第3話 天下の大泥棒

「止まれ。」


 マギシ一行は、魔法石の採掘場へ向かう橋の前で引き止められた。


「ここから先は通行料、もしくは金目のものを置いていけ。」


 アックスはマギシに忠告した。


「マギシ、気を付けろ。ここで通行料を払うなぞ聞いたことがないぞ。恐らく、ここで金品を騙し取っているのだろう。」


「そ、そんなわけねぇだろ!これから通行料を取ることになったんだよ!」


「ほぅ。ならば貴様が所属する領地が証明できる物を見せてもらおう。主君直筆のサインなぞはお持ちか?」


「ああ!持ってるぜ!この通りだ!」


 怪しい青年はボロボロの紙切れを取り出した。


 手書きで書かれており、下の方に主君と思わしき人物のサインが書かれている。


 マギシは紙切れを不思議そうに眺めた。


「……見たことがない文字なんだが?」


「あたぼうよ!この国は他の国とは違う言葉を使ってるんだ!」


「アックス、ミリィ、読めるか?」


 ミリィは手紙を覗き込んだ。


「ああ、これは『エイゴ』ね。へぇ〜、あんたも『ザ・ドルーワ』の読者なんだ。」


「な、なんて?」


「『ザ・ドルーワ』は結構人気の小説ね。作者が小説の中で独自の世界観とか独自の文字を作ってたりしててなかなか面白いの。その小説に出てくる文字に『エイゴ』っていうのがあってね、その文字で書かれてるわ。」


「ま、まさかお前、この文字が読めるのか?」


 驚いている青年を尻目に、ミリィは手紙を読み上げていった。


「え〜と、なになに?『1600年代にジャカルタという町から伝わってきた作物を、私たちはじゃがいもと呼び……』ってこれ小説の文章を丸々パクっただけね。どうせつくならもっとマシな嘘をつきなさいよ。」


「くそ、まさかこれを読める奴がいたとは……。」


 マギシは呆れた顔をした。


「ここらへん治安悪くないか?ミリィといい、盗賊多過ぎないか?」


「え?私!?う、うん!そうね!」


「お前も俺のアクセサリー狙ってきただろ。あれは忘れないからな。」


「う、うん。」


 すると、青年は先程までの態度とは豹変した。


「バレちゃあ仕方ない。大人しくしておけばお前たちの命は助かったものを。」


 青年は小型のナイフを手に持ち、構えた。


「ミリィ!アックス!気を付けろ!こいつやる気だ!」


 ミリィとアックスは身構えた。


 近接戦闘が得意なアックスは前衛、援護射撃が得意なミリィは中衛だ。


 戦えないマギシは戦闘に巻き込まれないように数歩下がっていた。


「どうしても金を渡さないのなら、力づくで奪うまで!」


 すると、青年はマギシ目掛けて風のように走り出した。


「抜かせん!」


 アックスは斧を振り上げた。


「遅えよ!」


 青年はアックスの横を通り過ぎた。


「こいつ!速!」


 その速さに、ミリィもただ眺めることしかできなかった。


 今、マギシの目の前には青年がナイフを構えて立っている。


「戦闘の前、お前は数歩下がったよなあ。ってことはお前は援護役か、よっぽど大事なものを持ってるってことだ。RPGの基本知ってるか?援護役の後衛は先に潰した方が戦闘は楽になるんだぜ?」


「くっ!」


 マギシはとっさに防御態勢をとった。


「遅え!」


 青年はマギシの横をスッと横切る。


「盗った!」


 マギシは慌てて身に付けたものを確かめた。


「……何も盗られていないようだが……む?これは?」


「そう、俺が盗ったのはお前の魔法だ!お前はもう魔法は使えない!」


「貴様!俺の魔法が使えるのか!」


「さぁ!お前はどんな魔法が使えるんだ!?強化魔法か!?それとも回復魔法か!?」


 青年は両手を前に掲げ、魔法を打ち出す体制に入った。


 しかし、何も起こらない。


「……あれ?」


 青年の元にマギシはつかつかと近づいていった。


「なるほど。お前の個性魔法は『触れた他人の魔法を盗む』ものだったか。すれ違う時、俺は腕を軽く触れられたくらいだったからな。俺の予想だと、また触れたら魔法は取り返せるだろう。」


 マギシは拳を振り上げた。


「俺の魔法、返してもらうぞ。」


「ま、待て!」


 バキッ!


 青年の頬にマギシのパンチがクリーンヒットし、青年は地面に手をついた。


「痛っ!……くないわ……。お前もうちょっと鍛えた方がいいぞ。」


「鍛えてなくて悪かったな。」


 アックスとミリィが駆けつけてきた。


「マギシ!大丈夫か!?」


「ああ、大丈夫だ。とりあえずこいつは縛り上げよう。魔法もまだ取り返せていないしな。二人とも手伝ってくれ。」


 マギシは懐からロープを取り出し、倒れている青年を縛りあげた。


「くそっ、汚えぞ!いい魔法が手に入ると思ったら、何も起きねぇじゃねぇか!この詐欺師め!」


「お前に言われたくないわ。」


 ミリィが首をかしげる。


「魔法が手に入る?」


「ああ。こいつは俺の個性魔法を盗みやがった。殴ったら元に戻るかと思ったが、まだ魔法が使えん。」


「そういやマギシの個性魔法ってなんだっけ?」


「ミリィにはまだ言ってなかったな。ちょうどよかった。それは採掘場に行けばわかる。」




 マギシ一行は採掘場へ辿り着いた。


「さあ、ここで俺の魔法を使ってみろ。」


「これは……何だ?」


「じれったいな。俺がやるから早く魔法を返せ。」


「俺の『盗み』は、一定時間だけ相手の魔法を奪うことができる。時間が経てばだんだん回復していき、逆に俺はだんだん使えなくなってくる。そろそろ使えるんじゃないか?」


「時間経過で元に戻るのか。む、確かにうっすらと見えてきたな。」


 マギシは崖からせり出している岩に向かって指差した。


「アックス、あそこの岩の中だ。」


「わかった。」


 アックスは斧で岩を崖から切り離した。


「あとは俺が、こうやって、こうすれば。」


 マギシが懐から工具を取り出し、大岩の中を掘っていくと、中から黒い石が出てきた。


 ミリィは驚いた。


「すごい!これが魔法石!?」


「そうだ。」


「どうしてここに魔法石があるって――もしかしてこれが個性魔法?」


「ああ。俺の個性魔法は『魔力の流れが視える』魔法だ。例えば、魔法を使っている人、魔法を使おうとしている人、魔道具には魔力が流れていて、その魔力の流れが視える。魔法石からも微弱な魔力を発しているから、魔法石の場所もわかるようになっている。お前にも視えただろ?」


 マギシはチラリと青年の方を見る。


「なるほど、あちこちで光って見えるのはそういうことだったのか。」


「あの時、お前の能力がわかったのもそのせいだ。視えるはずの魔力の流れが急に視えなくなったからな。それが分かったところで、お前にも手伝ってもらうぞ。」


「え?」


「当たり前だ。俺たちを散々邪魔した挙句、俺の魔法も使えるんだろ?」


「くっくっく……。」


 不敵な笑みを浮かべると、青年は縛られたロープを破り、三人と距離をとった。


「悪いな!このロープは既に切らせてもらった!俺は働くなんてごめんだね!今回のところは見逃してやろう。」


「……いや、お前負けたんじゃん。」


「いいか!俺の名はスティル!天下の大泥棒になる男だ!よく覚えておけ。」


「……ああ、そうか。」


 そう言うと盗賊は風のように去っていった。


「ええ!?見逃しちゃうの!?」


「まあ、あいつのスピードにはついていけないし、また向こうからやって来る気がするんだ。」


「いや、また会えるとかそういうことじゃなくて――」


「さあアックス、続きだ。次はあそこの――」


「……まったく、マギシは何を考えているのかしら。」


 そんなことを考えながら、二人が魔法石を取り出すのをただ眺めるミリィだった。

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