1-【暖かな思い出】


「ママ…。」


小さな顔がリビングのドアから覗いている。



寝室のベッドに寝かしつけたはずの娘である。



そんな時、私はクスッと笑いながらソファーをポンポンと叩く。


すると少し不安げに眉を下げ、リビングのドアから覗くようにこちらを見ていた娘の表情がパッと晴れやかになり、私の横にピョンと飛び乗るのだ。



これが、私たちのいつものお約束である。


娘にブランケットをかけると、刺繍をしていた手を一旦休める。



その夜、私は娘のお稽古バッグに刺繍を施していた。


ワンピース、リュックサック、テーブルクロスに至るまで、娘が幼稚園やお稽古で使う殆どのものをハンドメイドしていたのである。


家事や育児に忙しい中、時間をやり繰りするのは大変だったが、私にはどうしてもそれを成し遂げたい理由があった。


それは、『母がそうしてくれたから』に、他ならない。



幼い頃、お気に入りの布が魔法のようにワンピースに変身していく過程が好きだった。



母は料理も裁縫も上手い。


優しい味わいのスープもハンドメイドの洋服たちも、暖かい思い出として今も私の中に存在し続けているのである。



大人になった娘にも同じ思い出を持たせてあげられたら…私はただその思いだけで眠い目を擦りつつハンドメイドにいそしんでいたのだ。



スリーシーターのソファーは私が座り、体の小さな娘が寝そべっても十分に余裕があった。


体をゆったりと横たえ私に擦り寄る娘は、まるで小さな動物みたいだ。


娘のおでこを撫でると、まるで羽毛のように柔らかな髪が私の手を擽ぐる。


「おやすみ。」


「おやすみなちゃい。」


私に身を寄せるとすぐに寝息を立て始めた娘が愛おしく、いつまでもその寝顔を眺めていた。

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