第2話 意地悪したくなる

それから、、、二人はいつも一緒だった。王子としての予定が入っていない限り、ソフィーは男の子の格好をして毎日のように王城へ通った。淡い金髪に金色の瞳をもつ天使のような王子様と、黒檀色の髪にくりくりとした褐色の瞳をした小リスのような子爵家令息。


見た目は対照的な2人は、家庭教師からの勉強も、ダンスやマナーの授業も、剣や体術の訓練だって一緒だった。


ソフィーの両親も国王夫妻も、「まあ、子供だし様子をみていよう」ということで落ち着いていた。早々にソフィーの両親、シタン子爵夫妻は頭を床にのめり込む勢いでひざまずき、「実はフィーは双子の姉の方である」と、国王夫妻と宰相に打ち明けている。どこかのんびりしている国王は「そのうち、時期をみて本物のゼフィーと入れ替わればいいだろう」と言った。


しかし、、、王子の、フィーに対する「執着」は年々深くなるようだった。さらに、本物のゼフィーの方が、”姉と入れ替わって王子の友人になる”なんて想像するだけで緊張し、震えだすこと、また、フィーの前ではベルンが穏やかなので、王家にとっても何かと便利であるということから、なんだかんだと問題が後回しにされていた。


王子がもう少し、柔軟な人物だったら良かったのかもしれない。自分が納得出来ない意見は頑として受け付けず、過激に論破し切り捨ててしまうベルンは、フィーの前だけは穏やかで優しい王子様。周りの大人たちは王子を刺激するのを恐れ、徹底してソフィーを男の子として扱っているし、国王夫妻も「まだいいんじゃないの」なんて笑っている。


ソフィーが、あまり細かいことは気にしない性格であることも幸いした。ふたりとも口数が多い方ではなく、一緒にいても何も話さないことも普通である。お互い違う本を読みながらも、横でピッタリとくっついているような日常は心地よかった。


結局、王子ベルンとソフィーはそのまま10年間一緒にいたのだった。


とはいえ、ソフィーは数年前から、なんとなくベルンとの距離が近すぎるのではと思ってきた。体の変化も著しく、ソフィーは痩せてはいるものの、なんとなく丸っこくなってきたし、胸だって(ささやかであるが)変化してきた。


ベルンの方はぐんぐん身長が伸び、頭一つ分の身長差がある。さらに体つきもなんだかゴツゴツしてきた。同じように剣術も習っているのに、ベルンはメキメキと強くなり、一振り一振りに重みがあって、ソフィーはもはや勝てる気がしない。


仲のよい友人が、1人どんどん大人になっていくようで、焦りに近いものも感じていた。





「ベルン、あの、そろそろ手をつないで歩くのは、やめない?」


その日も図書室へ向とうと廊下に出た途端、いつものようにベルンがガシッと手をつないできた。昔なじみの侍従や女官にとってはもはや見慣れた光景だが、新任の近衛兵など、2人の「極端に近い距離感」を初めて目にする者は、ギョッギョッと二度見することもある。


今歩ている廊下はまだ王族の居住区画だからいいが、図書室が入っている建物は外部の者でも出入りができる。


ソフィーはやんわりと、手をつなぐのをやめるように提案した。


「どうして?」


相変わらずニコニコしながら王子はソフィーを見た。


「大きくなったら手をつないだらいけない理由でもあるの?」

「いや、いけないというわけではないんだ。でも、もう17才だし、そろそろベルンも婚約者様を決めなきゃいけない時期でしょ?」


そう、この国の貴族社会では、15才ほどで婚約者を決めるのは普通のことだ。シェルベルン王子と同じ年頃の娘を持つ貴族の関心が高いのは当然のことで。しかも見た目は金の髪と瞳を持つ天使のような王子様。自称『婚約者候補』なるものも現れるようになり、着飾った令嬢が用事もないのに王城をウロウロしはじめていた。


さすがに行政に関わる城の北側や王族の居住区域は立ち入ることは出来ないが、開かれた王室をアピールしているだけあって、身分を証明できる者であれば、ある程度の出入りは自由になっている。


もちろん、王城をウロウロしている令嬢達の目当ては美しい王子様。人前にめったに出ない王子様と話すことは叶わなくても、ひと目見るだけでもいい。

しかし、想像以上に王子様に出会うことはなく、途方にくれていた。


ところが、とうとう一部の令嬢が、”王子様は図書室には出入りしている”という情報をつかんで、待ち伏せするようになった。もちろん図書室内には一部立ち入り禁止区域はあるものの、多くの部分で開放されている。そして本好きのベルンとソフィーは小さい頃から毎日のように図書室へ通っているのだ。


そもそも、王都には王城の図書室よりも数倍立派な図書館がある。この図書室には本来、暇そうな大臣クラスの貴族や資料を集めに来た官僚くらいしか利用しておらず、ベルン達は自分たちの好きな本をリクエストしたりしながら、毎日気楽に通っていたのだ。


ベルンもソフィーも、そういった令嬢達の情報は把握していたが、今のところ大人しくしているので害はなかった。


それもあって、ソフィーは彼女たちに、王子と手をつないだ姿を見られることを心配しているのだ。もうすぐ王族の居住地区から出る。心臓が痛くなってきた。


ベルンは、ついだ手をさらに硬く握りしめながら、ソフィーの顔を覗き込んできた。


「フィーは嫌なの?僕と手をつなぐのが」

「嫌じゃないよ。でも、ほら、令嬢たちに勘違いされると困るでしょ?」

「何を勘違いするの?」


今日のベルンはしつこい。普段はもっと穏やかで、フィーを追い詰めるような言い方は決してしないのに、変にこだわっている。ソフィーは顔にカーっと血が上るのを感じてうつむいた。


「何って、僕らが、、、」

「僕らが?」


『出来ているように見える』とか。なんて言えない。そんなこと言えない。なんでだろう。わかんない。でも、そんなことベルンには言えない。


「なんてね!なんだか焼きリンゴみたいになっているよ!」


といってベルンはゆっくりと手を離した。


「行くよ」


といって、ベルンは先をどんどん歩いていく。ソフィーは一瞬固まっていたが、スーハーと深呼吸をして王子の後を追った。

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