第3話 シュークリーム

 「ありがとうございました。男の人を近くで描けるチャンスってなかなかないから。ごめんなさい。いきなりモデルになってもらって」


 彼女はスケッチブックを閉じるとペコリとお辞儀をした。見せてもらいたいがなんだか頼むのが悪い様な気がして結局言えない。


「そうだ」と僕は小さなビニール袋をテーブルの上に置く。


「ついさっき、買ったシュークリームなんだけど運良く二つつあんねんやんか。一緒に食べへん?」


 僕は、そういいながらビニールの中からシュークリームを取り出し、彼女に渡す。


「え、いいんですか?これ、ホイップのシュークリーム?あそこ美味しいって評判だけど私、行ったことなかったから。うれしい!」


 良かった。彼女も甘い物は大丈夫みたいだ。


「いただきます!」


 二人で声を揃え食べ出す。パリッとした外の皮部分と爽やかで切れがあり、そして絶秒な甘さ加減のカスタードクリームが最高だ。

 僕は、あっという間に平らげてしまったが、彼女は、「うぁわ。美味しい!!」と僕とは逆にゆっくりと味わっているようだ。そして、食べ終えた彼女は、改めて僕に「ごちそうさまでした」とお辞儀をする。


「カシャ」


 僕は、彼女には許可を取らず思わずスマホで写真を撮っていた。隠し撮りはルール違反だが、僕もモデルになったのだからこれくらいはいいよなと自分に言い聞かせていた。

その時、テーブルに一筋の光が射し込んだ。気がつくと雨は止んで、雲間から光が漏れている。


「あ、行かなきゃ。ごめんなさい。シュークリーム美味しかったです。そして、モデルにもなってもらってありがとうございました」


 彼女はリュックとスケッチブックを持つと僕が来た道の方へ走り出した。あっけに取られた僕は、思わず叫んでいた。


「ねえ、また会える?」


 彼女はゆっくりと振り向き「会えるよ」と確かにそう言った。いや、声は聞こえなかったがそう言った様に思えた。

 僕は、雨が止んでもしばらくその場から動けなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る