はざま

夢星 一

第1話 春を待つ子

 カギ穴に差し込まれた鍵が回り、ドアが音を立てて開く。

 そのスラリとした美脚を強調するような服装に身を包んだ部屋の主は、ご機嫌そうにふらりとした足どりでソファへと歩き、糸が切れたように倒れこんだ。


『お酒を飲んできたのですか。ダメですよ。まだあなたは成人していない』


 無機質な、管理AIの声が部屋に響く。話しかけられた彼女はチラリと顔を上げた後、またクッションに顔を埋めた。時刻は遅く、月明かりが薄ピンクのカーテンの隙間から洩れ入り、かわいらしいぬいぐるみたちの目を輝かせていた。


『春子ちゃん、聞いていますか』


 返事のない彼女に声は再度問いかけた。


「もう、せっかく気分良く帰ってきたのにさあ、萎えちゃったじゃん。ハザマさん元気すぎぃ。もう一時だよ?」

『それはつまり、貴方もこんな時間まで出歩いていたということです。危ないですよ。まだ19歳なのに、こんな夜中までふらつくなんて』

「先輩と一緒だから大丈夫だってば。ハザマさんは先輩も疑うわけ?」

『ワタシはそのセンパイに会ったことがありませんから、わかりません。でも、その人の友人が良い人とは限らないじゃあないですか』

「私もう子供じゃないよ」

『でも成人もしていない』


 止まらぬ声に彼女は頬を膨らませてそっぽを向いた。月明かりにその白い肌が輝いた。

 彼女はため息をついて、栗色の柔らかい髪を高い位置で結んでいた、ピンクのリボンをほどいた。髪がふわりと落ち、彼女の肩で優しく跳ねた。


「ほんと意味わかんない」

『何がです?』

「完全な大人扱いされないのに、子ども扱いもされない。18歳を超えたら、『もう18歳でしょ』なんて言って、厳しくなるくせに。まだ成人していないから、お酒やタバコに手を出せない」

『積極的に手を出すものではありませんよ』

「一年なんて誤差じゃん。同じ大学生だよ? 不公平だ」

『だからって飲んでいい理由にはなりませんよ。ダメです』

「ケチ」

『そういう問題ではないのです』


 春子と呼ばれた彼女は、何か言葉を探すように口を少し動かした後、言葉にならない声を上げて、クッションを顔の上に置いた。


「成人年齢、かわるんだよね」


 くぐもった声がクッションの下から聞こえる。


『はい。かわります。2022年から、18歳で成人です』


 声が返事をした。


「お酒やタバコは?」

『それは変わりません、20歳までダメです』

「それはやだなあ」

『なぜですか?』

「だって、今まで通りだったら、成人していないからお酒もたばこもダメ。成人するまで我慢しろって言われても、まあ、まだ納得はできるじゃん」

『春子ちゃんは守ってませんけどね。ダメですよ』

「いまはその話じゃないの。……それでさ、なのに18で成人扱いされたら、なんで酒やタバコはダメなの、って納得いかなくなるじゃん。大人扱いなんでしょ? もう大人なんだから、って言われるんでしょ。なのに大人の象徴には手を出せないんじゃん。体よく成人扱いされてるだけで、本質的には子供のままじゃん」

『春子ちゃんにとって大人とは、お酒やタバコを吸う人ですか』

「……うん」



 かわいくネイルされた指先がクッションを掴んでずらし、彼女の目がチラと現れた。


「お正月に皆集まるでしょ。お父さんとおじさんはベランダでタバコ吸いながら話すの。最近は従兄のお兄ちゃんも。夜ご飯食べてると、皆お酒飲んでるの。私だけ、コーラ渡されるの。……ボッチ感半端じゃないよ」

『あと一年ですよ』

「成人するまでの一年ってめっちゃ長いんだよ」


 沈黙が下りる。

 秒針に合わせて耳がぴょこぴょこ動く、ウサギの掛け時計の針の音だけが部屋に響いた。


「ねえハザマさん」

『はい』

「ここって、19歳のための場所なんでしょ。18歳以上だからって子ども扱いはされないけど、成人でもない微妙な人のためのとこでしょ」

『はい』

「18歳で成人するようになるなら、ココはどうなるの」


・・・


『それを今考えているんです』

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