┗救出(イメルダ視点)-後編

 イメルダはこれまで人を殺めた事はない。命を奪うという事は、人並みに恐れを抱いているからだ。

 このような半端な覚悟で、自分の復讐は成すことは到底できないだろう。


 ましてや自分やカリンの命が危ういのだ。イメルダは覚悟を決める。


「ぐおおぉぉ!」


 雄叫びをあげて向かってくる男に、イメルダは剣を握る手に力を込めて斬りつけた。

 イメルダの視界に鮮血が飛び散るのが見え、自分のドレスに返り血が付いてイメルダは怖くなる。


 男は膝から落ちて、その後床にうつ伏せに倒れた。男の身体から血が滲み出て床に広がっていくのを、生々しく感じたイメルダは目を背けた。


 しかし、感傷に浸る時間はない。イメルダは、カリンに声をかける。


「カリン、行きましょう」


「……うん」


 イメルダとカリンは通路の曲がり角を右へ歩き、奥にある部屋のドアを開けた。

 部屋の中には、檻のような鉄でできた大きな牢屋があった。その他は小さな照明が天井から垂れているだけの部屋だ。


 牢屋の中には口に布をかまされて、手足を紐で縛られた子供達が捕らわれていた。

 子供達は力なく床に転がり、動かない。意識はあるが、拘束されている為動けない様だった。


 その凄惨な光景にイメルダはローブの女に怒りを覚える。


「大丈夫? わたくしは貴方達を助けに参りました。すぐに出してお家に帰してあげますから」


 イメルダは駆け寄ってそう言うと、牢屋の扉を引っ張った。

 牢屋の扉は当然鍵がかかっている。立派な錠前が擦れて、ガチャッと耳障りな音が部屋に虚しく響くだけだ。


「カリン、さっきここにいた時にこの扉壊そうとして魔法使ったけど……カリンの魔法じゃ弱くてダメだったの」


 イメルダに向かって、カリンは目を閉じて悔しそうに呟く。


 イメルダは牢屋の鍵を探す事を考えたが、この大きな倉庫で当てもなく鍵を見つける事は、現実的とは思えなかった。


 イメルダがここから離れた後、また子供達を始末しに人が来る事があるかもしれない。

 イメルダがそう考えながら子供達を見ると、牢屋越しに子供達はすがるような眼差しをイメルダに向けている。


「わたくしも、実は魔法が使えるの。物を壊す魔法が使えないか、やってみますね」


 カリンと目の前の子供達を安心させたくて、イメルダは破壊魔法を試みる。


 自分が処刑される時、ギロチンが勝手に壊れたのだ。あの時は自分で自覚はしていないが、破壊魔法を使えていた筈だ。


 イメルダは集中する為目を閉じて息を吐くと、手を牢屋の錠前にかざした。


 自分の身体に力が湧くのを感じる。これが魔力というものなのだろうか。イメルダは目を開けて、一気に手に力を込めた。

 手に黒い煙が集まり、やがて煙が凝縮した球のような形になった。

 しかし、イメルダがその黒い球を手から放とうとした時、黒い球は形を崩して空中に飛散してしまう。


「そ、そんな……うっ…」


 イメルダは落胆を口にしたが、直ぐに胸の痛みで口籠る。慣れない術を使おうとした反動だろうか。


 イメルダは自分の術の力の無さに、落胆した。セイラなら、あの女ならばこんな牢屋すぐに吹き飛ばせるのだろうか。そう劣等感を募らせる。


「おねーさん! 大丈夫? おねーさんも魔法使えるのね……」


 カリンが胸を抑えるイメルダを見て不安そうに声をかけた。


「ねえ、おねーさんよりはカリンの方が壊す魔法は上手だから、カリンがやる。おねーさんは、カリンと手を繋いで」


 カリンは、再び自分が破壊魔法を試みるという宣言と共に、イメルダに手を繋ぐ事を頼んできた。


「手を繋ぐ? 構いませんけれど……」


 それにイメルダは困惑しながらも承諾し、カリンの小さな手を握る。カリンはありがとうとお礼を言うと、続けて話し出した。


「あのね、修道院の友達そこに寝ている子。名前はメルクル。その子も魔法が使えるの」


 カリンはそう言うと、檻の真ん中で横たわる薄緑の髪色をした、ポニーテールの女の子を指さす。


「でも、メルクルはおねーさんみたいにそこまで魔法は上手じゃないの。だけど、この前二人で遊んでいて気がついたの。カリンとメルクルが手を繋ぐと、カリンもっと魔法を上手く使えるようになるって!」


 そう言ってカリンは牢屋の錠前に手をかざした。


「おねーさん、カリンに力を送って!」


 カリンに指示され、イメルダはどうすれば力を送れるのか戸惑った。しかし、やってみる他はない。

 カリンの魔法が成功しますように、そう祈りながらイメルダはカリンの手を強く握る。


 カリンの手から白い光球が浮かび上がると、窓もない部屋の筈が辺りに風が吹き始めた。

 どんどんと光球は大きくなる。


 イメルダは自分の長い金髪が風でなびくのを見て、カリンの光球から強いエネルギーを感じた。


 カリンは床に足を踏みしめ姿勢を落とし、光球のエネルギーに負けないようにしているのか膝を曲げて踏ん張る。


「壊れろぉ!」


 カリンはそう叫んで、光球を出している手を前に突き出して牢屋の錠前にあてた。


 牢屋の錠前は光球が当たると、音もなく砕け散る。直後に牢屋の扉がキイィと軋んで開いた。

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