第3話 微かな不穏

 待ちに待った昼休み。ーーー『夏休み』ではない。それは、まだ、もう少し先。

 渚と一緒に弁当を持って、屋上へ向かう。 


「おっつかれー!」


 中庭が見えるいつもの場所で、先に惣菜パンを噛っていたその人物に片手を挙げる。気がついた相手ー勇志ゆうしーも、「おう」と片手を挙げて応えた。相変わらず、笑うのが下手くそだ。ぎこちなく頬をひきつらせたその顔は、すっかり親しんでいるので、逆に可愛く映る。「相変わらず、お前の笑う顔は不細工だな」「うっせぇわ!」ーーー親しいが故の愛が籠ったそのやりとりに、私はいつも暖かい気持ちになる。


「そろそろ、屋上は熱いな」

「あ、じゃあ、明日からは私の部室で食べる?クーラーつけてさ」

「いいな!」


 自由奔放なところがある渚が屋上に置いたパラソルを広げて、固定する。同じく、置きっぱなしにしている大きなプラスチックケースの中から折り畳みの椅子を二つ用意して、一つを私に勧め、もう一つに自分が座った。

 日焼け大敵!の精神には、見習うところがある。ただ、パラソルまで持ち込む自由っぷりは、多分、生涯真似できない。


「職権乱用じゃね?」


 辛うじてパラソルの影に入りながらも、椅子を勧められることの無い勇志は、しかしなんの不満も口にせずに、購買で買ったのであろう焼きそばパンを頬張りながら指摘する。

 真面目さを強調させるその眼鏡の奥で、意思の強そうな目が私達を見咎める。


「使える権利は使わねば」


 勿体無いだろう?と涼しく返す渚に、息を吐き、勇志はそれきり何も言わなくなる。私達のヒエラルキーはいつだって渚がトップに君臨していた。

 じりじりと照り付ける真っ昼間の日射しも、影を作ってしまえば、吹く風が丁度良くて心地好い。私はクーラーのかかる室内よりも、風に肌が晒される方が好きだった。けれど、日焼けを極度に嫌う渚は私の中でも美しい『女王様』で、彼が求めるものが私と異なるのならば、それに合わせたいなぁと思う。

 長閑のどかだなぁ、と見上げた空は、やっぱり何処までも澄んでいて気持ちがいい。

 これからも、三人それぞれに恋人が出来たって、こうして幼馴染みの三人で過ごす時間も大切にしていきたい。


「そう言えば、今日は弓道部お休みなんでしょう?」

「よく知ってるな、…あ、彼氏か」

「アイツとまだ付き合ってるのか」


 卵焼きを食べる手を止めて、事も無げに言ったのが渚。ピリッとした空気を放ち、怪訝な顔でこちらを見たのが勇志。


「……咲桜が誰と付き合おうが、咲桜の勝手だろう。それより、咲桜。今日の卵焼きは咲桜好みに甘めに焼いたんだ。食べてみてくれ」


 そんな勇志になじるような目線を送り、しかし私の方を向いたその顔は虫も殺さぬ女神のように微笑んでいた。弁当箱に入っていた目玉焼きを箸で半分にし、その片割れを私の口元に運ぶ。お決まりの、「はい、あーん」の掛け声に、「あーん」と、素直に口を開けた。


「んーっ!おいひぃ!」

「そうだろう?ふふ、嫁にどうだ?」

「私が夫役?」

「いーや。私の嫁にどうだ、と言う意味だ。咲桜なら、三食昼寝付きだぞ」

「なにそれ、魅力的過ぎる!」


 ふふふ、と仲睦まじく笑い合う私達に白けた視線を送りながら、勇志はため息を吐く。


「なんだ?羨ましいか?ん?勇志?お前は嫁には要らないが、ペットくらいにならしてやってもいいぞ?」

「願い下げだ!」


 挑発的な笑みを浮かべた渚を、勇志が睨んだその時。

 

 ピロリン。


「あ、メッセージ」


 スカートのポケットに入れていたスマホが小さな音を出し、LINEが来たことを報せた。

 取り出して画面を確認して、「えっ」と声を漏らすなり、固まってしまった。


「………どうした?」


 目敏く、渚と勇志が怪訝な顔をしながらこちらに身を寄せる。遠慮してかスマホ画面は覗かなかったが、依然として硬直したまま動けないでいる私に、二人は遂に画面を覗き込む。



“明日はきっと、びっくりすると思うぞ。楽しみにしててくれ”



 そんなメッセージ。

 送り主の名前は『朝陽』と書かれていたが、まるで覚えのない字ズラである。


(……なにこのメッセージ…。誰だろう……。『アサヒ』……?何?………怖い……)


 ざわざわと、胸騒ぎがする。

 血の気が引いた指先とは裏腹に、背筋に冷や汗が流れた。二人も、画面を凝視したまま固まっている。


「………咲桜、」

「………あ、はは。誰かと間違えて送っちゃったのかな…?」


 渚が再び私の顔を覗き込んだタイミングで、スマホ画面を消して、再びスカートのポケットに入れた。それでも、笑わせようとする程に頬が引きつり、感じた恐怖が全く拭いきれていないのを、余計に自覚してしまう。


「咲桜」


 再び、渚に呼ばれた私の名前は、何処か深刻な雰囲気を携えていた。

「安心しろ、私が傍にいる」とか、或いは、そんなことを口にしてくれるのかと思ったら、違った。


「ハルキとは、……あれから、会ってはないのか…?」


 控えめに、だけどどこか、寂しそうに。

 彼は、私が知らない名前を口にした。







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