第5話 鉄を穿つ娘

 床に伏してしまった鍛治職人。


 そして、大量の壊れた武器。


「どうすんだ?これ。」


「……じゃ、私は本を読む作業があるから。」


 ミリィはくるりと踵を返す。


「逃げんな。」


「だってどうしようもないじゃない!カーターさん寝込んじゃったんだから!」


 ミリィは床に伏しているカーターを指差す。


 カーターは痛そうに腰をさすっている。


 マギシはため息をつきながらガラガラと武器の山を崩した。


「……このまま立ってるだけじゃあダメだ!取り敢えず手をつけないと。」


 マギシは足元に崩れた一本の槍を拾い上げた。


「まずはこの槍からいってみるか。」


 しかし、どこを見ても壊れているようには見えなかった。


「……どこを直しゃいいんだ?」


 すると、誰かのささやき声が聞こえた。


「……刃。」


「ミリィ、なんか言ったか?」


「いえ?私は何も。」


「おかしいな、今声が聞こえたんだが……。」


 すると、またささやき声が聞こえた。


「……刃が少しこぼれてるから磨く必要があるわ。」


 今度ははっきりと聞こえた。


「……君は。」


 声の主は、カーターの娘のターナーだった。


 ターナーは武器の山から剣を一つ取り出した。


「……これもただの刃こぼれ。」


 ターナーは手に持っている剣を床に放った。


「……これくらいならできるでしょ。」


「『できるでしょ』って、鍛冶に必要な道具はどうするんだよ。」


「……そこ。」


 ターナーが指差す方向を見ると、道具が一式並べられていた。


 どうやら鍛治に使う道具は全て揃っているようだった。


「……魔技師なんでしょ?」


 ターナーはマギシに向かって微笑んだ。


「……やってやるよ!」


 マギシは作業に取り掛かった。


 ただの刃こぼれといえど、気を抜いてはいけない。


 ここは鍛冶屋。


 お金を貰ってる以上、最高の成果を出さなければならない。


「できたぜ!」


 ターナーはマギシが直した槍を一瞥した。


「……へぇ、やるじゃん。……じゃあ、これやったことある?」


 ターナーは柄の折れた斧と、根元が折れた剣を床に放った。


「うーん、柄が折れてるな。これは柄の部分だけ交換すればいいのか?」


 ターナーは軽く頷いた。


「こっちの剣も、ただくっ付ければいいと思うだけなんだが――」


「……それはどうかな。」


 ターナーは、折れた剣をひょいと拾い上げると、静かに目を閉じた。


 すると、剣の方からわずかに魔力を感じ取ることができた。


「これは!?」


 ターナーは答えた。


「……ただの剣じゃないことに気が付いたようね。さすが、おじい様の言った通り。」


 マギシは魔力の流れを感じ取ることができる個性を持っている。


 剣から魔力を感じるということは――


「――魔剣か。」


「……そう。簡単には直せない。」


 魔剣は、魔法石を加工して作られたため、さまざまな魔法の効果を付与することができ、戦闘の幅が広がる。


 魔法でできた武器を魔武器という。


 マギシも話では聞いたことはあったが、実際に見るのは初めてだった。


「で、でも、魔法石の加工は……。」


 マギシは魔法石を加工したことはあるが、うまくいった試しがなかった。


「……大丈夫、よく見てて。」


 ターナーは道具を取り出し、剣の修理を始めた。


 素早い手さばきで剣を鍛え上げる。


 火は吠え、金槌は歌い、水は鳴いた。


 あの壊れやすい繊細な魔法石とはまるで別の物質のようだった。


「……できた。」


 ターナーが仕上げた魔剣は、太陽の光を反射し、宝石のような輝きを放っている。


「すげぇ……。」


「君も練習すればできるようになるよ。」


「練習?」


 マギシは顔を曇らせた。


「そんな時間どこにあるんだよ。」


「……今からするに決まってるでしょ。」


「この量が見えないのか。」


 マギシは壊れた武器の山を指差す。


「頼みの綱のカーターさんは寝込むし、鍛治に関してはほぼ素人の俺と、鍛冶屋の娘の2人で捌ける量じゃないだろ!」


 熱血の主人公なら奇跡とやらを信じてぶっつけ本番でも成功するだろう。


 しかし、そんな簡単にできるほど職人は甘くない。


 職人にはとてつもない量の練習量と知識が必要なのは当然だ。


 今から魔武器を鍛える練習をしても間に合うかどうかわからない。


「……もしかして、不安なの。」


 マギシは面食らった。


「な……そんなわけないだろ!」


「じゃあ何?私じゃ実力不足ってのが言いたいわけ?」


「違――」


「舐めるんじゃないわよ。私だっておじいちゃんの孫だもん。このくらいできなきゃ、おじいちゃんがバカにされるの。」


 ターナーの表情は穏やかではあったが、心の中にメラメラと湧き上がってくるものが見えた。


 マギシは言い返す言葉がなかった。


「大丈夫、あんたならできると信じてるから。」


 ターナーは何やらぶつぶつと独り言を始めた。


「魔武器は私が修理して、それ以外のものはマギシが担当して、全部できたら……。」


 ターナーは考え事をやめ、マギシの方を振り返った。


「やっぱりこれしかないわね。今のオーナーは私。今から私の言う通りにして。」


 ターナーは手順を説明した。


 魔武器はターナーが、普通の武器はマギシが担当する。


 しかし、魔武器の量と、普通の武器の量が分からず、しかも修理にかかる速さも違う。


 例えばマギシの作業が先に終われば、魔武器が残り、ターナーの作業が先に終われば、普通の武器が残る。


「私が先に終わってもあなたの手伝いができるから問題ないわ。もしあなたが先に終わったら手伝ってもらうから、そのつもりでお願い。やり方はちゃんと説明するから。」


 マギシは口を固く閉ざし、頷いた。

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