4 ホワイトナイト・ノーブル

 冒険とは未知の体験、感動、利益を求めて敢えて危険を冒す事をいう。


 人は太古より気高い志のため、あるいは功名心のため、人によってはただ憑かれたように冒険を求めてきた。


 極寒の極地を、灼熱の砂漠を進む冒険。あるいは人の社会の中でも権力者に立ち向かう事、新たなビジネスチャンスを探る事なども冒険と言えよう。


 このゲーム「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」においてもそれは同様。

 VRヘッドギアによってプレイヤーの脳内に送られる電気信号はプレイヤーに苦痛を疑似的に体験させ、ミッションに失敗してしまえばゲーム内でのものとはいえ財産を失ってしまうのだ。


 だが、それでも多くのプレイヤーは戦いの道を往くだろう。

 勝利のため、賞賛のため、報酬のため、そして新たな強敵との出会いを求めて。


 それもまた冒険と言えるだろう。

 退屈な日常からヴァーチャルリアリティーの世界に人が求めた、管理された安全な冒険。

 私たちのようなユーザー補助AIは彼らの冒険を手助けするための存在と言えるだろう。


 もっとも、私がゲームスタート時に「新たな冒険へとでかけよう」というセリフを言うのは、ただ単にサブリナが元々、別のゲームタイトル用に用意されていたキャラクターであり、その王道ファンタジーRPGゲームのキャラクターが冒険者だったという事の名残のようなものであり、実の所、私自身にはそう冒険という事に対して思い入れというものは無い。


 それを馬鹿正直に私の担当ユーザー様であるマーカスは私が冒険を求めているとでも勘違いしているのか、私にとびっきりの冒険を堪能させてやるとばかりにニンマリと悪そうな笑顔を浮かべてバザールを歩いていく。


 向かう先は露店がひしめく市場バザールの外れ、ゲームの正式オープンを記念して広報展示されている中立都市特別防衛隊UNEIの専用HuMoの元だ。


「お、おいッ! マーカス、何をするんだ!?」

「まあまあ、任せときなっての!」


 年相応の外見に似合わずエキセントリックな言動で私を驚かせて来てくれた彼の事だ。

「冒険だ」と言い張って都市防衛隊にいきなり喧嘩を吹っ掛けたって私は今さら驚いたりはしない。


 だが、そんな馬鹿な事はなんとしてでも止めなければ担当ユーザーの行動ログに「受領ミッション数0、死亡回数1」というしょうもない汚点を付けてしまう事になる。


 VRゲームに限った事ではないが、この手のゲームの街を守る衛兵というのは基本的にとてつもなく強力な存在である。

 たとえプレイヤーキャラクターが巨龍を屠る英雄であったとしても、魔王と対決する宿命を背負った勇者であったとしても街中で不逞をなせばどこからともなく現れる衛兵たちに袋叩きにされて死亡、あるいは牢獄送りにされるというのが関の山。


 そうでなければわざわざ戦闘をこなさなくとも街で強盗なり窃盗なりをしていれば楽にアイテムやら通貨を得る事ができるであろう。


 つまり都市の衛兵というのは絶対的にプレイヤーに不埒な行いが割に合わないと思わせるくらいの実力を持っていなければならないのだ。


 そして、それはこのゲームの「中立都市防衛隊UNEI」も同様。


 防衛隊専用機として配備されている「ホワイトナイト」はユーザーが使用する事ができるHuMoに対して比べ物にならないほどの高性能機で、なおかつパイロットである防衛隊員も非常に高い力量を持っている設定がなされているNPCなのだ。


 もっとも世の中の廃ゲーマーと呼ばれる人種は衛兵を上手く出し抜いて商店から商品を盗んでみたり、あるいは真正面から衛兵と戦って勝つという事を目標としている者もいる事も知っている。

 このゲームの運営もまたそれは理解しており、UNEIの強さはあくまでゲーム内でのシステムに沿ったもの、言い換えればただただ強いだけで理不尽な強さではないという事になるだろうか。


 だが、UNEIにプレイヤーが絶対に勝つ事はできないわけではないとは言っても、それは廃ゲーマーがこのゲームのシステムを十二分に理解し、作戦の決行のために万全の準備をしてからの事。

 とてもチュートリアルを終えたばかりの新入りニュービーが思い付きでやれるような事ではない。


 お祭り騒ぎのバザールのバザールに浮かれる少年少女に虎視眈々と客を値踏みする商人たちといったNPCたちに、自身と同じ初期装備の服装のプレイヤーたち、そのプレイヤーたちに付き従う担当補助AIたちといった人混みをひょいひょいと躱しながらマーカスは時折、後ろを振り返って遅れる私が迷子になっていないか確認している。


 そんな所を見ると「何故、彼が私に優しくするのか?」という重要な一点を無視してしまえば、マーカスは善良な人間のような気がしてくるわけで、担当AIとしてはそういう彼に詰まらない事でデスペナルティを受けてもらいたくはない。


 だが私の焦燥感をよそに彼はついにお目当ての機体の足元にまでたどり着いてしまう。


 バザールがある商業区画と中古機販売業者や各種工房などがひしめく工業区画の境目、大通りに面したその場所に純白のその機体は直立していた。


「おお~! さすがにカッコ良いモンだねぇ~!」


 頭長高16.5m、左側頭部に羽根飾りのような意匠の通信アンテナがあるために全高は16.85m。


 基本機体重量は38.8t。

 HuMoはミッションにより武装を柔軟に持ち替える事が可能であるので、推進剤に冷却材、機体固定武装の弾薬などを満載にした時の重量を基本機体重量という。当然、手持ちの重火器や盾、機体各所のハードポイントに追加武装を取り付けた場合には重量は増す。


 ジェネレーターは形式上は原型機と同じ物であるが優良個体の選別と冷却器の機能向上によって出力を増して48メガNWネオワット

 機体各所に取り付けられた推進器の総推力は95t。


 それが中立都市防衛隊UNEIの専用HuMo「ホワイトナイト」の隊長専用機「ホワイトナイト・ノーブル」の簡単なスペックだ。


「見てよサブちゃん! 装甲が全身に張り巡らされていて機体フレームがほとんど見えない! これで可動範囲が確保できるのか!? いや、装甲の各所の分割線、あそこがスライドして動く事で可動範囲を確保しているんだろ!」


 童心に返ったかのように周囲の人目も気にせず大声で感嘆の声を上げるマーカスにどこか私はほっと心が落ち着くのを感じていた。


「そうだね。私らもいつかこんくらい凄い機体に乗りたいものだね!」


 マーカスの奴、初期機体の選択の時に「興味無いから選んでくれ」だなんて言うからどうなるかと思ったものの、それは彼の言葉通りにすぐに乗り換える事になる初期機体なんてどれでも一緒だろうという趣旨のものであったようだ。


 彼の好みはまるでロボットアニメの主役機になれそうなケレン味のあるカッコ良い機体だったよう、そう、ちょうど今、私たちの目の前にある「ホワイトナイト・ノーブル」のような。


 HuMoにはユーザーが自分の好みの機体を選択できるように様々なデザインの物が用意されており、少年スポーツ選手のような「雷電」、スポーツカーのような鋭いエッジに流麗なラインの「マートレット」、無骨で現実世界の戦車などの兵器をそのまま人型にしたかのような「キロ」などがあるが、「ホワイトナイト・ノーブル」は敢えて言うならば騎士。それもヒロイックファンタジー作品に出てくるような優雅さを湛えた純白の甲冑の騎士と言う事ができるだろう。


 こういうのが好みならば、そりゃああくまで強化改造の素体然としているというか、どこからどうみてもすっぴんの量産機である初期機体たちはマーカスの好みではないのだろう。


 無論、UNEIの専用機である「ホワイトナイト」も「ホワイトナイト・ノーブル」も一般ユーザーが購入できるものではないが、ゲームを進める事で同じくらいにカッコ良い機体を入手することや外装をカスタムして自分の好みを追求する事だって可能だ。


 自分の理想とする乗機を手に入れる事はこのゲームの運営元も想定しているプレイスタイルの1つであり、私としても自分の担当とどう上手く付き合っていくか何となく道筋が見えてきたような安堵感を感じても無理はないだろう。


「あの脹脛ふくらはぎのとこの分割線、あそこは中から推進器スラスターが展開して出てくるのかな?」

「そうじゃないかな? 剥き出しの状態だと砲弾の破片でも損傷しそうだし、使わない時は装甲の内側にしまっておくんじゃない?」

「だとすると、あのヒラメ筋の形の膨らみ、あの大きさだと中の推進器も随分とデカいんじゃないか?」

「ハハッ、きっとそうだ! 悪い事をするとあそこのスラスターを吹かして防衛隊の怖~いお兄さんたちがすっ飛んでくるぞ?」


 私にはいつも優しい視線をくれるものの、ともすればすぐに疲れ果てたような沈んだ目をするマーカスが少年のように目を輝かせているのを見て私もついつい場所をわきまえずに冗談を飛ばしてしまう。


「すっ飛んでくるのはお兄さんたちだけではないぞ?」

「……え?」

「ええと、貴女は?」


 私たちに話しかけてきた1人の女性、私にはご丁寧に誰かと尋ねなくとも彼女の服装を見れば大体の事は察しがついた。


 形こそは軍服を模したものだが、すぐに土埃で汚れてしまいそうな白いその服。

 詰襟にある金色の羽根飾りを模した徽章の形状はつい今まで眺めていた白い人型機動兵器の側頭部にある物と同形状。


「私はこの街の防衛隊の隊長を任されている者で、名をカーチャ・リトヴァクという」

「ああ、わざわざありがとうございます。私はカスヤという者で……」

「君も新人の傭兵ジャッカルかね?」


 まだゲームに慣れていないのか、それとも目の前の女性がエラく美人であったので緊張したのか、私の担当ユーザーは「マーカス」というハンドルネームではなく、つい本名である粕谷と名乗ってしまっていた。


 たとえ彼がロリコンであったとしてもそれは無理はないであろう。

 何せカーチャ隊長はマーカスほどではないものの長身でスタイルはバツグン、おまけにウエストに絞りの入った軍服のおかげで大きな胸と腰回りが強調されているのだ。


 顔立ちは整っており、ビビッドな発色の口紅は青い瞳と流れるような長い金髪と良く似合っていて、それでいて気さくそうな表情はただの軍人ではなく都市の住民と良好な関係を保つ事が肝要である都市防衛隊を体現したかのような人物である。

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