第6話
10時30分、レンタカーに乗って次の観光地へ移動する。
車窓から見えるのは、収穫前のだだっぴろい玉葱畑と収穫の終わった西瓜畑。いまごろは各地に出荷され、スーパーマケットなどの販売所で売られているのだろう。
やがて、頭を垂れ始める広い稲田がみえてきた。山の傾斜をそのまま切り開いて、畑にされている場所をいくつもみる。棚田や段々畑、という作りにはなっていない。土地が広い北海道ならではの、光景なのだろう。
収穫前のかぼちゃ畑や玉蜀黍畑も目にする。北海道のえびすかぼちゃは美味しいし、トウモロコシも絶品である。ここから日本全国各地へと運ばれているんだと想像すると、実に感慨深かった。
長い真っ直ぐな道の見通しのいい二車線の大きな交差点に信号機がない。きっと北海道にとって、このサイズが田舎道なのだろう。本土にいるときと同じ感覚でものを見ようとしてはいけない。郷に入っては郷に従え。曇りなき眼で、余談を挟まず観察する目が大切だ。
そんな風景を眺めながら11時30分。丘の上にある、フラワーランドふらのに到着した。ラベンダー畑が有名なところだ。総面積およそ十五万ヘクタールの広さを持ち、富良野周辺では最大規模の花畑である。
七月に訪れたなら、一面に広がるラベンダー畑をみることができただろう。八月の現在、あまりラベンダーは咲いてはいなかったが、色とりどりの多くの種類の花が咲いていた。
たしかここも、林間学校のときに訪れた記憶がある。当時は土砂降りで、駐車場でバスの中から眺め、降りることもなく去ったところ。今回の旅行で、わたしはようやくこの地に降り立つことができた。
とはいえ、車から降りるてもどこもかしこも傾斜しかなかった。歩くのも嫌だったので、トラクターが引っ張る荷台バスでに乗って、広大に広がる花壇をぐるりと一周することにした。
歩く速さくらいの時速五キロのスピードで、トラクターバスが走り出す。遠くにそびえる山々を眺めている時間は、のどかの一言。運ばれる収穫物の気持ちを疑似体験できる。願わくば、もう少し振動がなければ腰に響かなかったかもしれない。
姪は花壇下に併設されている、ひまわりでできた迷路で遊ぶため、元気よく下っていった。兄夫婦と親もいっしょについていく。
「いっしょに行こうよ」
わたしも姪にさんざん誘われたが、さすがに無理。腰が痛いし、膝や股関節が悲鳴を上げている。旅行メンバーの中では姪の次に若いのに、だれよりも年寄りに近い体調だった。
途中まで下ろうとして歩いてみたが、標高もあれば傾斜もある。むしろ平地がない。歩く度に体のどこかで悲鳴が上がり、のそのそと入り口のベンチへと引き返すので精一杯。
下までおりたら、帰りは登ってこなくてはいけない。下りたところでだれも助けてくれないのだから、足腰悪い人間には無理というもの。
そもそも、はじめからわたし抜きで行ってと散々頼んだにも関わらず……といったところで、来てしまったあとではどうしようもない。
一緒に遊べない姪には悪いことをしたなぁと、申し訳ない気持ちでベンチに座り、赤白黄色青と、色とりどりに咲いている花畑を見ていた。
わたしが参加したあの林間学校は、富良野に住んでいる柔道や空手をしている子達との交流も兼ねていた。有段者同士の練習試合と、型の演武を披露し終わったあとは、毎晩おにぎり片手に野外ジンギスカンを食べたのは忘れられない。
マトンやラムをはじめて、羊肉を飽きるほど食べた。まるで一生分のジンギスカンを食べたみたいだった。その後も幾度となく食べたことがあるけれども、ジンギスカンが好きになったのは、あのときの林間学校がきっかけだったのは間違いない。
それよりも、柔道や空手をしたこともないわたしが、そもそもどうしてそんな林間学校に参加することになったのだろう。
現実逃避をしながら足腰の痛みを紛らわせていると、迷路を堪能し終えた姪とともに皆が戻ってきた。建物の中に入り、ホワイトとうもろこしのとれたて生を食べる。
たしかに甘かったけど、野菜臭さはかくせない。生でも食べれるほど新鮮で出来が良い、というのはわかった。
13時。かみふらの深山峠アートパークに立ち寄る。
体験型ミュージアム『トリックアート美術館』を中心に、観覧車、お土産店、バーベキューテラス、アイス工房、アート体験館、花畑などの複合施設だ。
トリックアート美術館は、主に現代アートをモチーフにしたトリックアートが五十点ほど作品展示されている。日本最大という天井画は、見る角度により絵の形が変わり、館内は写真撮影もできる。
とはいえ、もう足腰が痛くて歩きたくなかった。
それでもひと通り見て回る。
指定された場所から見ると、平面の絵が立体的に飛び出しているようにみえる。おもしろいのだけれども、わたしには楽しむ余裕がなかった。
わたしは、どんな苦行に参加しているのだろうか。苦行からは悟りは開かれない、とお釈迦様はおっしゃっていたのに……。
隣接されている深山峠物産館で休憩。
姪は参加費を払い、兄といっしょにスノードームをつくる。
夏休みの思い出、にはいいだろう。
一時間ほどかかると聞き、わたしは深山峠からだだっ広い十勝岳連峰を眺められるベンチに腰を下ろし、アイスチーズタルトをたべて休むことにした。空と大地が広いというのは、実に心地が良いものである。
食べながら、ジェラートのほうが良かったかしらんと邪推しては、それ以上求めるのは贅沢というものだと戒める。
「夏休みの思い出か……」
つぶやた自分の言葉に、昔をふり返る。
楽しかったといえる思い出は、林間学校に参加したことぐらいしか出てこなかった。やりたいことを否定されすぎて小学校を卒業する前には感じなくなっていた。そんな頃に林間学校に行かされた。
誰も知らない子たちと一緒のほうが気が楽だった。
なにより、見るものすべてが広大で邪魔する余計な人工物のない空と大地は、どこに目を向けてもその存在を見せつける。夜になれば、一面の空に瞬く数多の星々の煌めきに目を奪われた。町中ではけっして見ることのできない星空だった。
北海道という場所が、自然が、わたしを癒やしてくれたから、いまもおぼえているのだろう。
わたしの目の前には、十勝岳連峰が広がっている。
見上げる広大な空には雲ひとつない。
いまも北海道の自然が、わたしを癒やしてくれている。
今も昔も、わたしは北海道という土地に呼ばれたのかもしれない。
お釈迦様の手の上の悟空だと、教えるために。
姪が作っていたスノードームが完成した。
ひっくり返すとガラスの球体の中で、まるで雪が降っているような幻想的な光景がインスタントに広がった。
15時15分、車へと戻ってホテルへと向かう。
16時、途中にみつけた富良野チーズ工房に立ち寄る。
白樺の木々にかこまれた工房では、ガラス越しに製造室や熟成庫を見学することができるのだが、この時間では製造は終わり、ほぼ片付けも済んでいた。
二階の直販コーナーには試食コーナーがあり、工房で製造したチーズや牛乳、バターを使用した菓子類などの販売をしていた。
ほかには牛の模型での乳搾り体験やチーズの歴史コーナー、チーズ職人になれる記念撮影コーナーなどお子様から大人の方まで楽しめる。
アニメ・アルプスの少女ハイジの作品内でオンジがチーズ作りに使っていたような銅製の大釜などが展示されているのをみつけ、わたしはテンションが少し上がった。
「こういう道具で、オンジはチーズを造っていたのかな」
「オンジって?」
「アルプスの少女ハイジにでてくる、おじいさん」
「ハイジ?』
姪は、ハイジを見たことがなかった。
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