第24話


 私は今までの文献に全力でツッコミを入れていた。文献によれば、魔王は図体が10メートル以上あり、鍛え上げられた体は異様にデカく、人間を簡単に飲み込めるほどの大きな口があると記されていた。


 目の前にいるのは、ノアを成人サイズにした男。つまり普通の人間と対してサイズは変わらない。もちろんビリビリと直接肌が痛むほどに強大な魔力を感じるのだが。


「‥‥大きくなったな、ノア」


 伏せ目がちに小さくそう言った魔王に驚いた。まるで嫁と子供に出ていかれた父親が10年ぶりに子どもを見るような、そんな台詞だ。


「気安く呼ぶな。俺はお前を倒しにきた」


「そうか」


 魔王はそう言って小さく頷くのみ。敵意も殺意も感じない。

ノアは私をキューブに入れて、魔王に飛びかかって行った。ノアの爪は斬撃となって魔王を斬りつけるけど、魔王は血を噴き出しても反応すらしなかった。


「お、おい!魔王!!」


 思わず声が出た。私の頭の中は今ハテナで溢れているのだ。だってそうだろう?!


「‥‥‥」


 魔王はやっと私を視界に入れたようだった。


「何故抵抗しないんだ!!戦え!!まるでこっちが悪者じゃないか!!」


「‥‥この子は殺さないでくれと頼まれてる」


「誰に!!」


「‥‥この子の母だよ」


「っ」


 え、何を言っているんだ?魔王は。まさか何百年と人間を虐殺し続けた男が、愛した女の約束を守る為に大人しく殺されようとしている?


 なんだそれ?なんだそれは。

じゃあオズバーン家とグレイディ家は?お前を倒すために一生を掛けてきた者たちの思いは?お前を倒すために死んで尚こうして魔王討伐だけを考えてきた私は?


「ふざけるな!!情けのカケラもないようなやつが!!」


 人類的にはラッキー、の一言で済むかもしれない。

だけど文句が止まらない。やるせなくて仕方ない。まぁもちろん、ノアが勝つ未来しか受け入れられないけど、魔王がこうも受け身だとどうしていいのか分からない。


 魔王はもう何も答えなかった。魔王の血飛沫だけがこの黒い部屋を彩っている。


「‥‥アデル、泣かないで」


 魔王に攻撃をしながら、ノアがそう言った。

私‥泣いてたのか。気付かなかった。それよりも何故涙が出てるんだ‥。


 魔王はついに血反吐を吐いた。だがやはり魔王。体は丈夫なようだ。


「アデル?俺、言ったでしょ?アデルが魔族なら人類今頃滅ぼしてるって。あれ本音だからさ、たぶん俺この人に似てるんだと思う」


「‥‥は?」


「俺も‥アデルが氷漬けになってたら毎日毎日氷に張り付いてるし、アデルが燃えていたら自分の体が炭になったとしても抱きしめたいと思う。アデルがこの世界からいなくなったら、たぶんこの人みたいに廃人になって、なにもかもどうでもよくなって、だけどせめてアデルから言われたことは守りたいと願うと思う。例えその時にアデルがもう俺の姿を見ていなくても、それだけは守りたいと願うと思う」


 ぼろぼろと涙が溢れる。なんで魔王を殺そうとしてるお前が、魔王の一番の理解者なんだ。


「愛する人ともう会えなくても、死後の世界でも会えなくても。きっとこの人は探しに行くと思うから、殺してやらないと」


「‥‥‥あぁ」


 涙は止まらなかった。だけどノアのおかげでやるせない気持ちが少し和らいだと思う。ノアも魔王も、どれだけ執着心が強いのだろう。世界を揺るがすほどの力を持ちながら、心を奪われた人には弱いのだな‥。


「俺の力だけでは魔王は死ねない。たぶん勇者の力がないとトドメをさせない」


 ノアはそう言って、私の元へやってきた。


「いつまで泣いてるの、アデル」


「そういうお前も泣いてるぞ。ノア」


「え?あ、本当だ‥ははっ」


 ノアの胸に手を当てて、勇者の力を譲渡した。温かいものが私の手を通ってノアに移ったのがわかった。ノアも私も、何故かぼろぼろ泣いていた。



 魔王は最後まで一歩も動かないままだった。

ノアをボーーっと見て、「ありがとう」と言った。


 それが魔王の最後の言葉だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る