第3話 聖女は未来をねじ曲げる

 ――『白藤の騎士』とは女性向けのファンタジー漫画だ。

 剣と魔法の世界。魔法使いもドラゴンもいる。そしてモンスターと戦うための騎士団のひとつが、ベルガモール・エヴァンの率いる『白藤騎士団』だ。団長であるベルガモールが『白藤の騎士』と呼ばれるのにちなんで、騎士団もいつしかそう呼ばれるようになった。

 そして女性向けとして、登場人物の恋愛模様なんかも描かれたりする。

 ……でも、漫画の中に、『聖女』なんて出てきたかしら。

 私は『白藤の騎士』の単行本はコツコツ集めていたが、最近の状況は知らない。ベルガモールが騎士団の男――デュラン・ハーディスとかいう下っ端だ――と付き合いだしてからは、もうコミックスは集めていない。デュランの顔を見ただけで怒りがふつふつと湧いてしまうからだ。そしてデュランを見るベルガモールの熱っぽい表情も――可愛らしいけど見ていて苦しくなってしまう。それほどの恋だった。漫画の登場人物に嫉妬なんて、見苦しい女だと思われてしまうかもしれないが、それだけ私が本気で好きだったことだけは主張しておきたい。

 しかし、どうやら私が召喚された世界線では、ベルガモールとデュランはまだ付き合っていないらしい。

「団長、そのお方が聖女様ですか?」

 私とお喋りに興じていたベルガモールに、デュランが話しかける。私はデュランの顔を見て思わず顔を顰めた。

「ああ、どうやら召喚には成功したようだ。リク様、こいつはデュランです」

「存じております」

 私は苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。

「へえ、さすが聖女様はなんでも知ってらっしゃるなあ」

 対してデュランは私の表情などまるで気にとめていない。鈍感な男なのだ。ますます気に入らない。

「……デュラン、なにか聖女様の機嫌を損ねていないか?」

「へ? 俺まだ何もしてませんけど」

 デュランはアホ面でポカンと口を半開きにしている。

「……まあいい。それで? 何か用か?」

「あー、ええと」

 デュランは目を泳がせ、モジモジしている。

「……なんでもないです。団長が見慣れない女性を連れていたので、聖女様なのかな、と」

「そうか、ならもう行け。聖女様が不機嫌そうだ」

「はい」

 デュランが歩き去ったあと、「申し訳ありません、リク様」とベルガモールが謝罪する。別にあんな奴のために謝らなくていいのに。

「リク様はデュランをご存知のようですが、聖女様にはやはり未来を見通す力が……?」

「未来?」

「聖女様には特別な力があると伺いました。既にこの世界のことをご存知で、未来もわかる千里眼をお持ちだと」

 ……もしや、漫画を読んでいる私には、この世界で起こることが予見できるというのか。

 この世界が劇中の過去であるなら、なるほどそういうこともできるのだろう。

 ――あるいは、未来を変えることも。

「ええ、私は未来がわかります。ベルガ様に今後どんなことが起こるかも」

「……それは、私が伺ってしまって良いものなのでしょうか。未来が変わるやも――」

「いいえ、貴女には是非聞いてほしいのです」

 ――私は、未来をねじ曲げることにした。

「ベルガ様は――デュランに裏切られ、殺されます。今すぐにあの男を投獄した方がいいでしょう」


〈続く〉

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