第11話:騎士は前世の思い出に浸る


 やはり俺はもう、人間ではないらしい。

 有り金をはたき、ワインの樽を三つも飲み干したのにまったく酔えない。

 ワインの他にビールやウイスキーをがぶ飲みし、馴染みの店をすっからかんにしたのにほんの少しも酔えず、結局俺は焦心のまま早朝の商業区をフラフラと歩いていた。


 こうして夜の街を歩いていると、ふと思い出すのは前世で嫁に会ったときのことだった。

 あのときの俺は酔っていたが、気分が最悪だったのは同じだ。

 散々バーをはしごし、とある病院のベンチで酔い潰れていたとき、俺は彼女に出会ったのだ。


『すごい、寝顔が私の推しキャラにそっくり』


 そのときはまだオタク知識が何もなかったので、嫁の言っていることが何もわからなかった。

 でも自分の顔を見て幸せそうにしている彼女を見た瞬間、年甲斐もなく胸が高鳴ったのだ。


『あっ、起きても超似てる』

『……なら、いくらでも見てくれ』

『えっ、いいの? っていうか、見てもいいならスケッチとかしても良い?』

『別に構わない』

『おじさん、実は天使?』

『こんな面の天使はいないだろう』


 真面目に返すと、彼女は声を上げて笑った。

 その声も可愛くて、俺はこの子の笑い声をずっと聞いていたいと思ったのだ。


 でもそれは叶わないと、そのあとすぐに知った。

 彼女は癌で、余命幾ばくもなかった。

 ならせめて最後の笑顔は俺が見たい。最後まで俺が笑わせたい。

 そう思った俺は、彼女の病室に入り浸るようになり、そしてあの約束を取り付けたのだ。


『恋愛ゲームが好きだって事は、現実でも恋愛や結婚願望はあるのか?』

『うーん、私は夢女子じゃないからなぁ』

『いや、三次元的な意味でだよ。生きている男と、結婚したいとかない?』

『正直あんまりだけど、お母さんとお父さんに花嫁衣装は見せたげたかったなとは思う』

『……なら、俺と結婚しないか?』


 我ながら強引な求婚だったと思う。でも彼女は三秒ほど悩み、それから俺の顔を見て小さく頷いた。


『推しのタキシード姿が見れると思うと断然有りだわ!!! 写真は? 写真撮り放題??』

『撮り放題だ』

『お色直しで、コスも有り?』

『君が、望む物を着よう』

『じゃあする!!!』


 そのときに見せてくれた笑顔は、それまで見た物の中で一番輝いていた。


『でも良いの? 私なんかと結婚して』

『実を言うと、俺もここに爆弾があってね』


 そう言って、俺は頭部のCT画像を思い出しながら頭の一点をつつく。


『君よりは生きられるけど、長くないんだ。そのせいでまあ、親にも婚約者にも用無し認定されちゃって……』

『用無し認定って、そんなことあるの?』

『うん。俺は家族にとってはATMなんだよね。でも壊れたから、もういらないって』

『じゃあ私が貰ってもいいの?』


 むしろ貰って欲しかった。

 彼女に必要とされたかった。

 そしてその代わりに、一番近くで彼女の笑顔が見たかったのだ。


『壊れたATMで良ければ』

『今日からは壊れたATMじゃなくて、私の旦那でしょ?』

『じゃあ君のことも、妻とか嫁って呼んで言い?』

『嫁ってしょっちゅう使う単語のはずなのに、いざ呼ばれると恥ずかしいね』


 そう言ってはにかんだあの顔を、多分俺は一生忘れないと誓った。

 そしてその誓いは、死んだあとも生きていた。


「つぎ死んだら、忘れられるんだろうか……」


 さすがに、もう思い出さずにすむだろうか。

 そんなことを思っていたせいか、俺は王都の中心を流れるノル川の袂まで来ていた。

 死のうと思ったわけではなかったが、人間は多分悲しくなると広い川や海に惹かれてしまうのだろう。


 それをぼんやり眺めているうちに日は昇り始める。

 それを更にぼんやり見ていると、今度はまた夜になった。一日ってこんなに早かっただろうかと思いつつ、俺はただひたすらぼんやりし続けている。

 十五年も眠っていたせいか、もしかしたら時間の感覚がくるっていたのかもしれない。


「お前、一体何してるんだ!!!!」


 そして血相を変えたギリアムに発見されて怒鳴られたのは、川を眺め始めてから一週間後のことだった。

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