死闘

 玉座の間へ至るまでの道中、我が軍の幹部と連戦を強いられたはずだが、その疲労を加味しても勇者の実力は想像以上だった。仮にも勇者、最強の人間。こちらも手を抜くことは許されない。油断すれば次の瞬間には首が飛んでいるだろう。久方ぶりに緊張感のある戦いへと身を投じ、私は僅かばかりの高揚感を胸に抱いていた。

「死闘とはまさにこういう戦いを言うのだろうな、シシアよ。さあ、命の全てを燃やしてみせろ。私は、死にもの狂いになった貴様と殺し合ってみたくなった!」

「何を笑っている……っ! お前のせいでどれだけの人間が死んだと思っている!」

「知ったことではない。が、臆病者が義憤で奮い立つと言うのであれば、もっと私を憎むが良い。それでこそ、ねじ伏せる甲斐があるというもの」

 互いの得物は剣。しかし、この戦いを剣戟と呼ぶのは些か無理があるだろう。歴代勇者が受け継いできたという力の数々は素晴らしい。雷を纏い速度を増した勇者が、壁や天井をまるで床のように駆け回り、舞い散る花びらの幻影に姿を隠しながらどこからともなく距離を詰めてくる。そして、繰り出される斬撃の一つ一つが必殺の威力を秘めているのも脅威的だ。否、斬撃だけではない。不意を突くように放たれる多種多様な魔法の数々、そのどれもが一度の直撃で戦いを終わらせかねなかった。息つく暇など、ありはしない。

 私も負けじと全身に魔力を巡らせ、勇者の速度に対抗した。とは言うものの、このままでは防戦一方だ。現時点では全ての攻撃を躱すなり防ぐなり出来ているが、まだ勇者は本気を出していない。私が想定外の行動に出るのを警戒して、様子を見ているといったところか。下手に動けば手の内を明かすだけの結果になるだろうが、こちらも攻勢に出ないわけにはいかないだろう。

「反撃がお望みか。ならば見せてやる、我が剣技の究極を!」

 勇者の接近を感じ取り、私は腰を落として剣を構える。奴が間合いに入った瞬間が勝負だ。剣を弾き、腕を飛ばし、首を刎ねる。失敗すれば防御に転じる余裕はない。互いの実力を踏まえると博打に等しい行為だったが、それでも私は、自分の純然たる実力を勇者に見せつけてやりたかった。

「──今」

 花びらの幻影、その奥から勇者の姿が現れる。と同時に、それを先んじて待ち構えていた私の剣が、勇者の振り下ろした剣を弾き飛ばした。

「まだ、終わりではない」

 剣を失っただけでは武器を失ったことにはならない。勇者はすぐさま無詠唱で魔法を発動し、私の眼前に斬撃を阻む氷の盾を作り出した。一瞬の判断ながら御見事だ。私は勇者の剣を弾いた勢いのまま体を捻ると、回転の力を加えた続く一撃で氷の盾を横一文字に断ち切った。当然、勇者もそれは想定済みだろう。勘を信じて飛び退った私の目と鼻の先で、細い木の槍が地面から次々と突き出す。それを氷の盾と同じように斬り倒し、私はなお勇者への接近を試みた。

「良い、素晴らしい! 私の命も燃えている、昂ぶっている! さあ、次はなんだ」

 高揚感。私は楽しかった。自分と同等かそれ以上の強さを持つ人間など、今までに数えるほどしか出会ったことがなかったから。

 だからこの瞬間だけは、「魔族の王たれ」と自分に課せられた使命を忘れて、目の前に居る強者と全力で戦いたかった。いっそ、この男と刺し違え、果ててしまっても構わない。私は本気でそう思うほどに、この死闘を待ち望んでいた。

 ──だが。戦いの決着は、私の望んだ通りにならなかった。

「これは……高位の空間転移術式!?」

 勇者の隙を突き、彼の右腕に剣先を振り下ろした、次の瞬間。勇者の体を中心に、高位の空間転移術式──つまり、異空間へ物体を「追放」する罠が発動した。

「馬鹿な、自分の肉体に罠を……」

 油断した。「死にたくない」という怯えに支配されているような人間が、自分ごと魔王を異空間へ消し去るなんて手段を取るとは、全く考えていなかった。術式の解除は、術式を記述する際と同じだけの時間を要する。今からでは、間に合わない。

「おのれ、こんな搦手を」

 思い通りの決着に至らなかった苛立ちから、私は思わず勇者を睨みつける。だが、私はそこで見てしまった。この結末が彼の望みでもないという、明らかな証拠を。

「ああ、嫌だ……どうして俺が、こんな」

 術式が発動し、我々が異空間へ転送される寸前。私が見た勇者の顔は困惑と恐怖に歪んでおり、勝利の喜びなんてものは微塵も感じられない表情だった。

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