長がいたところで、絶対に天下争いには加わって無かっただろうことがここに判明した。そこら辺の兵士ですらあんなんなんだ、大魔王に勝てるわけがねぇ。


 ともかく前衛はダメだ。一般現代人たる、俺ののか弱きハートには荷が重過ぎたのだ。

 そんなわけで、ガックガクで舞い戻って来た初陣の後にパッパに土下座して、今後の戦には後方の弓矢部隊に組み込んでもらったというわけである。


 戦に出ない選択肢なんてものは、初めからなかった。




 そうして初陣ではズッタボロの生き恥をさらした俺ではあるが、後方に組み込んでもらってから暫くは、ちまちまと武功を立てることでどうにかしていた。


 剣で切ったり刺したりするのは苦手だ。

 腕前の話ではない。メンタルの方がだ。


 むしろ腕前はいい方だと思う。生まれ変わったこの体はかなりの高性能だったのである。


 剣を持てばもう意のままに振り回せちゃって、本当に自分の思い描いた動きの通りに、体が動かせるんだ。ハイスペックぼでぇマジパネェわ。前世とではもう雲泥の差だね。

 その万能感に一時期ハマりすぎて、朝から晩まで剣ブンブン太郎と化していたこともあったくらいだ。


 じゃあ何が苦手って感覚だよ。

 怖気づいて鈍った俺の剣技の技術はもとより、剣の製造技術の方もまだ未熟で切れ味は最悪。手に肉をたたき切る生々しい感覚が、超絶ダイレクトにばっしばし伝わってくるのだ。


 弓矢でも結局殺ってることには変わりないけど、まだ俺の精神負荷が軽かった。

 殺生に重いも軽いもないけれど、現代と古墳じゃそこに生きる人々の感覚も違う。戦だからと割り切ってなきゃやってらんないよ。




 あーあ、実戦じゃなければ、今世の俺ってばマジで強いのにな。自意識過剰とかじゃなくマジで。ソースは前世の俺。


 王子教育の一環の剣の打ち合いの試合では負けなしだったのに、戦じゃ全く役に立たないというこの体たらく。守り神様に捧げる神楽の剣舞にも俺のパートをもらえたってのに、お恥ずかしいことですよ。


 中身がコレですからね。ちょっと時代を千五百年ほど先取りしちゃってるんですよ、すみませんねコノヤロー。




 神に捧げるっていえば、例の自称神を思い出して腹が立つけど、家の守り神様はきっとあんなゲテモノじゃないって信じてるんだからねっ!

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