第5話:騎士はお父様に認められる


 その後、悪魔の襲撃は一度もなく、馬車は無事別荘へとたどり着いた。

 ギーザの誕生日会も無事開かれ、始終ご機嫌なギーザに俺はニッコニコだった。

 唯一、カインとギーザが二人で踊る姿を見たときは不安になったが、まあ婚約者同士なので仕方がない。

 それに彼女と踊るには、まだ身長差がありすぎる。


「……アシュレイ、少し良いか?」


 不安を落ち着けるために壁際で一人酒を飲んでいると、ギリアムが渋い顔で声をかけてきた。


 また何かやらかしただろうかと悩んでいると、目で付いてこいと合図をされる。

 そのまま中庭に出たギリアムは、美しいバラ園までやってくると、そこでようやく歩みを止めた。


「セーネから聞いたが、お前一人で悪魔たちを追い払ったらしいな」

「ええ。襲われたからサクッと倒しました」

「サクッと倒せる数ではなかったと聞いたが?」

「倒す前に大半が逃げ出したので褒められるようなことは何も。正直、肩すかしを食らった気分ですし」


 今日まで頑張ってきたのになぁと思いつつワインをあおっていると、突然ギリアムが俺に深々と頭を下げた。


「妻と娘を助けてくれたこと、感謝する」


 まさかそこまでされるとは思っていなかったため、正直俺は戸惑った。


「ご、護衛なんですから、助けるのはあたり前でしょう」

「だがきっと、お前でなければ二人は無事では済まなかっただろう」


 まあ確かに、そこは否定できない。本来なら、悪魔の大群にセーネ様は殺されるはずだったのだ。


「もし妻たちが死んでいたら、俺はきっと……」

「そんな顔しないで下さい。生きてたんだからいいじゃないですか」

「しかし……」


 浮かない顔をする友を見ていられず、俺は昔のように彼の肩をバシッとたたく。


「無事だったならそれでいいだろ。それに今日はギーザの誕生日だし、硬いこと考えずに笑ってろよ」


 気がつけば、俺はつい昔の口調で話しかけていた。

 もちろんすぐ我に返り謝ろうとしたが、ギリアムは咎めるどころか苦笑を浮かべながら俺を見つめる。


「……もう敬語はやめてほしいと言ったら迷惑か?」

「でも、お父様にため口は……」

「敬語をやめるなら、お前の父になる件はもう少し前向きに考えてやっても良い」

「わかったよ父さん!!」

「そこはギリアムと呼べ」


 父さんは気持ち悪いと言い放たれ、俺は久しぶりに友の名前を呼ぶ。

 するとギリアムは満足げに頷き、俺の肩をねぎらうように叩く。


 それを見た時、俺はふとギリアムがあの指輪をつけていないことに気づいた。


「なあ、お前形見の指輪どうしたんだ? いつもつけてただろう」

「……外したんだ。お前が悪魔たちから妻と娘を助けてくれたと報告を聞いたとき、何故だか外さなければと言う気がしてな」

「ちなみに指輪はどうした」

「書斎においてある。だがもうつけることはないだろう」


 そう告げるギリアムの決意は固そうで、ひとまずほっとする。多分彼は、悪役フラグを折ったのだ。


「あんな物、二度とつけるなよ」

「やけに気にするが、あの指輪に何かあるのか?」

「ちょっと嫌な感じがしただけだ。最近悪魔と戦うことが多くなったせいか、あの手の物を見ると気になってな」

「おい待て、あれは悪魔に関係する物なのか?」


 ギリアムの質問に、俺は言葉に困る。

 あれがまずい物だと教えるのは今だと言う気がしたが、前世の話を上手く誤魔化しつつ伝えられるかと言われると自信がない。

 だが万が一ギリアムが再び指輪をつけることになれば、それこそ問題だろう。


「教えても良いけど、俺のこと変人扱いするなよ」

「安心しろ。もう十分変人で変態だと思っている」


 親友の失礼すぎる断言に傷つきつつも、俺は決意を固めた。

 だが真実を話そうとしたとき、俺は再び悪魔の気配を感じた。それも昼間の物とは比べものにならない強く禍々しい気配だ。


 同じものをギリアムも感じたのか、俺たちは視線を合わせると直ぐさま駆け出す。

 テラスからサロンに戻った俺たちは急いで廊下へと飛び出し、二回の奥にある書斎へと向かう。


「……ギーザ!!」


 俺より先に部屋に駆け込んだギリアムの叫び声に、俺はとっさに銃を引き抜く。

 書斎の中央にぐったりと倒れたギーザを見つめていたのは、禍々しい姿の悪魔だった。

 悪魔は銃に戦き後退したが、昼間の奴らと違って逃げたりはしない。


「ギーザに何をした!」

 

 小さな身体を抱き上げながら銃を向ければ、悪魔はにたりと笑った。


『彼女が我を呼んだのだ』


 細く歪んだ悪魔の指が、ギーザの手元を指し示す。

 見れば彼女はあの指輪をつけていた。それに気づいたギリアムがはずそうと腕を伸ばすが、それより先に俺が指輪を奪い取る。

 もう二度と、彼にこれを触らせたくなかったからだ。


『ああ、お前の方が……良く馴染む……』


 だがそれは間違いだったと、すぐに気づく。


『お前は……我々にとても近いな』


 気がつけば目の前の悪魔は消えていた。

 そして悪魔の声は、俺の口からこぼれていた。


『その血に……我々の欠片が混じっている』


 勝手に動くのは口だけではなかった。俺の腕が勝手に銃を落とし、あの指輪を右手の中指にゆっくりとはめていく。

 まずいと思ったが、もはや自由はきかなかった。


「アシュレイよせ!!」

『もう遅い。私は……こちらが気に入った……』


 探るように手のひらが頬を滑る。自分の手のひらなのに、まるで他人に触られるような不快さに吐き気がした。


『この身体があれば、我が悲願は容易くなせるだろう。あぁ、何という心地よさ……何という快感! はやく、心までも喰らい尽くしてしまいたい』


――ふざけるな!!


 自分の言葉に、心の中で吐き捨てる。


『おや、まだ抵抗するか?』


 せせら笑う声に、激しい怒りが芽生える。

 ようやくお父様公認になりそうなのに、こんなところで悪魔なんかに身体と心をくれてやるつもりなど毛頭ない。

 それにこいつを放っておけば、ギーザやギリアムに確実に牙を剥く。

 それだけは、絶対に許せなかった。


「俺の心は全部、嫁にやるって決めてるんだよ!!」


 激しい怒りと、ギーザたちを守るのだという決意が俺に力を与えた。

 声が戻ると同時に、身体の主導権を俺は無理矢理取り戻す。


『貴様……我を拒絶……できるのか……』

「勝手に喋るんじゃねぇ! ひとり芝居みたいでキモいだろうが!! 俺はいっこく堂さんじゃねぇぞ!」


『い……いっこく?』


 俺の前世ネタで動揺したのか、悪魔の意思が乱れる。

 その隙を突き、俺は指輪を外して放り投げた。

 そして銃を拾い上げ、俺は封魔の魔弾で指輪の宝石を打ち抜く。

 銃撃を食らっても指輪は壊れなかったが、悪魔の気配は魔弾の影響でかき消えた。


「……アシュレイ!」


 銃を下ろすと同時にその場に頽れた俺を、ギリアムが抱き支える。


「無事か?」

「俺より、ギーザを……」

「娘は無事だ。それよりお前、ひどい顔色だぞ」


 ギリアムの腕を借りて、俺はソファに横になる。

 たいしたことはしていないのに、身体が熱を持ち胸が苦しい。悪魔は追い出したはずなのに、何故だか身体の自由が先ほど以上にきかなかった。


「お前……あんなもんに取り憑かれて、良く何年も……平気でいたな……」

「お前こそ、良く無事で……」

「愛の……おかげ……だ……」


 もはや身体を動かすことは敵わなかったので、俺は視線だけをギーザに向ける。

 するとそこで、彼女がゆっくりと目を開けた。


「アシュ…レイ…?」

「良かっ…た。目が…覚めて…」


 でも今度は俺の方が睡魔にあらがえそうもない。


「俺も…踊りたかった…な……」


 そしてプレゼントも渡したかったと思ったが、意識をつなぎ止めておくことはそれ以上できなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る