第15話:騎士は命を狙われる


 ……ああこれ、ピクシブで見たことあるやつだ……。


 目を開けて最初に思った言葉は、我ながら滑稽すぎるものだった。


 気がつけば、俺は見知らぬ部屋の中にいた。

 暗くて周りはよく見えないが、俺は寝台に寝かされているらしい。

 寝台と言っても、それはある種の診察台のようなものだった。

 備え付けられた拘束具に四肢を固定されたあげく、悪魔の動きを止める魔法までかけられている。


「起きた起きた」「やっぱり、悪魔の眼だ」


 魔法に抗いながら声の方を見ると、そこに立っていたのはイオスとジャミルである。

 不敵に笑いながら、悪魔用のナイフを手にした二人は乙女ゲームの攻略キャラとは思えぬ不気味さだ。


「お前ら……一体……なんのつもりだ……」


 声を出すことすらしんどいが、それでも尋ねずにはいられなかった。


「「僕たちは悪魔を狩るのが仕事」」


 全く同じ声音で全く同じ言葉を発し、イオスとジャミルは俺の両サイドに立つ。


「俺は……悪魔じゃない……」

「でも悪魔の眼だ」「悪魔の血だ」

「これは事情があるんだ……、でも俺は人間を……襲ったりはしない」

「でも悪魔の身体だ」「でも悪魔の魂だ」

「ぶ、不気味に言いながら、人の身体をさわさわするんじゃありません!」


 見ない振りをしていたが、どういうわけか俺は上半身裸なのだ。それをじっと見つめながら、胸や腹部を触られると滅茶苦茶落ち着かない。


「くすぐったい?」「くすぐったい?」

「当たり前だろ!」

「じゃあ痛い方にする?」「とっても痛い方にする?」

「それも嫌に決まってんだろ!!」


 必死で抗議するうちに、どうにか声だけはまともに出せるようになってきた。とはいえ身体はまだ動かせないし、このままだと悪趣味な双子の餌食にされかれない。

 そしてそんなところをギーザに見られたらと青くなったところで、俺ははたと気づく。


「おい、お前らギーザには手を出してないだろうな!!!」

「ギーザ?」「誰?」

「俺と一緒にいた女の子がいただろ」

「それなら」「あっち」


 二人が指さす先を見て、そこで俺の理性がプツンと切れた。


「……お前ら、よくも俺の嫁を……」


 次の瞬間、俺は手足の拘束具を力任せに外した。

 同時に身体がもの凄く熱くなり、背中に激しい痛みを感じる。

 だがそんなことに構ってなどいられなかった。


「年頃の女の子を、冷たい地面に寝かせるんじゃねぇ!! 風邪ひいたらどうすんだ!!」


 言うと同時にギーザの側に移動し、俺は彼女を抱き上げる。


「……ア…シュレイ……?」


 そこで彼女も目が冷めたらしく、俺が抱き上げたのに気づいてゆっくりと目を開ける。

 怪我や風邪の兆候がないことに安心し、俺は思わず彼女に頬を寄せた。

 肌の冷たさに再び怒りが溢れるが、慌てふためくギーザの声で何とか理性を取り戻す。


「あ、アシュレイ……どうしたのそれ……!」

「ああ、あのイカれた双子に服を脱がされて……」

「違う、その姿よ! もっと悪魔に近づいてるじゃない……!」


 言われて初めて、俺は自分の身体がいつもと違うことに気がついた。

 背後を窺うと、気を失う前に見た黒い翼が背後ではためいている。

 その上右腕には禍々しい入れ墨のようなものが浮かび上がり、普段は黒くて短い髪が長い銀髪になっている。


「厨二キャラ化……してる!?」

「悪魔化してるのよ!」


 ギーザに叱られながら改めて自分を見ると、俺の身体はもう殆ど人の物ではなくなっていた。肌は浅黒く変色し、硬い皮膚で覆われた指の先には鋭い爪がついていて、強く握ればギーザの腕を傷つけてしまいそうな気配すらある。


「ごめん、俺のせいで怪我とかしてないか?」

「私より自分の心配してよ。気分が悪くなったりしてない? 平気?」

「それは、大丈夫なんだが……」


 もの凄く嫌な視線を、先ほどから感じているのが非常に気になる。


「悪魔だ」「やっぱり悪魔だ」


 嬉しそうな声と共に、凄まじい殺気を向けてくるのはもちろん双子である。


「お、落ち着け……! 見た目は悪魔だが敵じゃない」

「悪魔は敵」「悪魔は敵」

「俺はお前らのことはもちろん、誰ひとり傷つけるつもりはない!」

「でもボクはあなたを傷つける」「でもボクはあなたを殺す」


 言うなり、両手にナイフを構えたイオスとジャミルがこちらに駆け寄ってくる。


「こっちは丸腰だってのに!」


 その上腕の中にはギーザもいるのに、二人が容赦してくれる気配はない。

 もはや避ける間もなく、振り下ろされたナイフを俺は手で受け止める。

 怪我も覚悟していたが、鋼鉄よりも硬い悪魔の皮膚はナイフを易々と弾いた。

 それに驚いた二人を翼で跳ね飛ばし、俺はギーザを背後に庇いながら立ち上がる。


「僕たちの武器が……」「全くきかない……」

「そんな短いナイフ、きくわけねぇだろ」

「でもこれは、対悪魔用の武器」「ちょっと触れただけで、悪魔も人も死ぬ」

「そんな物騒な物、会って間もない人に向けるんじゃありません!!」


 俺じゃなきゃ死んでたぞと憤慨していると、そこでまた二人は果敢にも立ち向かってくる。

 どうやらこの二人は、言って聞くタイプではないらしい。

 だとしたら拳で言うことを聞かせるしかないと、俺は覚悟を決める。


 子供相手に暴力を振るうのは主義に反するし、悪魔と化した身体では下手すれば大怪我をさせかねない。

 だが二人はどSで鬼畜でも攻略キャラ。下手したら今後長い付き合いになるかもしれないし、ここでお灸を据えておいたほうが絶対いい。


 そう思って身構えた瞬間、イオルとジャミルは俺の顔と心臓に向かってナイフを突き出していた。

 身体を反らしながらそれを避け、もう一度翼で二人を弾き飛ばすと、俺は二人の額にそっとデコピンを喰らわせてやる。


 何故デコピンかといえば、ゲーム内でアシュレイが二人を叱るとき、いつもそうしていたからだ。

 考えが過激で物騒な二人はトラブルメーカー的ポジションで、それをたしなめるのがアシュレイと彼のデコピンだったのである。


「うぐっ」「いたいっ」


 かなり手加減したつもりだが、悪魔の指先から繰り出されるデコピンの威力はなかなかだったようだ。

 額を抑えてしゃがみ込む二人に、俺はやり過ぎたかと心配になる。


「悪い、大丈夫か?」

「何故心配する」「何故無駄なことをする」

「だってお前らが怪我したら、みんなが悲しむだろ」


 二人はキャラ投票があると上位に食い込んでいたし、この顔なら二人に好意を寄せる女子だっていっぱいいそうだ。


「悲しむ人なんていない」「死んで喜ぶ人しかいない」


 なのに当人達は、なにやら後ろ向きな言葉をこぼしている。


「そんなことないって。今だってすぐ近くに、悲しんでくれる相手がいるだろ」


 そう言って双子をそれぞれ指させば、驚いた顔をイオスとジャミルは見合わせている。

 この二人の異常なほどの仲の良さは、ゲームをやっているから知っている。何せこの二人だけ個別ルートがなく、ヒロインを交えて三人で仲良くなりましょうというエンドになるほどなのだ。

 逆にバッドエンドだとジャミルだけが死んでしまい、それを悲しむあまりイオスが抜け殻になるというもの凄く後味の悪いエンディングになるのである。


 そしてそんな展開は、もちろんごめんだ。


「俺はお前らを殺す気はない。傷つけるのだって嫌だ。だから刃を収めてくれないか」


 俺の言葉に、二人が「どうする?」「どうしよう」とこそこそ相談を始める。

 その相談は長引きそうだったので、俺はそっとギーザの隣に移動した。


 すると心配そうな顔で、彼女が俺の腕にそっと触れた。


「身体、大丈夫?」

「ああ、なんともないよ」

「そうは全然見えないんだけど……」


 確かに見かけは、今なお大問題である。


「なんかこう、悪魔の意思が目覚めそうとか……そういう気配あったりしない?」

「いやぜんぜん? ただちょっと、腹減ったなぁとかは思うけど」

「それってつまり、人間を食べたいとか……」

「いや、ケーキ食いてぇ」


 悪魔の力を使うと、身体が一番欲するのは生き血ではなく糖分らしい。


「でもこの姿じゃケーキは買いに行けないし、ずっとこのままだったら困るなぁ」

「ちょっと暢気すぎない? 下手したら一生外を歩けないかもしれないのよ?」

「いや別に外を歩けなくてもいいけど……」


 と思ってから、俺はふと気づく。


「ああでも、ギーザとデート出来ないのは嫌だな」


 途端に、ギーザが真っ赤になって顔を逸らす。


「そんなしょうもないこと、考えてる場合じゃないから!」

「しょうもなくない。だって俺、男としかデートしてないんだぞ?」


 その上、行く度に誰かしらに命を狙われるという物騒なイベントばかりが起きている。


「ギーザと、デートしたかった」

「私はヒロインでも攻略キャラでもないわ」

「俺にとってはヒロインだって言っただろ?」


 自然と、俺はギーザの頬を撫でていた。

 悪魔になっても、指先から伝わる暖かさは変わりない。それにほっとしたが、もしかしたらギーザの方は不快かと思い、慌てて指を離す。


「……別に、やめなくていい」


 けれどギーザは、そう言って俺の手を握りしめてくれた。


「でも、気持ち悪くないか?」

「そんなことない。少し硬くて冷たいけど、なで方が一緒だし嫌いじゃない」

「本当に?」

「こんな嘘つかないわよ」


 そう言うならと、俺はもう一度ギーザの頬を撫でる。


「いつかこうやって、君の頬についたケーキのクリームを拭いたい」

「私そんな意地汚くないし、クリームなんてつけない」

「でも前世では、良く口に食べかすついてたし」

「あ、あのことは病気で手が震えていただけ! 今は綺麗に食べられるし」

「男のロマンなのに」

「そんなロマン捨てて!」


 ムキになって怒るギーザが可愛くて、俺はつい汚れてもいないのに唇を指先で撫でてしまう。

 それにギーザが真っ赤になって硬直した直後、双子の気配がすぐ側までやってくる。


「いちゃいちゃしてる、悪魔なのに」「いちゃいちゃしてる、おっさんなのに」


 そのままじぃっと見られるとさすがに気恥ずかしくて、俺は慌ててギーザから手を離した。


「悪魔だって、好きな相手とはイチャイチャしたいときもある」

「悪魔なのに?」「悪魔のくせに?」

「そもそも俺は元から悪魔だった訳じゃないし」


 俺が言うと、イオスとジャミルはようやく俺の言葉に耳を傾ける気になったらしい。

 話してみろと言いたげな視線に、俺はギーザと共に自分たちの境遇を告げる。

 さすがに前世云々の話はしなかったが、ギーザが「嘘だと思うなら、私の父に話を聞くといい」と言えばようやく二人は事情を呑み込んだようだ。


「事情は」「わかった」

「なら、見逃してくれるか?」

「それは」「無理」

「なんでだよ、ここは心かよわせるシーンだろ!」


 何だったらスチルがあっても良いくらいだろと思うが、二人は一緒に首を横に振る。


「見逃したくても」「無理」

「無理ってどういうことだ?」

「仲間はもういる」「仲間の気配がする」


 二人がそう言った直後、突然空気が重くなる。

 それが凄まじい量の魔力だと気づいた瞬間、何の前触れもなく建物の壁が燃え上がった。


「アシュレイ、これ……」

「まずい、誰かの魔法だ……!」


 炎は生き物のようにのたうち回り、壁や天井を移動していく。

 そして辺りは、あっという間に火の海に包まれていた。 

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