第4話 ノボリベツの熱いぼうけん

 のぶ君は、おじいちゃんとおばあちゃんが、ホッカイドウという大きな島に住んでいるので、毎年夏にホッカイドウへ行きます。今年も、夏休みに、お父さん、お母さん、弟のあっ君と一緒にホッカイドウに来ています。3年前はフラノ、2年前はシャコタンで、フラメロと冒険をして、昨年は、オンネトーでフキノンと友達になれたので、今年も何かあるかもとドキドキしています。


ショウワ新山


 今年は、ノボリベツの温泉に行くことになりました。ただその前にお父さんの運転する車に乗って最初に着いたところは、ショウワ新山というところです。お父さんの話では、ここはショウワという時代(のぶ君やあっ君は生まれてません)に、畑が突然むくむくと隆起し出して、こんな大きな山になったそうで、去年のオンネトーの湯の滝と同じで、世界的にも珍しい地理的な奇跡の一つなんだと熱弁を始めました。そして普段は入山できないけど年に一度の公募で今日は入山できるんだぞと興奮しています。のぶ君は、途中でもうなんの話なのか分からないので、フラメロはどこかなぁと考えていたのでした。さて、ショウワ新山の駐車場に着いて、しばらく待っていると、今日の入山ツアーが始まりました。ガイドさんの後を付いてショウワ新山に登って行きます。あたりは、硫黄の匂いがする蒸気が立ち込めるところもあり、息をするのも大変でした。


 あっ君がふと下の方を見ていると、何かゆらゆら飛んでいるようなものが見えました。あっ君はてっきりフラメロが出てきたと思って、斜面を急いで走り降り始めました。のぶ君は、「あっ君、走ったらだめだよ」と声をかけましたが、すでに遅く、あっ君は「あれ、止まれない、どうしよー!」と叫んでいます。すると、お父さんがさっそうと高速で駆け降りてきて、あっ君を後ろから羽交絞めにして、足でブレーキをかけて、なんとか止めることができました。あっ君は、「怖かった」と泣いています。お父さんは「走って降りたらダメだと言っただろう。なんで走ったんだ!」とかなり怒っています。すると、あっ君が「だって、フラメロみたいなのが飛んでる気がしたんだもん」と大泣きしています。お父さんも「フラメロ???なんだそれ?」とわけが分からないという顔をして、「まぁ、いいから、もう絶対に走ったらダメだぞ」とあっ君にきつく言いました。


 のぶ君は、あっ君に怪我がなくほっとしましたが、あっ君がフラメロのようなのが飛んでいたというのが気になりました。あっ君にそっと聞いてみると、何か妖精のようなものが蒸気の中を飛んでいる様に見えたとのことでした。でもよく考えるとフラメロとは違う気がするということです。のぶ君は、昨年のオンネトーでは、あっ君が変な妖精に最初騙されたことがあったので、ここでも悪い妖精がいるのかもしれないと、気を引き締めることにしました。


ジゴク谷


 ショウワ新山を後にして、いよいよノボリベツに到着しました。最初に見るのは、ジゴク谷というところです。駐車場で車を降りて少し歩くと視界が開けてきて、谷全体を一望できました。そこは、ショウワ新山と同じで硫黄の匂いがして、草木はあまりなく、蒸気が所々吹き出しているところでした。あちこちに鬼のマスコットの絵もあるので、

「おにいちゃん、ここが地獄なの?鬼が出るの?」と、あっ君はちょっと怖がっている様です。

「ちょっと臭いけど、大丈夫だよ」とのぶ君はお兄ちゃんらしいところを見せたのでした。


 展望台から木道を通って谷の奥の方へ歩いて行きます。硫黄混じりの噴気が吹き出したり、時々ボコボコとお湯が湧き出す間欠泉があったり、臭いけど不思議な場所です。ちょっと下に降りて間欠泉を近くで見てみました。しばらくすると、そこからゴーとお湯が吹き出してきます。そして静かになって、またしばらくすると、ゴーとお湯が出てきました。のぶ君はこのお湯が吹き出す泉をとっても不思議そうに眺めて、どうしてこうなるんだろうと、あれこれ想像をふくらませました。


 さて、次はオオユ沼というところへ向かうようです。駐車場に戻って車に乗ってしばらく走っていると、オオユ沼というところに着きました。ここは底から温泉が沸いている沼(小さな湖)だそうで、表面からもいっぱい湯気が出ていて、幻想的な景色です。この沼からは、その温泉が川として流れ出ていて、その先には足湯ができる天然足湯というところがあると言うので、次にそこに向かいました。


天然足湯


 足湯ができるのはその温泉が流れている川の一画で、川沿いに座れるところが整備されていて、座って足を浸けることができます。川も浅いので、入って遊ぶこともできるので、すでに子供達が入って遊んでいます。のぶ君とあっ君も、さっそくお湯の川の中に入って遊び始めました。水鉄砲にお湯を入れて、バキューン、バキューンと、とっても楽しげです。しばらく遊んでいると、川の向こうの林の中にあっ君が何か見つけたようです。


「お兄ちゃん、あの木の向こうに何かいない?」

「え、どこ?」

「ほら、あの木の向こうだよ」

とあっ君が指差すところを見ると確かに何かいます。川から対岸側へ上がって、よーく見てみると、鬼のような生き物が数体集まっているように見えます。のぶ君は、一瞬怖くて顔が引きつりました。のぶ君とあっ君が少し近づいてそーっと様子を見ようとしたところ、その鬼のような生き物が一斉にのぶ君とあっ君の方をじろっと睨みつけました。二人は、恐ろしくて、ブルブルと震え上がってしまいました。

すると、「アダマール!」という声が聞こえてきて、周りの大人たちは動きを止めました。のぶ君とあっ君は、てっきりフラメロが助けにきてくれたと思いましたが、フラメロは現れません。むしろ、その怖い形相の鬼たちがどんどん近づいてきます。のぶ君とあっ君は、凍りついたように動けず、恐ろしくて目も開けられず、ただそこにいるだけでした。すると鬼の声が聞こえてきました。

「のぶ君とあっ君やね?」ととても優しい声です。

のぶ君は、そこで、シャコタンの海の御殿で鬼の妖精を見たことを思い出しました。フラメロが、鬼の顔の妖精で優しいものたちだと言っていたのです。そこで、のぶ君が目を開けると、目の前に鬼の顔があるので、一瞬ひるみましたが、その鬼は満面の笑み(といってもちょっと怖いですが)でのぶ君を見つめています。

「じぶんらのことは、フラメロから聞いとったんや。それに、シャコタンでちらっと会うたやん?」と鬼が言います。

フラメロという言葉を聞いて、あっ君も目を開けました。

「あ、もしかして、あのシャコタンの御殿で会った鬼の妖精さんですか?」とのぶ君が聞くと、

「そや、そや、思い出してくれた?嬉しいなぁ。わしの名前は、ノボリロや。鬼のような格好やけど、別に怖わないんやで。フラメロと同じホッカイドウの妖精や。よろしくな」

のぶ君は、その鬼の妖精がベタベタのカンサイ弁であることにもびっくりしながらも「うん。よろしく!」と答えました。

あっ君もやっとシャコタンで会った鬼の妖精だと気がついたようで、少し安心した顔になりました。


「こんな顔してるやろ。せやから、結構睨みを効かせることができるんや。とはいうてもニンゲンには見えへんから、もっぱら、クマさんやら、蜂さんやら、動物相手やけどな。君らニンゲンが勝手に山の中に入っていくやろ。すると、蜂の軍団や、迷子のクマちゃんに遭遇することがあるわけや。そんな時に、ワシらが出ていってやな、ちょっと蜂やクマさんたちを脅かして、いや、脅かすんやなくて、ちょっとお話してやな、ニンゲンに会わんようにしてるんやで。偉いやろ」

「そうだったんですね。いつもありがとうございます」

「というわけで、今日のぶ君とあっ君を見つけてやな、おりいって頼みがあるっちゅうわけや」

「え、頼みですか?」

「そや。実はな、今日は、ワシらの仲間が研修(けんしゅう)でフラノへ行っとってな、人手が足りへんねん。」

「え、『けんしゅう』?それなんですか?」

「あ、じぶん、まだ、『けんしゅう』って知らんのやな。『けんしゅう』ちゅうのはな、簡単に言うとな『勉強しに行く』っちゅうことやな」

「あ、勉強しにフラノに行ったんですね?」

「そうや。で、人手が足りへんっちゅう話やけどな。じぶん、ジゴク谷へ行ったやろ。そこにいっぱい『間欠泉』っちゅうお湯が時々吹き出すんがあったやろ。」

「はい、ありました。あれ、不思議ですね。どうして、ああなるんですか?」

「そやろ。不思議やろ。実はな、あれ、下に弁のようなもんがあってな、それを開けたり閉めたりしてるんは、ワシらなんや。」

「え、妖精さんたちがそんなことをしてるんですか!」

「そやで。ワシらも結構大変なんや。で、さっきの人手が足りへんっちゅう話やけどな、じぶんらに手伝って欲しいんや」

「じぶんで手伝うというのはどういうことですか?ちょっと意味が分からないです」とのぶ君が言うと、

「ああ、じぶん、カンサイ弁の『じぶん』って知らんのやな。カンサイ弁では『じぶん』言うたらな、『あなた』、英語で言うたら『You』の意味やな」

「え、相手のこと『じぶん』て言うんですか!知らなかったです。」

「まぁ、覚えとき。で、人手不足の話や。ちょっと、一時間くらい、一緒に来て、間欠泉の弁の開け閉めをやって欲しいねん。ちょうど動いてない間欠泉が二つあってな。せめて一時間くらい動かさんと、観光客のみなさまに悪いやろ。」

「まぁ、そうですね」とのぶ君はなんだかよく分からないけど、ひとまず相槌を打っておきました。

「じゃ、決まりやな。ほな、これ着てもらおうか」とノボリロが何やら白っぽい宇宙服のようなものを出してきました。

「これから行くところは、地底でお湯が出る熱いところや。せやから、じぶんらにも、これを着てもらう必要があるんや。これは、イカスーツ言うてな、あのシャコタンで対決したイカくん達が、後で改心して、これを作ってくれたんや。ちょっとぬるぬるするけどな、熱を弾いて熱くないし、ちゃんと息もできる、万能スーツやな。高こう売れそうや、は、は、は」とノボリロは、一人で喋りまくります。

「君らはちょっとでかいから、少し小そなってもらうわ」とノボリロが杖のようなものをふると、フラノの時のように、のぶ君とあっ君の体は大部小さくなってイカスーツと同じくらいになりました。そして、のぶ君とあっ君は、そのイカスーツとやらに体を入れてみました。すると、体全体を包み込むように密着してきます。最初、ちょっと息苦しかったけど、すぐに慣れました。鬼の妖精達もそのイカスーツを着込んでいます。


「ほな、出発しようか。まずは、あの足湯の川に潜ってみて。」とノボリロが言います。鬼の妖精達が我先にと入って行きます。さっきまで一緒にいたお父さんとお母さんや他の観光客の人達も動きは止まったままです。その間をすり抜けて、イカスーツを着たのぶ君とあっ君は、足湯の川の中に入ってみました。白く濁った川なので、前が見えません。でも、イカスーツの目のところには、他のイカスーツを着たものたちと川の中の様子がぼんやりとながらも見えるようになっています。息もちゃんとできますし、イカスーツ間では普通に会話もできるようです。あっ君は結構面白がっていて、「お兄ちゃん、聞こえる?これ、楽しいね。川の中を自由に動けるし」とご満悦のようです。そうこうしていると、ノボリロから、もう少し行くと左側にトンネルがあるから、そこに入るようにと言う指示がありました。前を泳ぐイカスーツの鬼の妖精達が次々と左側のトンネルに吸い込まれて行きます。のぶ君とあっ君もあとを付いてトンネルに入りました。しばらく泳いで行くと、大きなホールのようなところに出ました。ホールといっても全体が熱いお湯です。


ノボリロが「ここがジゴク谷の地下の湯溜ゆだまりやな。ここから上の間欠泉に向かって沢山の湯の道が続いてるんや。この湯溜の相当下に熱いマグマの先端があって、常に下から上に大量のお湯が供給されてくる。間欠泉は、ワシらが上の出口を塞いだり、塞ぐのを止めたするから、ああなってるちゅうわけや。」

のぶ君とあっ君は、そうだったのかとえらく感心して、ノボリロの話を聞いていました。

「ちゅうわけやから、のぶ君はあそこ、あっ君はあそこの湯の道を担当な。上に上がっていったら、出口の前で両手を壁について踏ん張ってくれ。このイカスーツを着てるとちょうど出口を塞ぐようになるんやな。そのうち、踏ん張れんようになったら、そのまま手を離してええんやで。そしたら、そのまま噴き上げられて間欠泉の上に出ることになるわけや。気持ちええで。まぁ、やってみんと分からんかもしれんけどな。まぁ、何事も経験や。きばってや。」

ノボリロはそう言うと、のぶ君とあっ君をそれぞれ担当の湯の道の下へ連れて行って、上に行く合図をしました。

のぶ君とあっ君はそれぞれ湯の道を上がって行きます。

「のぶ君、あっ君、どうや、そろそろ出口に近づいたやろ。出口の前で踏ん張ってみてや」

「うまくできるかな?踏ん張れなくなったら、噴き出されちゃうんでしょ?観光客にみられてもいいの?」とのぶ君が聞くと、

「大丈夫や。普通のニンゲンには見えへんから。それより、君ら、これ、楽しいと思うで。」

あっ君とのぶ君は、両手で壁を抑えて踏ん張ってみました。でも、あっ君はあっという間に踏ん張れなくなって、

「ああ、もうだめだ」と言うと

「うぉー」という叫び声に続けて、「ひゃっほー、気持ちいい!」という叫びも聞こえてきました。

のぶ君は、咄嗟とっさに状況を把握しました。そうか、手を離すと空中に飛び出てトランポリンのように飛べるんだなと気がついたのです。それじゃ、と言うことで、両手を離してみました。すると、下のお湯と一緒に空中に舞い上がります。いやーこれは気持ちいいとのぶ君も大興奮です。空中では、観光客が「おー」と言ったり、スマホで写真を撮ったりしているのが見えますが、やはり、観光客にはのぶ君とあっ君は見えてないようです。


 のぶ君とあっ君はその間欠泉のトランポリンを何度も何度も楽しみました。ノボリロものぶ君とあっ君が喜んでやってくれてるので、一安心という顔をしています。実は、ノボリロはフラメロからのぶ君とあっ君に冒険させてやって欲しいと前から頼まれていたので、約束を果たせて嬉しかったのでした。


 そろそろ結構な時間が経ったので、ノボリロが

「のぶ君、あっ君、そろそろ終わりにしようや。戻っておいで」と言うと、あっ君が

「えー、もう終わり?もっと遊びたい!」と駄々をこねています。

「せやかて、そろそろ、お父さんとお母さんのところに戻らなあかんやろ?」

「そうだった。あっ君、もう一回ジャンプしたら終わりにして、戻ろう」とのぶ君が言うと、二人とも最後のジャンプを力一杯楽しんだのでした。


「ノボリロ、これは凄く面白かった!連れてきてくれてありがとう!」とのぶ君がお礼を言うと、

「のぶ君とあっ君は、ホッカイドウの妖精達のヒーローやからな。なんでもしたるで!」

「え、そうなの。ありがとう!」

「ほな、そろそろ、さっきの足湯のところまで戻らなな」

と言うと、ノボリロは付いてこいという合図で先に泳ぎ始めました。のぶ君とあっ君は、ノボリロに付いて、ジゴク谷の下の湯溜からさっき来たトンネルを抜けて湯の川に戻りました。またしばらく泳いでいくと、天然足湯に到着です。のぶ君とあっ君は、川から出て、名残惜しそうにイカスーツを脱いで、ノボリロに返しました。

「じゃ、ここでお別れや。楽しんでもろたようで、よかったわ」

「うん、めっちゃ面白かったよ!」とあっ君が答えました。

「今度来ることがあったら、また手伝いたいな」とのぶ君が言うと、

「もちろんや。また来たら、呼んでや。また、手伝どうてもらうさかいな」とノボリロが笑います。

「ほな、そろそろ、時間を動かすで。あ、その前に、君らのサイズを元に戻さな、お父さんとお母さんが卒倒するな」と言うと、ノボリロが杖のようなものを振ると、のぶ君とあっ君は元の大きさに戻りました。

「じゃ、バイバイや。アダマール!」とノボリロが言うと、周りのニンゲン達が動き始めました。


「のぶくーん、あっくーん、だいぶ遊んだんじゃない。そろそろ、上がってきて」とお母さんの声が聞こえます。

のぶ君とあっ君は、めちゃくちゃ楽しいことしてきたので、素直に川から上がってきました。

あっ君は、まだ、興奮していて、「あー、もう一度ジャンプしたい!」と言っています。

「え、ジャンプ?ここでジャンプして遊んでたの?そうは見えなかったけど」とお母さんは不思議そうです。

「まぁ、いいわ。そろそろお腹も空いたでしょう。美味しいもの食べに行こう!」とお母さんは元気いっぱいです。

「うん!めっちゃお腹すいたから、美味しいものへGO!」とあっ君も大張り切りです。


 のぶ君とあっ君は、お父さんの車の中で、ひそひそ声で、さっきの冒険の話をしたのでした。


つづく

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