第十歩 デート2

 10


「わあーっ! このラクスプダックという料理、とても美味しいです! バターの甘さが鮭をまろやかに仕上げていて、ジャガイモもホクホクで。王城に戻ったら早速作ってもらいましょう」

「こっちのバカラーオってのも鱈がいい仕事してるぞ。アイリスも食ってみろよ」

《いいじゃないっすか、愛しのマイロード‼ 俺っちこないだの戦闘では、文字通り身体を張って姫っ子ちゃんの柔肌を守り抜いたんだぜ。ご褒美として、『もう一度合体してあげてもいいんだからね』ってツンデレ風に言ってくれるぐらいの役得があっても⁉︎》

「キミはもうちょっとマイルドに包み込めないの?」

 商店街の中心部。

 目に付いた料理を食べ歩きしながら、あたし達は何処へ行くでもなくぶらぶらと散策していた。

「それで有耶無耶になってたけど、どうしてイリスはこんなところにいるの? しかもアイギスと二人きりだなんて」

「実は、次回の国際会議の場所決めを我が国が担当する事になりまして、その候補としてこの諸島が挙がったのです。なので、実際に会議を執り行えるだけの設備があるのかを確認するべく、こうして現場調査に赴いたのですよ」

 そんな機密事項を一介の冒険者に話しちゃダメでしょう。

 我が国の王女様はまだまだ分別が足りないらしい。

「この街の代表の方とお会いするのは夕方からなのですが思いの外早く着いてしまい。宿で待っているのも退屈なので、クレアとレインに頼んで街まで降りようとしたのですが許してもらえず。なのでアイギスさんの助力を得て脱出しちゃいました!」

《俺とこの子って相性バッチリなんだよなー。自慢のマイボディと姫っ子ちゃんの身体能力をもってすれば、この世に超えられない壁は存在しないぜっ!》

 この子達は何を言ってるんだろう。

「おっ、流石は俺の妹だな、リアルを生きる力がだいぶついてきたじゃないか。お兄ちゃんは嬉しいぞ」

「ありがとうございますお兄様、もっと精進します」

「褒めちゃダメだよ、精進もしなくていいよ!」

 これ以上馬鹿な事を口走らない様に、そろそろ口止めをするなりした方が……。

《それより聞いてよご主人様あああっ‼ ボク、ご主人様の下を離れてからというもの、いけ好かないイケメンにストーキングされたり熊ちゃんに齧られたり温泉のオブジェに成り損ねたり散々な目に合ってきたの。だからそろそろ何かしらのご褒美を、せめて膝枕だけでもして欲しいなって》

「だああああっ! もう、お願いだから少しの間黙ってて!」

 ツッコミが追い付かない。

 助手君は妹さんの前ってことで変なテンションだしアイギスは平常運転だし。

 一番真面なはずのアイリスも誰かの影響を受けてどんどんやんちゃになってるし。

 いっそ開き直って放置しようかとも考えたが、ここで監視を怠れば周囲にどれだけの被害が出るか予測不可能なので責任放棄も出来ないというジレンマ。

 はあ、真面な話し相手が欲しい。

「クリスさん、随分とお疲れの様ですね。もしよろしければ、私のデザートを味見してみませんか? とっても美味しいので元気が出ますよ」

 心配してくれるのはありがたいけど、この子もあたしを疲弊させてる一因だって自覚はあるのかな。

「はは、ありがとう頂くよ。でも、そろそろ戻らないと本格的にそのクレアって人が心配するんじゃ……っ⁉ なにこれ美味しい! クレープに近いけど甘さと酸味のバランスが丁度いいね。これ、なんて食べ物?」

「ふふっ、喜んでもらえて嬉しいです。それはポンヌキョークルと言うそうですよ。意味はパンケーキだそうです」

 へー、こんな薄いパンケーキもあったんだ。

 もう一口齧ってみるが、やっぱり美味しい。

 優しい味わいが口の中にじわっと広がってきて、なんて幸せなんだろう。

《みろよブラザー、ご主人様のあのとろけそうな顔を! あたいもうぎゅっと抱きしめてそのままお家にゴーしたくなってきたんだけどいいよな?》

「いいわけねえだろ。だが分かる、分かるぞ。普段は活発系であんまり女の子っぽい事をしないお頭だからこそ、こういう時にポロっと見せるあの表情が堪らないんだよな」

《分かってるじゃないか、流石は俺のソウルメイト! あー、美少女ってどうしてあんなに可愛らしい仕草が出来るんだろうな。俺そろそろ本腰入れて研究しようかなって結構真剣に悩んでるんだよ》

 我慢だ、我慢するんだあたし。

 頭の悪い会話が展開してるけど、関わったらその時点で負けだ。

「そう言うクリスさんはどうしてお兄様と二人だけでここにいらっしゃるのですか? 随分と気合が入っておられるようですが」

 ……やっぱ女の子には分かっちゃうか。

「ま、まあちょっとした観光さ。魔王を倒したお礼をしたかったから、あたしのお気に入りの場所を案内してるんだよ。他の三人は残念ながら予定が合わなくってね」

 カズマ君を誘う時に使った建前がこんな所で役に立った。

 我ながら全く違和感がないし最適な返答が出来たのではないだろうか。

 内心の自信とは裏腹に、だがアイリスは顎に指をあてて首を傾げ。

「ララティーナはそうかもしれませんが、少なくともめぐみんさんは基本的に時間を持て余しているようにお見受けしたのですが」

「そそ、そうかな、めぐみんにだって予定が入る時ぐらいあるさ!」

 流石は王族、人の本質を捉える力が突出している。

 これはボロを出す前にサッサと話題を変えた方が……。

「ど、どうしたのイリス?」

 なんかすごいこっち見てきてるんですけど。

 何か思う所でもあるのだろうか。

 一人錯綜しているあたしに、どこか真剣な顔をしたアイリスが顔を寄せてきたその時。

「イリス様あああああ‼ やっと見つけましたよ!」

 白いスーツの上に白いコートを羽織った、男装の様な装いをした金髪の女性が通りの向こうから啼泣した。

「クレア、どうして来てしまったのですか。まだお迎えの時間には早いと思うのですが」

「どうしてもまだ早いもございません! そもそも外出だって、イリス様が我々を張り倒して行かれただけではありませんか!」

 そんな強引なマネをしていたのか、この子は。

「だって、クレアやレインからは許可してくれる気配を感じませんでしたもの。それに護衛としてアイギスさんにも随伴して頂きましたし問題ありませんよ」

「そちらの方がよっぽど危険ですよ! いや、そんな事より。確かあなたは以前めぐみん殿と共にいらっしゃった方ですよね、イリス様を保護して頂きありがとうございます。それにそちらの……カズマ殿⁉」

「おっ、随分な挨拶じゃないか白スーツ。ここで会ったのも何かの縁だ、折角だしいつかの礼をここで返させてくれよ」

《おうおう、見てくれが好みだから甘い顔してやってたが、今の発言は紳士で温厚なアイギスさんでもイラっときたな。ヘイ、ブラザー! 何をするつもりか知らねえが加勢するぜ》

「ひっ!」

 今頃気付いたらしく、クレアと呼ばれた女性はカズマ君を見るなり顔面蒼白させ服の裾を引っ張り、怯えたようにじりじりと距離を取り始めた。

 なんだろう、すごい既視感を感じる。

「二人共、あんまりその人を怖がらせちゃダメだよ。クレアさんって言ったっけ? あたしはクリス、イリスの友達です」

「あ、ああ、これはご丁寧に。私はイリス様の護衛を務めるクレアだ。クリス殿、この度の件については感謝致します。その、色々と……」

 言いながら、未だに唸り声をあげて牽制を続けるカズマ君とアイギスをチラチラ警戒するクレアさん。

 どれだけ二人からの制裁を恐れているのだろうか。

「い、いずれにせよ、もう数時間もすれば約束の時間です。さあ、イリス様、今頃レインも泣きながら対応に追われているでしょうし、我侭を言わずに帰りましょう」

「名残惜しいですけどこの辺が潮時ですね。思いがけずお兄様やクリスさんと相見えられましたし引き上げるとします。アイギスさん、行きましょう」

《悪いな嬢ちゃん、ここでお別れだ。俺は真のご主人様からご褒美を貰うまでここを離れる訳にはいかねえんだ。だが、きっと俺はまた戻って来る。それまでの間に精々、母ちゃんぐらい立派に育ってくれよ》

 えっ、アイギスってばあたし達に付いてくるつもりなの。

 そ、それは非常に困る。

「そ、そう言わずにさ、折角なんだしついてってあげなよ?」

《ファック! なんて殺生な事を言うんすかご主人様⁉ そんなやるだけやって飽きたからすぐバイバイみたいな素っ気ない態度、このアイギス許しまへんで!》

「人聞きの悪い事言わないでくれるかな⁉ そうじゃなくて……だから……ああ、分かった分かったよ! 今度何か一つ、キミのお願いを聞いてあげるから、今日の所はイリスについて行ってあげて!」

 口から出任せで言ったのだが、アイギスは愕然とした様子で数歩後ず去り。

《まっ、マジっすか……。マジでお願い聞いてもらえるんすね⁉ ヤッター、ご主人様からのサプライズだ‼ ああ、どんなことお願いしよっかなー! やっぱここは俺を着用してストレッチ……、いや、俺を抱き枕に添い寝……。いやいやいや、背中の流しっこにするべきか……? ううむ、俺をベッドに……はあはあ》

「うん、それはありえないけど善処するよ」

 何か取り返しのつかない約束をしてしまった気がしないでもないが、取り敢えずアイギスを丸め込むのには成功だ。

「それではクリス殿と……か、カズマ殿、私達はこれで。イリス様、ご挨拶を」

 クレアさんに促され、アイリスがタタッと近寄ってきた。

「お兄様、私はこの街の大通りに面したホテルに滞在しておりますので、お時間御座いましたら遊びに来て下さい」

「おう、今晩にでも行く事にするわ」

「イリス様、何を仰っているんですか⁉」

 絶叫するクレアさんなど目もくれず、

「そしてクリスさん……」

 先程までとは異なり、いたく真剣な眼差しでこちらを見据えたアイリスは、ビシッと指を突き付けて――


「絶対に負けませんから!」


 周囲の皆がキョトンとする中、アイリスは自信たっぷりにそう宣言して来た。

 …………。

「うん、お互い悔いが残らないようにしようね」

 お返しとばかりに、あたしも堂々と言い返してやる。

 あたしの言葉にアイリスはクスッと笑い、クレアさんとアイギスを引き連れそのまま歩き去って行った。

「嵐みたいにいなくなったね」

「だな。でも俺としては、久しぶりにアイリスに会えたから満足だ。まあ、アイギスが付いて来てるのは予想外だったけど」

「本当にマイペースだよね、あの子。モンスターが弱体化したとはいえ、本当はもっと力を貸して欲しいんだけどな」

 あの子はもう誰にも止められる気がしない。

 自立型にしたのがそもそもの間違いだったのではと考えない日はないが、あれで最上級の神器に分類されるので捨て置く訳にも行かないのだ。

「さてと、丁度いい頃合いだしあたし達もホテルに移動しようか」

「えっ、もう行くのか? 日が沈むまで後三時間はかかると思うけど」

 空を見上げ日の入りまでの時間を予想するカズマ君に、

「服屋のお爺さんに頂いたチケットのホテルはここから離れていてね、これぐらいの時間に出発しないと着く頃には真っ暗になるのさ」

「どんだけ遠いんだよ」

 宿までに三時間かかると言われれば、確かにこういう反応にもなるだろう。

 彼みたいに、高い技術力のある世界出身の人なら猶更だ。

 あたしは周囲の立地をざっと確認してから、ある一方を指さした。

「あそこに三つの頂があるでしょ。ほら、あの所々岩肌が剥き出しになってる箇所。あの頂が合流した辺りにある建造物が今日の宿舎だよ」

「どれどれ、『千里眼』っと……。げっ、マジで遠いじゃねえか! なあ、もうここら辺の宿で良くないか?」

「何言ってるの、あそこに辿り着くまでの山道がアンドール一番の観光コースなんだよ。島をぐるっと回り込んでいくから景色が絶え間なく変化するし、絶景スポットも盛り沢山なんだから!」

 既にげんなりとしているカズマ君だけど、これを聞いたら少しはやる気を出してくれるんじゃないだろうか。

「それにあの宿は貴族御用達の高級ホテルでね、あたし達みたいな冒険者が泊れる機会なんて一生に一回あるかないかぐらいだよ」

「俺は金持ってるから行こうと思えばいつでもいけるけどな」

 …………。

 そうだった、この人は今や国有数の大金持ちなんだった!

「あっ、でも貴族御用達って言うぐらいならいっそこのチケットを転売してやれば」

「ダメだよ、ダメに決まってるじゃん! キミは人の厚意を何だと思ってるの⁉ もう、その紹介状はあたしが預かります!」

 人の風上にも置けない金の亡者から招待券を奪おうと腕を伸ばす。

 しかし貪婪男はサッと後ろに飛び退き楽しそうに笑った。

「冗談ですって。俺だってあの爺ちゃんは気に入りましたからね、無碍にする様な事はしませんよ。それじゃあ、早速行きましょうか!」

「キミが言うと冗談に聞こえないんだよ」

 溜息混じりに文句を言いながらも、あたしは目的地に到達するべく、観光コースの入口へと足を向けた。


 11


 ホテルに着くまでの道すがら。

 雪が積もりつつもしっかりと舗装された道を踏み締め、あたし達はトレッキングを存分に楽しんだ。


 それはこの土地きっての癒し処で。

「――見て見て助手君! あそこから湯気が立ち込めてるよ。何でもこの諸島の下にはマントルがあって、その熱源を使った露天風呂が開かれてるんだって!」

「山中にある温泉ってことはそれつまり混浴ってことですよね。よしっ。お頭、一緒にひと風呂浴びていきましょう!」

「い、いかないよ!」


 それは白一色に染まった雪原で。

「――お頭お頭、あれなんて鳥ですか? すっげえ凝視されてる気がするんですけど」

「おっ、あれはムナジロヤマガラスだね。この島の固有種で心が澄み切ってる人の前にしか現れない幻の鳥だよ。原住民の人も殆ど見た事がないんだって」

「おっ、近づいてきたな。ほーら、こっち来いよ。こっち……すげー懐かれてますね、エリス様。俺もちょっと触って……うわっ、こいつ唾吐きかけてきやがった⁉」


 それはぽっかり抉れた地形を渡る吊り橋で。

「――おおっ、これがフィヨルドか初めて見た! これぞ正しく自然による芸術、氷河が齎した彫刻!」

「何言ってるの、フィー・ヨルドは氷河が削った物なんかじゃないよ。大昔この辺りに住んでいた大河の妖精フィーと地の大精霊ヨルドが大喧嘩をした時に出来た、いうなれば負の遺産だよ」

「なめんな」


 多種多様な自然の歓待を受けた末に。

「後ちょっとでゴールだね……っ⁉ くっ、眩しい!」

 突然の眩い光に思わず目元を庇うも直ぐに慣れ。

 腕を下ろして、最後の数歩を駆け上がった――


「…………」


 世界が紅い。

 眼下には朱色に染まったアンドールの街並みが広がり、その中を人々が行き来する様子が伺える。

 茜色の空を纏った、白金に燦爛した峰々はそんな人々の営みを優しく見守っており。

 河口に接地した深紅の宝玉を、暖かな海が徐々に飲み込んでいく。

「ぜえ、ぜえ……や、やっと着いた。やっぱ基本的にインドア派な俺がこんなとこまで来るべきじゃ……っ!」

 薄暮は紫へと姿を変え、東の果てより安らぎの刻を連れてくる。

 揺らぐ宝玉はじりじりと身を潜めていき、遂にはその姿を消してしまった。

 だが、この場を離れようという気持は少しも沸いてこない。

 感動の余韻に身を委ね、あたしはその場で立ち尽く……。

「……⁉ お、おいクリス、大丈夫か?」

 ズサッと数歩後退ったあたしに、カズマ君が慌てたように駆け寄って来た。

「あ、ああうん、全然平気。ここからの景色があんまりにも綺麗だったから、ちょっと力抜けちゃって」

「そうか、ならいいんだけど。しかし、ここまでの絶景が見られるとか予想外だったわ。世界屈指の観光地の名は伊達じゃねえな。そんじゃ、早く宿に入ろうぜ。日も落ちた事だし、あんまり外にでっぱなしだと体が冷えるからな」

「と言っても、もう目と鼻の先だけどね」

 ついさっきまでは僅かに日差しが残っていたのだが、話している間に完全に地平線の先へ沈んだらしい。

 慌てて視線を逸らすカズマ君は不審に思うが、麓から駆け昇ってきた冷気が体温をどんどん奪ってくるので早く移動した方が賢明だ。

 尾根を歩いて三十秒。

 一つ目の頂をぐるっと回り込んだ所で本日の宿泊施設に到着した。

 貴族が来るだけあって、外装からしてかなり華やかだ。

 玄関にある二枚扉はあたしの背丈の倍以上はあるだろうか。

 と、あたしが押し開けようとする前に内側から扉が開かれた。

「いらっしゃいませ、クリス様、サトウカズマ様。本日は遠い所をようこそお越し下さいました」

 ドアを開けてくれた、モーニング服をピシッと着こなした中年の男性はあたし達と目が合うや貴族流の完璧なお辞儀で出迎えてくれた。

 どうしてあたし達の名前を知っているのかと思ったが、どうやら服屋のお爺さんが事前に連絡を入れてくれていたらしい。

 部屋に荷物を置いたら、食事の前に温泉を頂くことに。

 なんでもここの温泉は、腰痛・肩凝り・疲労回復・美容効果など、諸々の効能があるのだとか。

 ちょっと熱めのお湯に浸かりながら見る雪景色は壮観だったなあ。

 そして――


「すまんクリス、待たせた……っ⁉」

「気にしてないよ。もともとゆっくり浸かるように言ったのはあたしなんだからさ」

 夕食の会場前。

 ジャージ姿のカズマ君は、壁に背を預けぼんやり待っていたあたしの服装に心底驚いたようだ。

「クリス、それって……」

「う、うん。折角キミがあたしの為に作ってくれたんだし、こんな時ぐらいは着てみようかと思ってね。ど、どう、かな?」

 スカートの丈が短くて内心気が気でないが、彼が悦んでくれるならばとクローゼットの中から引っ張り出してきたのだ。

 沈んだ青みがかった緑色のワンピース姿にカズマ君は暫く呆然としてから。

「やっぱり俺の見立ては間違ってなかったな、相変わらずすっごい可愛いですよ」

「あ、ありがとう。でも、人前ではあんまり言わないで欲しいかな、何だか照れるし」

「じゃあ、なんて言ってほしい?」

 そうだね……。

「かわいい、かな?」

「クリスは情緒不安定なのか」

「乙女心はそう言うものなの」

「いっちょんわからん」

 ワザとらしいその言い草に、あたし達はクスクスと笑いあった。

 流石は日本出身なだけはある。

「それじゃあ、入ろっか。当然キミはエスコートしてくれるんだよね?」

「も、もももちろん、任せとけ。俺がただ王城でダラダラ過ごしていた訳じゃないって所を見せてやる!」

 声裏返ってるけどね。

 カズマ君はバッと背中を向けたかと思うと頭を抱えて何やらブツブツと呟き始め。

「どうぞ、私の手をお取りください、マドモアゼル!」

 何事もなかったかのように片膝をつくとすっと手を伸ばしてくれた。

 それに合わせて、素直に自分の手を重ねておく。

「よ、よろしくお願いするよ、助手君」

 こくりと頷いたカズマ君はすっと立ち上がり、あたしを連れて受付に足を運んだ。

「お待たせしました、私、佐藤和真と申します。此方がお食事券ですのでどうかお受け取り下さい。では」

 カウンターに腕を置き名前の確認を取ったカズマ君はあたしの手を引き、堂々と中に入ろうと……。

「あの、サトウ様、お言葉ではございますが。レストランでは女性の手を取って会場に入るというマナーは御座いませんよ。それと、当ホテルにはギャルソンがおりますので、お席へのご案内も私共にお任せください」

「……はい、分かりました」

 掻き消えそうなほど小さな声で答えるカズマ君。

 その肩は小刻みにプルプルと震えていて……。

「……ぷふっ!」

「っ⁉」

 遂に堪え切れなくなり噴き出してしまった。


 12


「――あはははっ! ほんと、キミは何時もあたしを楽しませてくれるね」

「うっさい、うっさい。知ってたんなら最初から言えよ恥かいたじゃねえか!」

 アンドールの街並みが一望出来る、会場の一番奥にある窓際の席に案内され。

 ソムリエが立ち去った頃には、カズマ君はすっかり不貞腐れていた。

「ごめんごめん、キミがあたしの為に動いてくれたのが嬉しくてついね」

「単に面白がってただけだろうが」

「まあまあ、折角のコースメニューなんだから機嫌直してよ。いつまでも怒ってたら折角のご馳走が美味しくなくなっちゃうでしょ。ほら、夜景がとっても綺麗だよ」

 日が暮れ光源を失った暗闇の中、遠く離れた場所で儚くも煌々と光る街の灯りを観ていたら、人々の営みをずっと近くに感じるから不思議だ。

 あれを実現させる為に非常に多くの人々が奮闘したのを思えば、猶更にこの景色が尊い存在のように思えてくる。

「ま、確かにいい景色だよな。これでもっと楽に来れれば言う事ないんだけど。あー、ゴンドラとか作れねえかなあ」

「そうやってすぐに楽な方へ舵を取るのはキミの悪い癖だよ。苦労してやっと辿り着いたからこそ、感動が何倍にも膨れ上がるんじゃないか」

 まったく、ロマンチックの欠片もあったものじゃない。

「お待たせ致しました。此方は本日の突き出し、エメル海老と鶏肉のキャベツ包みでございます」

 と、物音一つ立てず、ウエイターさんが最初の料理を置いてくれた。

 一口サイズなのにとても鮮やかで精緻に作られており、とても食欲がそそられる。

 さっきまでご機嫌斜めだった助手君もおおっと小さく声を漏らしていた。

 否が応でも、この後に続く料理の期待値がぐんぐん高まってくる。

「それでは、ごゆっくりお寛ぎください」

 丁寧な一礼をし、ウエイターさんは静かに立ち去って行った。

 なるほど、これは貴族達も挙って来たがる訳だ。

「あ、あはは、なんだか場違い感が半端ないね」

「気にすんなって。こっちは客なんだ、気楽にやればいいんだよ。これまでジャージのまま数多の高級料理店を制覇して来た俺が言うんだから間違いない」

「ほんと、よくジャージなんかで入る気になったね。第一、普通こういう格式高い場所では入口でドアマンとかにチェックされると思うんだけど」

 疑問を抱いたあたしにカズマ君は不敵に笑い。

「大概の場所では魔王を倒した勇者だって言えば許してもらえたのさ。それでも無理な場合はダクネスの名前出したし」

「キミって奴は……」

 ダクネスが崩れ落ちる姿が目に浮かぶな。

「ほら、頭抱えてないで乾杯しようぜ。俺達が食べ終わらないと店の人が次の料理持って来れないからな」

 キミがそれを言うのか。

 だが、カズマ君の言も一理ある。

「はあ、緊張してたあたしが馬鹿みたいだ。それじゃあ頂こうか」

 グラスを持ち上げたあたし達は、そっと近付け。

「「乾杯!」」

 キンッと甲高い涼やかな音が鳴り響いた。


「――うむ、中々美味かったぞ。勇者カズマの名において星三つを進呈しよう」

「有難きお褒めの言葉です。次回お越し下さる時は更なるご期待にお応えできるよう、腕に磨きを掛けて参ります」

 如何にも熟練と言った出で立ちのシェフを見送り、カズマ君は手に持ったグラスを優雅に揺らしすっと飲み干した。

「もう、わざわざシェフの人を呼ばないでよ」

「何言ってるんですか、お頭。食った飯の感想を伝えるのは人として当然の義務じゃないですか。これを基にあの人達はもっと成長していくんだからさ」

 もっともそうな事を言ってるけどそうじゃない。

「美食家を気取って適当な評価をするのが恥かしいって言ってるの! 少しは付き合わされるあたしの身にもなってよ」

「適当な評価とか言うなよ」

 ちょっとだけ傷ついたらしいカズマ君は机に手をつき。

「さてと、そろそろ部屋に戻って休むか。今日はあちこち見て回って疲れたからな」

 ぐるぐると肩を回しながらあたしに背を向けた。

 そろそろ頃合いか。

「ねえ、あと一か所だけ付き合ってくれないかな?」

 あたしの言葉に、カズマ君は足を止めて振り返った。

「いいけど、ここってほぼ山の頂上だろ。朝日とか夕日を見るならまだしも、こんな時間に行く場所なんかあるのか?」

 そう、普通なら皆そう考える。

 夜中に外へ出てもやれることと言えば、精々が天体観測ぐらいの物だろう。

 だが、この場所ではその常識は当てはまらない。

「うん、あるんだよ。この季節、この場所でしかお目見えすることが出来ない……」

 右手で頬杖を付き、あたしは嬌然と首を傾けた――


「とっておきの場所がね」

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