第7話 シレトコの対決 前編

 のぶ君は、おじいちゃんとおばあちゃんが、ホッカイドウという大きな島に住んでいるので、毎年夏にホッカイドウへ行きます。今年は昨日チミケップ湖でフラメロとドウザンの湖上の対決を見て、先ほどはカミノコ池で困っているお姉さんを助けたのでした。


ウトロ


 さて、のぶ君達は、カミノコ池から、お父さんの運転で夜になってやっとシレトコの玄関口のウトロという町に到着しました。結構な長時間ドライブになったので、のぶ君もあっ君もすっかり寝ていたようです。

「のぶもあきも起きなさい。そろそろ着くわよ。」というお母さんの声でやっと眠りから覚めました。

お母さんも少し疲れたような顔をしています。少し車を山の上の方まで走らせて、やっと今晩の宿に着きました。受付でチェックインを済ませ、一同は部屋に入りました。

「今日は、疲れたわ〜、お腹すいたわね。早く晩御飯食べたいわね」

とお母さんが言いながら、何やらスマホをいじっています。

「早苗さん、もうすぐ、この宿まで来るって。もうちょっと待って、一緒にご飯食べましょう」

と言うと、お父さんも嬉しそうな顔をしています。

しばらく経って、早苗さんが受付に到着したようです。みんなで、受付に行って、再会を喜んで、レストランへ向かいました。

レストランへ向かう途中で、早苗さんがのぶ君とあっ君に、「さっきの続きを聞かせてね」とウインクして来ました。

のぶ君とあっ君は、内心、どう話したものかと、困っていますが、早苗さんはそんなことは気にせず、嬉しそうに歩いています。


バイキング


 レストランは、いつものようにバイキング形式で、お父さんにテーブルでお留守番してもらって、みんなはそれぞれ食べたいものを取りに散らばりました。

寿司、肉、魚、野菜、ホッカイドウの食が満載で、のぶ君もあっ君も何から食べればいいか分からないほどの豪華さに驚くばかりでした。

お母さんと早苗さんは、大はしゃぎで、次から次へとお皿を山盛りにして、お父さんが留守番をするテーブルを往復しています。

お母さんが、「のぶとあきもそれくらいにして、一旦テーブルへ戻って食べるわよ」と言って、皆でテーブルを囲みました。

テーブルの上は、お母さんと早苗さんの奮闘で、ほぼ全ての料理があるのではないかというくらい食べ物が山盛りになってます。

お父さんが、「ちょっとビール取ってくる」と言ってビールカウンターで何やら嬉しそうにビールを注文しています。そして、三つのグラスを抱えて戻っていました。

「これ、網走の流氷ビールだって。地元のビールで美味しそうだよ。

じゃ、早苗さんとの再会を祝して、乾杯!」とお父さんが言って、みなで乾杯をして、食べ始めました。のぶ君とあっ君はもちろん未成年なので乾杯といってもいつものジンジャーエールです。


出会い


 すると、どこからか「アダマール!」という声が聞こえたかと思うと、周りの大人達は動きを止めました。ただ、早苗さんを除いてですが。

フラメロが早苗さんが動きを止めないので驚いています。

「のぶ君、あっ君、また会えたね。ところで、このお嬢さんは?」

「フラメロ、紹介するよ。早苗さんというお姉さんで、カミノコ池でカミキリムシに襲われているところを助けてあげたんだけど、なぜか、僕らと同じで時間が止まらないみたいなんだ」

「あ!この妖精さんが、あのフラメロなのね!」と早苗さんが叫ぶと、

「初めまして。私、神城早苗です。ミヤザキ出身で、トウキョウで医学生をやってます。バイクでホッカイドウ一周をしてるんだけど、今日のぶ君とあっ君に助けられたんです。なんだか、秘密の技をもっているんでしょ?私も仲間に入れてほしいなぁ」

「こんにちは。ぼくの名前は、フラメロだよ。早苗さんですね。大人なのに僕が見えるというのは珍しいなぁ。ミヤザキから来たんですね。ということは、タ...、まぁいいや。えっと、じゃ、僕の話を一緒に聞いてよ」

「うぁー、楽しみ。聞くわ、聞くわ」と早苗さんはがぜん身を乗り出してフラメロの前に陣取りました。

すると、フラメロが少し真剣な顔で話始めました。


 ドウザンという悪の妖精が硫黄山で生まれたいきさつ。

どうやら、悪のエネルギーを浴びて、自分一人でホッカイドウの守護妖精になったと勘違いしていること。

そのため、ホッカイドウの虫達を操って各地でフラメロ達守護妖精の邪魔をしていること。

今、どうやら、シレトコ半島の突端にある要石を手に入れようとしているらしいこと。

フラメロ達妖精軍団が続々と今シレトコに集まって、ドウザンを説得しようとしていること。

その説得に、のぶ君とあっ君にも来てほしいこと。


「あの、ドウザンって、そういう悪の心に染まった妖精だったのか。でも、僕とあっ君に何ができるんだい?僕らの水鉄砲やスリングショットでは相手にならないしなぁ。」

「のぶ君とあっ君には戦ってほしいんじゃないんだ。ニンゲンにもきれいな心でホッカイドウを守りたいと思っている人達がいることをドウザンに知らせたいんだよ。」

「そうよ。のぶ君とあっ君のように素直な子供の心を知れば、そのドウザンとかいう悪い妖精も、心を入れ替えるんじゃない?私も自然を守ることには情熱持ってるわ。私も一緒に行って説得してあげる」と早苗さんが意気込んでいます。

フラメロは、それには、特に返事をせず、

「おそらく、明日のどこかで、ドウザンとの対決になりそうなんだ。明日になったら、また、声をかけるよ。今日はゆっくり休んでいて」

というと、フラメロは「アダマール!」と叫んで見えなくなりました。


 すると、周りの大人達が一斉に動き出しました。

「これなのね!」と早苗さんが興奮気味です。

「あら、早苗さん、どれなの?」とお母さんが変な返しをしたところで、

「あ、これです、これ。私が絶対食べたいもの」と早苗さんがいくら丼を食べ始めました。

そして、ちらっと、のぶ君とあっ君を見て、「明日が楽しみね。いっぱい食べましょう」とウインクしました。

お母さんが、「そうそう、明日も楽しみよ。明日は、シレトコ遊覧船に乗るのよ。船からクマとか見れるんですって。それと、シレトコ五湖にも行くのよ。そこでもクマに会えるかも。スリル満点ねー」

と、明日の話をしていると、お父さんは、車の運転が長かっただけに疲れたのか、ビールと食べ物でお腹一杯で、ウトウトし始めました。


遊覧船


 一夜明けて、今日は最初に遊覧船に乗って知床半島を海から見ることになっています。遊覧船の近くの駐車場に車を停めて、お父さんが、まだ出発まで時間があるから、ちょっと面白いもの見に行こうと言い出して、遊覧船とは別の方向に歩き出しました。しばらく歩いていると、お父さんが、

「ほら、あそこにゴジラがいるぞ!」と指を差して叫んでいます。

のぶ君とあっ君もその指の指す先を見ると、不思議な岩が立っているのですが、よく見ると、確かにゴジラに見えます。

「お父さん、ほんとだ、ゴジラがいるね!」とあっ君が喜んでます。

お父さんもあっ君が喜んでくれたので気分が良くなって、じゃぁ、遊覧船に行こうとまた今来た道を逆戻りして、遊覧船乗り場に向かいました。


 遊覧船乗り場に行くと、早苗さんが待ってました。

「今日もご一緒させてくださいね」

「もちろんよ。嬉しいわ。よろしくね」

のぶ君とあっ君と早苗さんは、いつフラメロが出てくるかと、少し緊張しています。

「あっ君、水鉄砲とスリングショット持ってきたよね?」

「うん、ちゃんと持ってるよ。いつフラメロが来ても大丈夫だよ」


 遊覧船に乗って、知床半島とオホーツクの海の雄大な姿を眺めてしばらくすると、船内放送がシレトコ半島の先端が右手に見えてきたと案内しています。

のぶ君とあっ君と早苗さんは、あそこでドウザンとフラメロ達の対決が行われているのかと、目を凝らして見てみましたが、何もそれらしいものは見えません。


対決


 ところが、そのシレトコ半島の先端では、ドウザンとフラメロ達の対決が始まったところでした。

「ドウザン、その要石をどうするつもりだ」

「フラメロよ。お前なら分かるだろう。これを持って行って、フラノに俺様の聖地を作るのさ。この石のパワーで、俺の力ももっと強くなる。ニンゲンどもを排除することもいよいよできるようになるさ。お前達も俺の部下にならないか?」

「何を言うか。その石を持って行ったって、お前にはその石の力を正しく使うことはできない。ホッカイドウのバランスを壊すのは止めるんだ」

「それはやってみなければ分からないだろう。おまえたち、俺を止めることができるかな?」

と言うと、ドウザンは妖精達を攻撃し始めました。

妖精達は一斉に防御の姿勢で対応します。

この対決はもちろん妖精達の次元で行われているので、船上からはニンゲンには見えないのです。


遊覧船 再び


 のぶ君達を乗せた遊覧船はシレトコ半島の突端でUターンして、港へ戻り始めました。

早苗さんがのぶ君とあっ君の側へ寄ってきて、「何も見えなかったわね。あそこで、戦ってるんでしょう?」

「うん、そうだと思うけど、僕も何も見えなかった」とあっ君が答えました。

のぶ君は、「多分、あそこで戦ってるんだろうけど、僕らには見えないんだと思う」と言って、すぐそばにいるのにフラメロに加勢できないのがじれったく思うのでした。


 船上でシレトコの海の気持ちの良い潮風を受けて、みんなはいつしかウトウトしていました。そうこうしているうちに、遊覧船は、朝乗り込んだ港に戻ってきました。早苗さんはバイクで、のぶ君達は、近くの駐車場に停めていたお父さんの車に乗り込んで、次は、シレトコ五湖に到着しました。


対決 続き


 シレトコ半島の突端のシレトコ岬では、ドウザンとフラメロ達の対決が続いています。

ドウザンが要石に手をかけようとすると、妖精達が皆で結界を張って、近づけないようにしていますが、それもいつまで続くか分かりません。

とうとう妖精達の力も及ばず、ドウザンが結界を破って要石に近づいて行きました。

すると、フラメロに、ホッカイドウの神の声が聞こえてきました。

「フラメロよ、今、のぶ君とあっ君ともう一人のお嬢さんがシレトコ五湖にいるようじゃ。彼らをここに連れてきなさい。」

その声を聞くと、フラメロはさっと姿を消しました。


シレトコ五湖


 シレトコ五湖には、高架木道と地上遊歩道があります。ヒグマが出ると、地上遊歩道は歩けないのですが、今日は大丈夫と言うことで、一行は地上遊歩道の方へ行くことになりました。ヒグマを警戒して、リュックには鈴を付けて歩きます。ツアーはガイドさんが先導してくれるので安心して歩けます。ツアーの一行はガイドさんの説明を聴きながら、周りを警戒して歩いて行きました。

 しばらく歩くと湖畔の道に出ました。のぶ君とあっ君が雄大な湖畔の風景に見惚れているとツアーの一行が先に進んで行くので追いつこうと早足で進みました。ふと気がつくと、早苗さんが少し離れた木々の開けたところにいます。

「のぶ君、あっ君、ここに変わったキノコが生えてるのよ。こっち来てごらん」と手招きしています。

のぶ君とあっ君がそちらへ行こうとした瞬間、早苗さんの背後に大きな黒いものが動きました。そうヒグマが出たのです。

のぶ君とあっ君は、びっくりして、声を出せず、ただただヒグマに指をさすことしかできません。

早苗さんも後の気配にようやく気が付きました。やっぱり声を出せず、ヒグマを見つめるだけです。

お父さんとお母さんもちょうどのぶ君達を探してその場に来て、ヒグマが早苗さんの後ろにいることに気がつきました。

お父さんとお母さんも恐怖でブルブル震えるだけで、「あぁ!」「えぇ!」という以外に声が出ません。

すると、そのヒグマの後ろから、アダマールという掛け声と同時にフラメロが出てきました。


「やぁ、のぶ君、あっ君、それと、お嬢さん、迎えに来たよ」

「いやねぇ、わたしの名前は早苗よ。ちゃんと覚えてね」

「これは、失礼、早苗さん。これから、僕と一緒にシレトコ半島の先まで一緒に来てくれるかな。ちょうど今ドウザンと対決しているんだけど、君たちの思いをぶつけて欲しいんだ」

「もちろんさ。待ってたよ」とのぶ君が答えると、フラメロが三人に羽のようなものを付けて、「それじゃ、行くよ」と言うとフラメロと3名は一気に中に舞い上がりました。

「これ、これ、これが楽しいんだよね」とあっ君がはしゃいでいます。

早苗さんも初めてとは思えないくらい上手に飛んでいるので、のぶ君はちょっと不思議に思いました。

しばらく飛んでいると、シレトコ岬の先端の草原が見えてきました。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る